ぼくは鳴く。

今福シノ

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 ぼくは犬だ。名前はアサガオ。


 ちまたじゃあ自分のことを『吾輩わがはい』なんて呼ぶ猫がいるらしいけど、なんてエラそうな呼び方なんだろう。猫っていうのは、いっつもよくわからない。


 アサガオ、なんて名前だけど、ぼくは男の子だ。女の子につけられそうな名前だけど、ぼくは気に入っている。

 なんてったって、彼女・・がつけてくれた名前だから。


「アサガオー、ただいまー!」


 雲を飛びこえていきそうなくらい元気な声が聞こえてきた。すぐにわかる。彼女が返ってきたんだ。ぼくはすぐさま玄関へと走る。


「いい子だねー。よーしよし」


 走ってきたぼくを、両手を広げてむかえてくれる。わしゃわしゃと頭をなでられる。いつも大げさなんだけど、ぼくはこれが好きだった。


「こら愛菜まなー? 先に手を洗いなさいー?」

「はーい。アサガオ、ちょっと待っててね」


 そう言ってランドセルをおろすと、手を振って洗面所の方へ消えていく。ぼくはしっぽをパタリとふって応えた。



 彼女は、愛菜は、ぼくにとって大切な人だった。


 もちろん大切な人はほかにもいる。彼女のお父さんと、お母さん。ふたりとも、ぼくにとってはかけがえのない家族だ。

 ぼくを産んでくれたお母さんはいるはずなんだけど、知らない。ぼくにとっての家族は、今いっしょに暮らしている人たちだ。ぼくがぼくとして生き始めたとき、ぼくのそばにいてくれたのが、彼女たちだったから。


「アサガオー」


 だからこうしてぼくを呼んでくれれば、ぼくは一目散にけつける。


「よーし! それじゃあアサガオ、遊ぼう!」


 リビングでは、彼女がボールを持って立っていた。にっこりと、楽しそうに笑っている。まるでお日さまみたいにまぶしい。


「愛菜ー。あんまり家の中ではしゃぎすぎちゃダメよ?」

「わかってるってばー」


 まいにち聞いているお母さんとの会話。そんなこと言っていても、彼女はいつもぼくのために、思いっきり遊んでくれる。


「いっくよー……えい!」


 そう言って、彼女はぼくの方にボールを投げる。ふわりと、まんまるがちゅうくのを見て。

 ぼくは「わふ」と鳴いた。

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