第18話

「思い出さなきゃ……大事なことだって分かってるのに、なんで、なんで少しだけしか思い出せないの……!!」






 エイルの精神世界に立っていたアリアは、エイル自身の心の闇からくる心臓への痛みと、大事な人を思い出せない苦しさから、その場に膝を着いて座り込んだ。






「アリアッ!?」






 痛みと苦しみに耐えかね、座り込んでしまったアリアに気づいたエイル。


 心を休めるために向かうリゾートスパだが、目的地へたどり着くよりも前に、その道中は試練しか待っていなかった。




 さらに――――






「なァ、ちょっと道聞いていいかい?」






 リゾートスパへと向かう途中、唐突に、一人の『侍』がエイルに喋りかけた。


 その侍は、上下紅く染まった着物を着ており、そして、長い黒髪を後ろで束ねた、背丈と体格が大きな渋い侍だ。




 さらに、腰に差した刀はボロボロで、何十年も使い込んできたような年季が感じられる。






「道……聞いてもいいけど、教えられるかどうかは分からないよ?」





「もしかして、キミは旅人さんだったかなぁ」





「そうだけど……」






 この侍と会話をしているとき、エイルはふと、あることを思い出した。


 リゾートスパへ向かう前夜の、泊まっていた街中で見かけた、一枚のポスターに載っていた男を思い出した。




 その一枚のポスターには、目付きの悪い侍の姿と、大きく記載された『WANTED』の文字。


 そして、その罪の内容は――――






「エイル逃げてッ!!」






 突然、精神世界からアリアの声が聞こえた。






「え、なにっ、え……!?」





「分からないの!?


 あの侍……アイツは……ッ、若い旅人とか、勇者や王族ばかりを狙った殺人鬼なのよ!!


 アイツの着物を見てよ……あの紅……あの着物の紅は、今まで斬り捨ててきた少年少女たちの血なんだよ!?」





「え……まさか、王国にも貼られてた……指名手配の紙にあった――――」






 アリアの声が聞こえない侍にとって、エイルの独り言は、不思議でしかなかった。しかし、最後の『指名手配の紙』というワードで、侍は確信に至った。


 自分は有名になったものだな……と誇らしげに、腰に差していた刀に手を掛けた。




 そして侍は答えた。






「アラゾメ……っていう名の大罪人だろ?‌ ‌」





「なんで、なんでこんな所で……み、見逃してよ、お金は少ないけど全部出すから!!」





「金なんか要らねぇよ


 金要らねぇからさ、とりあえずその命と血をよォ……オレにちょーだいな」






 エイルの背筋に、ゾッと寒気が伝わった。


 しかし、エイルは逃げなかった。






「それは……い、嫌だ!!」





「エイル逃げよう……ねぇエイル!!」






 エイルは、すぐさま魔法を発動するべく、左手を侍の方へと向けた。




 そのとき――――






「遅せぇよ」






 素早く抜刀した侍の、『刄刃斬刺はばきざし』という鋭い斬撃攻撃によって、エイルの胸元は紅く染まった。






「ごほッ……あッ……アリア……」





「さぁ、まだまだァ!!」






 エイルは口から血を吐く。その血が地面に落ちる刹那、その侍は、もう一度エイルに切りかかる。




 エイルは咄嗟に防御魔法を展開しようとするも、その速さには追いつけず、腕を切られてしまった。





「っ……うぅ………」





「エイル、もういい……アタシがやる


 どうせぶッ殺されるくらいなら、アタシがぶっ殺してやるから!!」






 アリアは、エイルの精神世界の中で、フラつきながらも立ち上がる。






 ――――かぁーかぁーッ






 烏が再び鳴く。






「うッ……レイ……ッ!!」






 アリアは頭を抱え、そして、目を赤くしながら、エイルの心の中から侍を睨んだ。




作者 一天者さん

https://kakuyomu.jp/users/TKHS7011

代表作「二○六○年のアブナイ工業高校生」

https://kakuyomu.jp/works/16816700427909316435

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