第2話 飛行機に乗ってきた小女


「あんたがびっくりさせるから、あそこから落ちてこわれちゃったじゃない!」

 女の子は木の上と地面を交互に指さした。どうやらレオのせいで飛行機がこわれたと言っているらしい。とんだ言いがかりである。

「どうしよう~! これがないと帰れないのに」

 頭をかかえる女の子。その様子ようすにレオは目をキラリーンとかがやかせた。

「ぼく、直そうか?」


「な……直せるの?」

「うん。簡単かんたんだよ」

 工作大好きなレオにとって、新しく物を作るのはもちろん、“修理しゅうり”もたまらなく魅力的みりょくてきなことなのだ。


「ふ……ふ~ん。べつに私もね、自分でだって直せるのよ。だけど今は色々とね……ほら、材料とか? 道具とか? 持ってないじゃない? だから助かるというか?」

 この小人、素直すなおじゃないけど、どうもお礼を言っているようだ。


 レオはさっそく飛行機を手に取った。小人が作っただけあって、人間が作ったおもちゃよりずっと作りが細かい。

 すごいな~。

 よくできてるな~。


 レオは7つ道具の入ったカバンからあるものを出した。こんな時にたよりになる、その名も「セロテープ」!

「すぐに直してやるよ!」

 小人の世界にもセロテープくらいあるかもしれない。でもきっとそれはとても小さくて、飛行機の修理なんかには使えないだろう。それに比べて人間の世界のテープなら、このくらいの修理、あっという間だ。


 レオはうきうきしながら、ひたいに乗せていたゴーグルを装着した。さっそくセロテープを切り出すと、はさみではばを少し細くして、骨にそってひびをおおうようにめる。もちろんはねのフィルムにしわがらないよう、よくよく注意して。

 それから、飛んだ時に翼に力がかかって折れてしまわないよう、裏からも補強ほきょうした。さらに念のため、十の字にも留めた。


「よし! できたよ!」

 さけぶレオを、女の子がうれしそうに見上げた。

「すごーい。あっという間じゃない。あなた、なかなかやるわね」

 さっきまでとは打って変わって、すっかりごきげんだ。よろこんでもらえてレオも得意顔とくいがおである。ちょっとテープをはっただけなんだけどね。


「――ありがと」

 女の子はいそいそと飛行機に乗り込んだ。自分が手を加えた飛行機に、人が乗り込んで飛ぶなんてすごい興奮こうふんである。レオもわくわくして見守る。


 席につきヘルメットをかぶると、少女は言った。

「押して」

「え? 押すの?」

「あったり前じゃない。押してくれなきゃ、飛びたてないでしょ」


 少女の飛行機には、電池のような動力は何もついていなかった。それでも小人の持ち物なんだから魔法まほうのように飛び立てるんじゃないかという気がしていたんだけど、どうやらちがうようだ。

「今日も仲間が押してくれたのよ。高いところから滑り出すようにして、飛び立ってきたんだから」

(なるほど。そういうタイプの飛行機なのか。紙飛行機みたいに飛ばせばいいんだな)

「オッケー」

 レオは飛行機をかまえた。


「わたし、アンジュ。あなたは?」

「レオ」

「ありがとう、レオ」

 アンジュはコックピットからレオに笑いかけた。

「じゃあいくよ」


 レオは空に向かっていきおいよく飛行機を飛ばした。

 太陽がかたむ黄金色こがねいろになった空に、飛行機が飛び立った。

 そして――


 落ちた! 目の前で。


 あれ? なんで?


「あ~ん~た~ね~」

「えっ? いや、なんで? どうして?」

「いったいどんな直し方したのよ!? って、ええ~っ!!!」

 墜落ついらくしたコックピットからはい出したアンジュは、翼の異変いへんに気がつき顔色を変えた。完全に折れてしまっていたのである。


「もう帰れない! もう帰れない~!」

 そうさけんで、うわぁ~んと泣きだした。

「な……泣くなよ。また直してやるから」

「あんたはもうわたしの飛行機にさわらないでっ」

「なんでだよっ」

 まわりから見たら、レオは一人おもちゃに話しかけている変な子である。


 アンジュは飛行機がなくては家に帰れないといって泣き続けた。そうするうちに、日がれてしまった。

「あのさ~、家どこなの? ぼく、自転車で来てるからそれごと運んでやるけど」

「あんた、なんかに、言って、も、わかんない、でしょ」

 アンジュは泣きじゃくりながら答える。

「でも、帰れない帰れないってずっとさけばれるとさ~」

(置いて帰りにくいよ。それもこんなちっちゃい子。まあ年は同じくらいに見えるけど……)


「そろそろぼくも帰らなくちゃならないしさ。どっちから来たかだけでも教えてよ」

 返事は返ってこない。あいかわらず鼻をすする音だけが聞こえた。

(困ったな。あんまりおそくなると、ぼくがおこられちゃうよ)

 家出してきたことなんて、もうすっかりわすれているレオである。


「しょうがない。とりあえずうちにおいでよ」

「なっ? やよっ。人間のっ、家なんてっ」

「そんなこと言っても、いつまでもここにいるわけにはいかないだろ。真っ暗になるよ。おなかもすいてきたしさ」

「あんた、おなかすいたってのっ!? こんな深刻しんこくな時にっ……」

 言われて、ハッとする。

「あ……。そうだよね。ごめん」


 しかしそう言ったとたん、ぐ~っとアンジュのおなかの鳴る音が聞こえた。アンジュはピタッと泣きやんで目をそらし、顔を赤くした。

「でもあんたがどうしてもって言うんなら、行ってあげてもいいけど……」

「(……すなおじゃない……)」

「なによ! なんか文句あんの!?」

 十センチくらいの小さな女の子がすごい目つきで自分をにらむ様子は、なんだか怒ったネコみたいだと思った。レオはわらいがこみあげてくるのをおさえきれなかった。


「どうやったら帰れるかは、帰ってぼくの父さんと母さんに相談そうだんしようよ。二人ともやさしいからなんとかしてくれるよ」

 こんな子を連れて帰ったら、父さんと母さんどんな顔するかなあ。


「あ、でも……」

 レオは、今日母さんにされたことを思い出した。

「やっぱ大人はだめだな。うん、大人はあぶない。秘密ひみつにしとこう。それより明日。あいつに相談しよう」

 レオは考え込みながらつぶやいた。


「その方がぼく一人より、ずっときれいに直せるだろうし」

「ちょっと。なんで直す気でいるのよ。もうこれにはさわらないでって言ったでしょ」

 拒否きょひするアンジュ。でもレオは思った。

(やっぱりこの子、すなおじゃないんだな。だったら、ここはぼくががんばらなくちゃ。だって……)

「大丈夫。ぼくが必ず直してやるよ!」

 だって……

「はあ? 何でそうなるのよ!? これ、すっっっっごく大事なんだからね!」

「うん! わかってるよ。大事なんだよね。まかせといて!」


 だって、こんなに派手はでにこわれたものを修理しようと思うやつなんて、きっとぼくくらいしかいない!


 レオは女の子と飛行機を自転車のカゴに入れた。

 カゴからは「ねえ!? ぜったいやめてね? ぜったいよ!」という小さなさけび声が。レオはうん、うん、とうなずきながら――もちろん二人の話はかみあっていないのだが――元気よく家に向かって自転車をこぎ出した。

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