例えばこんな最上恋愛 ~例えばこんな至上恋愛 スピンオフ~
宇月朋花
第1話 偶然<必然
宝飾品会社 志堂。
地元の優良企業であるこの会社には、入社当時から絶大な人気を誇っている若手営業マンがいる。
新卒採用面接で人事部長が採用を即決したという逸話を持つ彼は、噂にたがわぬ完璧な容姿と、人懐こい性格で、営業部に配属されるなり、難航していた老舗ブランドとの契約を次々と締結して、その年の新人社長賞を欲しいままにした。
183センチの高身長だけでも十分目立つというのに、そこにテレビを騒がすアイドルグループ顔負けの爽やかな相貌と、素直で明るい性格が加われば向かうところ敵なしだ。
社内の女子社員からの人気を総取りしていても、男性社員から疎まれないのは偏に彼の人徳のおかげだろう。
一度話せば、誰もが彼に好感を抱いてしまうのだ。
まさに営業にはうってつけの男である。
なので、当然川上友世(ともよ)も、彼の事は入社当時から知っていた。
というか、彼を知らない女子社員は、完全に潜りである。
かくいう友世自身も、昔から容姿を褒められることが多く、有難くない事に、社内では高嶺の花なんて騒がれている。
学生時代は大人びた雰囲気を褒められ、社会人となった今は近づきがたい淑やかな雰囲気を褒められる。
本人全く無自覚なのだが、そんなわけでどういうわけか、普通の男性からは敬遠されることが多い。
友世に近づいて来るのは、自己顕示欲とプライドの強い傲慢な男ばかりである。
海辺の田舎町で育った友世は、長く幼馴染たちの鉄壁の防御によって守られてきた。
そして、社会人になった今は、部署の先輩である、志堂の女双璧の一人、辻佳織に守られている。
その為、男性社員はおいそれと友世に近づくことは出来ない。
良くも悪くもそうして守られていた友世にとって、分かりやすい社内のイケメン王子様は、ちょっと、いや、かなり苦手な部類に入るのだった。
周りが騒ぐほど自分の容姿に自信のない友世にとって、大久保瞬は、あくまでも鑑賞物であって、隣に並んで手を取り合う彼氏では絶対にありえない。
あり得ない、はず、だったのだ。
★★★★★★
友世は当たり前のように畳の上でのんびりと寛ぐ後輩の同期に困惑気味の視線を送った。
さっきから思い切り無言のプレッシャーを送っているのだが、気づいていないのか、それとも気づいていながら、知らない振りをしているのか、彼はこの異様な空気を物ともしていない。
その斜め横では、すでに嬉しさの余り声の出ない部員が一人。
松見暮羽の顔を見る目的で、社内一のイケメンが、ちょくちょく茶道部の部室に顔を出すという噂が広まったのは、彼が入社して間もなくのこと。
同級生だという彼らは実際に仲が良く、圧倒的な大久保瞬人気を前にしても、暮羽の態度は一貫してお友達を貫いており、それならと彼女候補に名乗りを上げた女子社員がこれまで何度も茶道部の門を叩き、その度、大久保瞬への出禁が言い渡され、一向に訪れないイケメンを待ち飽きた女子社員が退部していく、を繰り返してきた。
今回の部員は奇跡の瞬間に立ち会えた幸運に打ち震えている。
反対に友世は浮かない表情で天井を仰ぎ見た。
・・・暮ちゃん・・・舞・・・早く来てぇ・・
「えーっと・・・あの」
「はい?」
誰かが持ってきた新聞のテレビ欄を眺めていた彼は視線を上げて友世に笑いかける。
少し長めの前髪の隙間から、薄茶色の目が見えて、確かにハッとする位かっこいい。
・・・・ほら、これだもの。
特上と言って過言ではない甘やかな視線で見つめられて動じない女性はいるまい。
片手に持っていた急須を思わず取り落としそうになって、けれど部長の意地だけで何とか踏ん張る。
後輩の前でみっとも無いところは見せられない。
たった二言話しただけで骨抜きにされてしまった後輩は、瞬の一挙一動を見逃すまいと穴が空くほど見つめている。
おそらく今が部活動中だということすら頭から抜け落ちているに違いない。
・・・・無理も無いけど・・・・
本社、第二ビルで大久保瞬の名前を知らない女性社員は潜りだ、と言われるくらいの有名人を前にしたら、巷で人気のアイドルに会えた時と同じ位てんぱるものだろう、普通は。
「暮ちゃん・・今日は遅くなるみたいだけど・・?」
友世の口から飛び出した暮羽の名前に、ただの同期だとさんざん説明を受けていても後輩の顔は一気に暗くなる。
わずかな望みも絶たれたりってところだろうか。
本人から一度も聞いたことはないけれど、なんとなく暮羽が瞬に思いを寄せていることは気づいていたので後輩に向けて心の中で謝っておく。
傍から見れば暮羽と瞬はお似合いだと思う。
あの大久保瞬を、ただの同級生の友人として見て対等に付き合える女子はかなり貴重だ。
彼自身も、暮羽の前では普段よりずっと気安い態度を見せているので、彼らの関係を知った当初は、勝手にその気があるのでは、なんて思っていた。
けれど、暮羽が、大久保瞬との関係をあれこれ詮索されて、身勝手な誹謗中傷の的になっていた事は記憶に新しい。
「みたいですねー。あ、もう帰っちゃいますか?」
「え?・・・・ああ、うん。そろそろ片付けしなきゃ・・・」
友世の言葉にすんなり頷いて、瞬は立ち上がった。
良かった、これで解放される。
友世はホッと肩の力を抜いた。
「じゃあ、俺はこれで・・・あの」
「なに?」
「また来ます」
どうしてそれをあたしに言うの?
暮ちゃんに言ってあげてよ。
暮ちゃんを待ってたんじゃないの?
喉まで出かかった台詞を押し留めてどうにか笑みを作る。
後輩の前で、暮羽の気持ちを暴露するようなことはできないからだ。
「・・・待ってたって暮ちゃんに言っておくわね」
鷹揚に告げれば、瞬が眩しいばかりの人懐こい笑みを浮かべて、よろしくお願いします、と爽やかに告げた。
★★★★★★
結局、その次の活動日にも暮羽は部室には顔を出さなかった。
茶道部の本活動は、月に一度先生を招く時のみで、それ以外は自主練ならぬ自主活動がメインだ。
終業後の息抜きに、部室でお茶を点てて気分転換する日もあれば、ただお菓子を持ち寄ってダラダラと喋って時間を潰す日もある。
全く強制力のないそれは、部員の自主性をどこまでも尊重してくれているので、当然大久保瞬目的で入部して、そのうち幽霊部員となったままの女子社員が何人もいた。
暮羽には、大久保瞬が訪ねて来た事を連絡してあるが、それ以降一度も顔を合わせていない。
部室で会わない時にも、食堂などで顔を合わせる事が何度もあったのに、不思議な位、暮羽の姿を見かけないのだ。
繁忙期と言うわけでもないのに。
何となく、暮羽から避けられているような気がした。
女の勘というやつだ。
悲しいかな、幼少期から異性に好かれることが多かった友世は、比例するように同性から疎まれる事も多かった。
○○ちゃんは○○くんが好きなのに、友世ちゃんは○○くんとよく喋ってるから嫌い!という分かりやすい方式が当て嵌められてしまうと、女の子はこぞって片思い中の女子に加勢する。
友世が自ら話しかけたわけでは無くて、話しかけられる内容に相槌を打っていただけでも、彼女達の中では、よく喋っているに変換されてしまうのだ。
そんなわけで、女の子のグループから爪弾きに合うことの多かった少女時代を経て、女の子の機微に物凄く敏感になってしまった。
だから未だに親友と呼べる相手は、幼馴染たち以外に存在しない。
学生時代に上っ面で付き合っていた女友達なら何人かいるが、ほぼ全員が、友世の周りに集まる男の子目当てだった。
そんな友世にとって、志堂の茶道部で出会った同期の舞と、後輩の暮羽は、幼馴染以来の大切な友人なのだ。
こんな事で失くしたりは出来ない。
大久保瞬とのやり取りのどこかに、暮羽を傷つける要素があっただろうかと一人頭を悩ませる事数日。
どれだけ考えても原因が分からずに、今日も仕事が忙しくて当分部室を覗けそうにないです。
とメールを送ってきた彼女に向けて返信を送る。
”お疲れ様。仕事はどう?部活の方は気にしないでね。仕事の愚痴でも、悩みでも何でも聞くから。いつでも言ってね”
直接的なことは訊けずに、送信ボタンを押した。
後輩相手にどこまで踏み込んで良いのか全く分からない。
こんな時気負わずいられる幼馴染たちなら、どれだけでも思った事を口に出来るのに。
大久保瞬と奇跡の遭遇を果たした後輩は、あれから毎日部室に来ていたが、彼の来訪がぴたりと止んだ途端、案の定幽霊部員に変身した。
友世達としては、本当に茶道が好きなメンバーのみでのんびり活動していきたいので、これはこれで本望だ。
大久保瞬に来られるのが大迷惑、というわけじゃない。
仮にも後輩の思い人なのだから、何とか纏まるように応援してあげたいと思う。
が、これまで数多くの異性からのアプローチを経験して来た友世には分かってしまうのだ。
彼が、暮羽に向ける視線や言葉には、少しも他意や下心が含まれていない。
幼馴染たちが、友世に向けるような親しみと友情は伝わって来るが、焦がれるような恋情はどこを探しても皆無だった。
だから猶更、時折見せる暮羽の切ない表情を見るといたたまれなくなるのだ。
見込みがないから、諦められるわけじゃない。
そんなの、みんな知っている。
高校の頃からとても人気があったんだと、まるで他人事のように話す暮羽の表情は至っていつも通りで、恐らく、友世以外の人間には彼女の恋心は見抜けなかっただろう。
いったいいつから彼が好きだったんだろう?
ずっと変わらない距離で、少しも気持ちを伝えること無く・・・
想像することしかできない長い片思いに寄り添うことは出来ても、奇跡でも起きない限り彼女に恋の成就は訪れない。
だから余計、切ないのだ。
★★★★★★
彼女の第一印象は・・・・警戒心が強そうな人
定番の好奇心や憧れといった好意的な色を全く含まない、分かりやすく言えば、迷惑です、と書かれているような視線を向けられたのは初めての事。
だから、余計、記憶に残った。
愛想笑いを浮かべれば、こぞって満面の笑みが返ってくる生活を20年以上続けていれば、それなりに自信も尽くし、自覚も生まれる。
この容姿が有利に働いたことはいくつもあったし、便利だとさえ思ってきた。
けれど、そのおかげで残念ながら、親友カップルのような運命の出会いには恵まれて来なかった。
見目の良さの弊害か、近づいて来る女の子たちはみんな通り一辺倒のタイプばかり。
最早マニュアルが作れそうな勢いだ。
こちらの意見を終始尊重して、いつも機嫌を伺ってくれる恋愛は楽でいい。
彼女達は、大久保瞬を連れ歩く権利が欲しくて彼女に立候補して来るのだから当然だ。
まあ、そんなもんだよなと割り切って居た矢先に、初めて印象に残る相手に出会った。
部署の男だけの飲み会の度に、必ず名前の挙がるその女子社員は、総務部の高嶺の花として有名だった。
学生時代、望月南という圧倒的美人を見慣れていた瞬にとっては、耐性のある美人ではあったが、彼女の持つ透明感は、社内でも群を抜いて目立っていた。
どこか浮世離れした雰囲気があって、自ら進んでコミュニケーションを取るタイプではない。
だから、合コンに誘っても絶対に彼女は来ない。
総務部の辻佳織が徹底的に守っているせいか、プライベートの彼女の様子は少しも見えてこないのだ。
だから余計想像が膨らんで、高嶺の花の価値が引き上げられる。
学生モデルを経験している手前、美人にも美少女にも慣れ親しんできた瞬だったので、どちらかというと彼女の容姿は二の次だった。
後輩不在の部室に居座るなというオーラを隠そうともせずまき散らす彼女は、こちらの外見には全く興味が無いようだった。
こうもはっきり興味なしと示されたことに面食って、そして、すぐに面白くなった。
どうしたら、彼女の興味を引けるのか、いつの間にかそればかり考えるようになっていた。
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