あの脳の記憶
白城香恋
第1話
病院の職員が多くなり、活動が始まった。
眠い目をこすりながら安藤健斗は回診の準備をする。
僕は研修医で、今日からは小児科の研修だ。
小児科か…。癒やされるような人がいっぱいいるかな。
そんなことを期待しながら小児科病棟に行く。
最初の回診は…、5歳の女の子か。事故で記憶喪失していて、ご両親はそこで亡くなっていて、この子の目が覚めたのも最近らしい。
記憶喪失とはいえ、ご両親が亡くなっているのは気の毒だな…。
病室はここか。僕は一度深呼吸してから部屋に入る。
コンコン
「回診の時間だから入るよ」
そう言って僕が入ると女の子、伊原結衣はきょとんとした目でこちらを見てきた。
初めて来た知らない医者にびっくりしたのだろう。
それを察して僕は自己紹介する。
「今日から一ヶ月研修医として来ることになった安藤健斗です」
ちょっと硬い自己紹介だったけれどまあしょうがないか。
「けんとせんせーっていうんだ。よろしくね!」
結衣はさっきまでのきょとんとした表情が嘘みたいに無邪気に笑った。
その笑顔は僕が期待していた可愛さを遥かに上回るものだった。
こういう子供の可愛い笑顔はしばらく見てないな…。
結衣の可愛さに浸っていると、結衣が話しかけてきた。
「ねぇ、せんせー」
そう言って僕の顔を覗き込んで来る。
その目は吸い込まれそうなくらい澄んでいた。
「どうしたの?」
子供の扱いに慣れていないが、精一杯”いいお兄さん”を装う。
「せんせーの好きなもの、教えて。結衣のもしもし、これからしてくれるんでしょ?だからせんせーのこと、色々知りたい!」
好きなものか…。
正直に言うと最近はお酒だ。
でもそんな夢のないことを言うと結衣に嫌われてしまう。
なんて答えよう…。
あ、それなら。
「結衣ちゃんみたいな患者さんの幸せそうな顔を見ることかな」
これは嘘ではなかった。
患者を幸せにするのが僕達医者の仕事だ。もし患者が笑顔になったら、一流の医者に近づいたと実感できるから。
「笑顔?結衣はいつも笑ってるよ。だってみんな結衣に優しくしてくれるから。
結衣にはママもパパもいないし、覚えてもいないから、ママとかパパってどんな存在なのか分からないけれど、ここのお医者さんたちがママとパパだよ」
なんか…、なんて返せばいいんだろう。
この子は記憶喪失だから両親がいなくても何も感じないんだ。
それがこの子の幸せならそれでいいけれど、今はそうでも将来的にはそうではないような気がする。
ここを退院して、学校に通うようになったら、両親がいることが当たり前だということを理解させられてしまうだろう。そうすると結衣は精神的に大きなダメージを受けてしまう。
なんとか結衣を救う方法はないのか。
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