第10話 試作機を飛ばしに


 その夜、レオはおそろしい夢を見た。またアンジュがカラスにやられそうになっているのだ。助けなきゃと思うのに体が動かない。

げろ! 早く逃げろ!)

 レオはゆめの中でアンジュに向かって必死ひっしにさけんだ。ふとんの中でもがいてもがいて、はっと目をますとあせびっしょりになっていた。


(はあ。びっくりした)

 レオは暗い中、牛乳パックの家を見た。静かな寝息ねいきが聞こえていた。

(今日は最悪だったな)

 昼のことを思い出し、ため息をつく。

(アンジュにケガがなくてよかったよ)


 昼間のできごとはレオにとって、とてもショックだった。カラスをいやった後、レオはしょんぼりして、一人で外に行かせてごめんとアンジュに何度もあやまった。そのあまりの元気のなさに、おそわれた当人のアンジュの方が「あのくらい、へっちゃらよ」とレオをはげましたくらいだった。


 じいちゃんがいつの間にか外に出てきたことにもレオは気づかなかった。じいちゃんはアンジュを見て少しおどろいてはいたけれど、さわぎもせずアンジュに子ねこをまもってくれたお礼を言った。それからじいちゃんはその日レオが作った物を見て、レオたちのやろうとしていることをすべて理解りかいしたかのように言った。

責任重大せきにんじゅうだいだなぁ」

 と。


 放心状態ほうしんじょうたいだったレオには、その言葉が聞こえていたような、聞こえていなかったような。

 だけどもう一度眠ねむりについたレオは、こんな夢を見た。

 飛行機が完成した夢。

 アンジュを乗せ、空高く舞い上がったその先で、ゴムの力がきてしまって――

 そこから飛行機はまっさかさまに――


 レオはガバッと飛び起きた。

 心臓しんぞうがドキドキいっていた。

(夢でよかった)

 本当に、夢で助かった。



 夏休みが始まった。ゴーグルを装着そうちゃくし、7つ道具の入ったカバンもかけたら準備じゅんびOK! 1日目の朝の9時から、レオはアンジュをれてさっそく試作機を飛ばしに緑ヶ池公園に出かけた。


「わぁっ。ここ、わたしとレオが出会った場所よね」

 学との待ち合わせ場所の池に着くと、アンジュがさけんだ。

「ほら! 見て見て! あれボートじゃない?」

 天気もよくてご機嫌きげんだ。

「飛行機の上からも見えて、気になってたんだ~。乗っていかない?」


「だめだめ。あれはお金かかるんだから」

「ええー! お金かかるのー?」

 空から来たアンジュにはレオたちにとって当たり前のことが新鮮しんせんおどろきのようで、何を見てもはしゃいだような声を上げる。


「乗り物なんて、だれかを乗せてあげたいって気持ちから作るもんなんじゃないの? それなのにお金なんかとって、どーすんのよ? そんなんで乗る人いるのかしら。乗り物なんかなくったって、別にふつうの子は困らな……」

 そこまでいきおいいのよかったアンジュの声が、「いやいや、なんでもない」と何かをごまかすようにモニョモニョとしぼんでいった。


「そうだよな。気軽にさせてほしいよな。みんなを楽しませるために置いてあるんだから」

 いいタイミングで学がダジャレを出してきた。

「そ、そうそう」

 学の言葉に、アンジュは力いっぱいうなずいた。

「お金をとるなんて、ボートを作ってくれた人へのくよ!」

「こうなったら他の物で遊

 そう言って学がアンジュに笑いかけた。アンジュもホッとして笑った。レオはってどういう意味だろうと思いながらも、二人がうれしそうに笑うので、いっしょに笑っておいた。


 それから三人は池をはなれて、飛行機を安心して飛ばすことのできる広場の方へと移動いどうした。

「アンジュが乗るくらいのふねだったら、作ってあげようか?」

 自転車をこぎながらレオが言う。

「うーん。わたしだけ一人でポツンと乗ってるの、へんじゃない? みんなも乗ってないと」

「みんなで乗れるような船もいつか作るよ。あと、車も、飛行機も。大きくなったらね」

「そっか。それは楽しみね」


 楽しみと言ってくれたけれど、ぼくが大人になるころにはアンジュはそばにはいないよなあとレオは思った。

(さみしいけど、なるべく早く空に帰してあげよう)


 公園に運んだ試作機は5機。

 1号機はりばしで作った胴体どうたい牛乳ぎゅうにゅうパックのはねをつけたもの。じいちゃんちで作ったプロペラをつけてみたら重すぎたので、ペットボトルでプロペラを作ってつけた。

 1機作ってみると面白くなって、食品トレーやアルミかんや習字の紙など、とにかく家にあるもので作ったのが2、3、4号機。

 そのうちに、そうめんのはこというすばらしい物がゲットできた。これは木の中でもとても軽いので飛行機にはまさにうってつけなのだ!

 この箱から誕生たんじょうしたのが5号機。ちょうどアンジュの飛行機と同じくらいの大きさと重さで、じいちゃんちで作ったプロペラにぴったり。大本命が出来上がった。


 芝生しばふおおわれた広場に着くと、レオは1号機のゴムを巻いた。

「めちゃめちゃ高くまで飛ばしてみせるから!」

 レオは意気込いきごんで、飛行機の先を空へと向けた。アンジュは学の手の上で、学といっしょに、不安と期待きたいの入りじった顔でレオを見守った。


 5・4・3・2・1――


「それっ!」


 レオは力いっぱい飛行機を空へとはなった。飛行機はスッとい上がり……落ちた!

 

「あ……あれ? はこんでくる間に、バランスくずれちゃったかな?」

 あはは……とレオは落ちた飛行機をひろった。

「頭があおられてたように見えたから、重心をもっと前にしてみたらどうだ?」

ゴム動力飛行機は、ちょっとしたバランスで飛び方が変わる。調整ちょうせいはとても大事なのだ。

 重心の場所を変えるには、おもりになるものをるとか、胴体どうたいをけずるとか、羽の場所を変えるとかいった方法がある。


 レオは7つ道具からセロテープを出して、持ってきたクリップを頭の方にって重心を調整した。それからふたたび空に向かってかまえる。

 今度こそ!


「行くよっ!」

「がんばれっ!」

 思わずかけ声をかけるアンジュ。

「それっ!」

 その声と共に放たれた飛行機は――またもやすぐに地面へと落ちた。


「ちょっと変わって」

 投げるのを学に変わってみたが、やっぱりだめ。

「この辺少し、角度変えてみるか」

「どこかゆがんでんのかな?」

 2人とも初めてのことだから、あれこれ変更へんこうしては飛ばしてみる。

「もう1号機はいい! こうなったら2号機だ!」


 調整ちょうせいとテストをくり返すレオを見ながら、学は首をひねる。ヒントを求めスマホを操作そうさし、そして言った。

「おーい、レオ! もう少し下に向かって投げろ!」

「もう少し下?」

 レオは真上に向けてかまえていたうでをわずかに下げる。

「このへん?」

「もっとだ!」

 広場の向こうのはしと空とのちょうど間を目指すようにレオが構えた時……

「そこだ! 力は入れすぎずに、軽く投げてみろ!」

レオは機体を軽く押し出しながら指をはなした。翼を広げた飛行機は、スイッとレオの手をはなれた。


「わぁっ!」

 レオのカバンの中から顔を出したアンジュが、うれしそうに目をかがやかせた。

 飛行機は3~4メートル先までスーッと飛んでいくとグイーンとを書いて曲がり、ボトリと着地した。

「おーっ!」

 うれしそうにおどろくレオ。学が言った。

「あんまり上に向かっていきおいよくげると、よくないらしいんだ」

「なるほどっ! じゃあ、こっからが勝負しょうぶだな!」

 アンジュが笑顔をレオに向けた。

「なーんだ! 今までは投げ方が悪かったってことね」


 そして突然とつぜん、何かを思いついたようにハッとした。

「……って、よく考えたら初めて会った時も、レオ、私の飛行機、真上向けて全力で投げてたよね! やっぱり私の飛行機こわしたの、あんただったんじゃない!!」

「ええー! そうなるの!?」

「そうなるわよ!」

たしかにそうかもしれないな」

「ご……ごめんーっ」

「ったくもー!」

 アンジュはほほをふくらせてツンとしたけれど、その目はやさしく笑っていた。


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