探偵王子アーサー外伝 Afterglow

◎◯

第1話

 窓から差し込む夕陽が長く続く白磁の廊下を朱に染めあげた。私がアーサー王子の部屋を訪ねるのはいつも大体これくらいの時間になる。


「あ、パトリシアさん。今日もお疲れ様です」


 王子の部屋の前に着くと扉の脇で立哨中のクリスさんが声をかけてきた。この人は他の人たちとは違い、私と王子の仲を変に勘繰らないから気が楽だ。


 クリスさんは左肩に付けた通信魔道具を操作し、話しかけた。エドガー隊長、こちらは王子の部屋マルタイ前クリス。


「あれ? 今日もエドガー隊長出ないな? ま、いいか。どうぞどうぞ」


 と、クリスさんは上司の許可も取らず私を王子の部屋の中に笑顔で招き入れた。


「パトリシアさんは特別です」


 正直、王宮警備隊としてそれはどうかと思う。決して悪い人ではないのだけれど……。


「待っていたよ、パトリシア」


 部屋に入ると王子は満面の笑みで迎えてくれた。背後でガチャリと鍵の掛かる大きな音が聞こえる。これでここは私たち二人だけの世界となった。セキュリティ万全のこの部屋の中は外界からの透視や盗聴はもちろん、ある程度の物理、魔法攻撃も防ぐ。ついでに王子の変身能力も封じられているのだけれど。


 王子は物欲には乏しいようで、部屋の中はベッドと机と通信魔道具の立体映像マジックビジョンくらいしかない。殺風景という言葉が一番当てはまる。全て高価な物であることには間違いないのだけれど。


「じゃあ、さっそく始めようか?」


 王子はせっかちにも私を壁際に誘導した。私の背中が壁に当たった瞬間、伸ばされた王子の右手が私の左耳の横でドンと音を立てた。いわゆる壁ドンだ。王子の顔がゆっくりと私の顔に近づいてくる。


 私と王子との初めての出逢いは教会だった。


 孤児だった私は教会の孤児院生活を経て、そのまま教会で働き出した。教会が好きだったからではない。他に選択肢なんて有り得なかったからだ。


 そんな閉ざされた世界から私を拾い上げてくださったのが他でもない王子だ。ポンコツな私の噂を聞きつけた王子は、会って早々、その日のうちに私を王宮務めに変えてくださったのだ。私にとって王子はまさしく白馬の王子様だった。


 今、その王子が私なんかを求めてくださっている。これに応えないわけにはいかない。私は王子のものなのだから。身も心も全部、全部……。


 王子の息が鼻先をくすぐる。お互いの口と口が当たりそうだ。胸のドキドキが始まった。もう、止まらない!


 その時--。


 頭の中に3つの『神託』が降りてきた。


『3日後』『東大陸』『ゴブリンの瞳』


 王子の両手が私の両肩に優しく置かれた。


「『神託』が降りたようだね。パトリシア」


「はい」と私は王子に3つの言葉を伝えた。


 ある日、私は唐突に神から能力ギフトを賜った。


『神託』がそれだ。


 それを知った教会は私を『神託の巫女』として期待した。が、すぐにそれは落胆へと変わり、失望となった。


 私が得られる『神託』は3つの言葉のみ。しかも、ある条件を満たしたときにしか降りて来ない。私は、神から力を授けられたにもかかわらず、役立たずだった。

 

 だけど、王子はこの能力を大層気に入ってくださった。ボク好みだ、と。


 この瞬間、私の中でこの能力は『ギフト』となった。私と王子を結びつけてくれた神様からの贈り物。始めて心の底から神様に感謝できた。


「3日後に東大陸でゴブリンの瞳……か。だったら『竜人ドラゴニックオークション』かな。最近、ゴブリンから珍しい魔石が採れたって聞いたから。そこで事件が起こりそうだ」


 いつも王子は私の神託を意味あるものに変えてくれる。そして、今回もきっと事件を未然に防いだり、解決してくれたりするのだろう。


 私は王子のお陰で--間接的にではあるけれど--世のため人のためになっているのだ。


「だけど、困ったな……」


 王子が眉尻を下げて言った。


「最近、パトリシアはなかなか驚いてくれないからね。次はどうやってキミをドキドキさせようか今から考えておかなきゃね」


 神託は私の心臓ハートがときめいたときにしか降りて来ない。だから--。


「次にどうドキドキさせていただけるのかを今から楽しみにして待っております」


 だから……私の能力は王子専用なのです。これからもずっと。きっと。


「あ、そろそろエドガー隊長がお風呂から上がる時間かな。今日はこれでお開きにしましょう」


 そう言って王子はパンッと手を叩いた。それが私たちの『密会』の終了の合図となった。後ろ髪を引かれる思いをしながら、退室する。


「お、パトリシアさん。そんなにブンブンと尻尾を振っちゃって。よっぽど王子と楽しく遊んだんですね」


 外に出るなりクリスさんが話しかけてきた。きっとこの人は私のことを王子のペットか何かだと思っているに違いない。


 ひょっとしたら王子も……。


 もし、そうだとしても……私は一向に構わない。私にとって王子とのこの時間は、何物にも代え難い、かけがいのない、私だけの宝物なのだから。


 部屋に入る前には夕陽に染まっていた廊下が今では藍色にとって変わられ、天井や壁の照明魔道具の青白い光が視界のほとんどを占める。


 窓の外を見る。


 遠くに見える稜線の山々の頂点が僅かに一条、まるで最後の足掻きのように朱の輝きを保っていた。


 特別な時間は去った。


 一抹の寂しさを伴う私の頬を、何処からか紛れ込んだそよ風が、撫でていった。


(私は応援してるから)


 そう、言ってくれた気がした。


 

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探偵王子アーサー外伝 Afterglow ◎◯ @niwakazuma

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