第20話

「ほう、威勢がいいな」


 ”侍”は、猿の尻のように赤い目を細めた。


「ネエちゃん、よく見ると別嬪べっぴんじゃねえか。殺すにはチト惜しいな。生け捕りにして、髑髏左衛門どくろざえもん様の所に連れていこう」


「誰? ドクロベエとかいうのは」


「髑髏左衛門様はな、侍所別当さむらいどころべっとうというえれえお方よ。三度のめしより女がお好きでな。お前を連れていけば、俺を足軽大将あしがるだいしょうにしてくれるかもしれねぇ」


 侍は、大魔神だいまじんのような手を広げて、アリアに迫った。




 その時だ。


 侍の前を黒い稲妻がよぎるのと、右の二の腕から下がゴロリと落ちるのは、ほぼ同時だった。


「グエェェェェ――」


 侍は猿叫えんきょうを発しながら、右手を押さえてあとずさった。




 アリアの目には、はっきりと見えた。


 稲妻の正体は、さっき舞い降りた”からす”だった。


 烏は、近くの枯れ木の枝に留まって、無機質的な視線を侍に送っている。


 大きさは、普通のカラスの数倍はある。全身を覆う黒光りするはねは、鋭利な刃物のように金属的な光を放っている。


 そして、足が3本。




<これは……。東方神話に出てくるターヤガラスかもしれない>


 アリアは幼いころ、その神話を聞かされたことがある。


 ターヤガラスは、主神しゅしんを導く役割を担ったとされるが、邪神じゃしんや鬼を相手にした場合、その戦闘力は並外れているらしい。


 全身がはがねの羽で覆われているから、普通の剣ではまったく歯が立たない。


 その最大の武器は、初列風切羽しょれつかざきりばねだ。


 風切羽とは、鳥類のつばは後方に生えている一連の羽を指す。初列風切羽は、このうち一番外側の部分だ。


 ターヤガラスの初列風切羽は、はがねように鋭利で強靭だ。相手めがけて急降下し、このやいばで一気に切り裂く。




「おのれ、たかがカラスの分際ぶんざいで、この権太丸ごんたまる様に何しやがる。だがな、腕の一本や二本切られたって、こちとらでもないぜ」


 ところが、権太丸が後ろの空を見上げると、いつ現れたのか、空一面に黒雲が立ち込めている。


 よく見るとそれは、おびただしい数のターヤガラスだ。


 枝に留まっているターヤガラスが、「カーー」とよく澄んだ美しい声で鳴くと、カラスの大群は、いっせいに向きをこちらに変えた。




「ゲッ! こりゃ多勢に無勢だ。逃げる暇はないから、ボスの力におすがりしよう」


 権太丸は、口の中で何やらモゴモゴととなえ、「髑髏左衛門様ーーッ!」と叫んだ。


 すると、辺りの白い地面があちこちで盛り上がり、墓場で蘇るゾンビよろしく、亡霊武者ぼうれいむしゃたちが起き上がってきた。


「わしを呼んだか? 権太丸よ」


 野太い声が響いた。


《続く》



作者 あそうぎ零さん

https://kakuyomu.jp/users/asougi_0

代表作「忘れえぬ人」

https://kakuyomu.jp/works/16817330649232544008


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