『岡七里』
咲谷 紫音
『岡七里』
ゲームコントローラーを動かしつつ、良人は思い出したように呟いた。
「誕生祭の準備。良い感じに進んでるよなぁ」
「そうだね。親号先生、喜んでくれるかな」
本来なら、オンライン上で出るはずのない名前。良人はそのまま聞き返す。
「え、親号先生・・・・・・?」
自分のミスを悟ったのか、画面の向こうで息を呑む音がした。
「一旦休憩にしよう」
俊介が全員に呼びかける。
櫻木中学校一年A組の応援団は五人。団長の戸間井俊介、副団長の朝霧瑠璃、茎咲良人、紅城素直、夏蜜芳乃。
俊介の合図後、各々が休憩に入る。それを横目で確認し、良人はこっそり教室の隅に移動する。
「夏蜜、相談してもいいか」
「もちろん」
芳乃は任せてとばかりに胸を叩く。
良人の相談とは、自分と〈ガンクエスト〉をプレイしている人物が誰か、突き止めること。
「じゃあ、〈ガンクエスト〉の説明からお願い」
「おう! 〈ガンクエスト〉っていうのは、パソコンでできるオンラインゲームなんだ。モンスターを銃で倒し、クエストクリアを目指す。クエストは誰とでも自由に挑戦できる。
そして俺は、ゲーム内の掲示板で仲間を募集した。そいつとはめちゃくちゃ気が合ってさ。出会ってから三週間、ほぼ毎日通話繋いでゲームしてる」
「出会ってすぐに毎日通話できるって、よほど気が合ったんだね。でも、それのどこに悩みがあるの?」
芳乃は不思議そうにしている。悩みがあるどころか、ゲーム生活を謳歌していた。
良人は大袈裟に肩を竦める。
「ネットの友達と通話してること、母さんに言ってないんだ。バレたらすっげー怒られる」
「三週間遊んでてバレなかったなら、今後も大丈夫じゃない?」
「そうでもないんだ。俺の通話相手、応援団の中にいるんだよ。たぶん。声からは判断できなかったけど」
「・・・・・・え」
驚きのあまり、芳乃は言葉を失った。それでも良人は能天気に話し続ける。
「掲示板に書き込んだ話をクラスでしたからかな。名前も『りょうじん』にしてるし。相手はそれで俺だって気づいたのかも」
「ええっ!? ネット上で本名使うのは危ないよ。それに、掲示板の話を誰かにすれば、お母さんにも伝わると思う」
「あはは~」
良人が反省した様子を見せないので、この話はうやむやになった。芳乃は大きな溜息をつく。
「はぁ。それなら、お相手の名前は?」
「岡七里っていうんだ」
「おかななり、岡七里・・・・・・。知らないなぁ」
だよな、と良人は乾いた笑いを漏らす。
昨日通話した時に、A組の担任、親号先生の名前が出たことを話す。それも、誕生祭と関連付けて。
五人は親号先生の誕生日をお祝いするため、企画を考えていた。それは、応援パフォーマンスの最後、おめでとうの言葉と共にクラッカーを鳴らすこと。この計画は、A組の応援団で秘密裏に進めている。メンバーは口が堅いから、情報が洩れることはない。
「俺はゲームの誕生祭、リリースから二周年を記念したイベントの準備を言ったんだ。でも、七里は親号先生の誕生日企画を連想した。この情報を知ってるってことは、七里は四人の中にいるってことだ。咄嗟に親号先生の名前が出たのは、俺を知っていて気を許したからだと思う。
ここからが本題だ。七里から親へ、その親から俺の親へ、ネットの友達と遊んでることが伝わるのはマズい。だから、相手が誰か突き止めて、黙ってるようにお願いしたい」
ここまできて、芳乃は持ち掛けられた相談をやっと理解した。しかし、悩みを知ったからと言って、解決するわけではない。
「解決方法は考えてるの?」
「それを相談するつもりだったが、一つ思いついたことがある。クラッカーだよ」
クラッカーといえば、お祝いで鳴らすパーティーグッズ。思いついたことが何か、芳乃にもすぐ分かった。
「親号先生の誕生日企画からクラッカーを連想したのね」
「その通り。ほら、五個入りの場合、同色セットしかなかったろ。三色の内、どのセットにするか、だいぶ揉めたの覚えてるか」
「もちろん。茎咲君が緑で、私と戸間井君が赤、紅城君と瑠璃ちゃんが青」
「それで候補を絞れる」
休憩終了の合図で、三人の視線に気づく。俊介と素直は不審そうに、瑠璃は嬉しそうにこちらを見ていた。
「七里、こんばんは~」
「こんばんは。誕生祭、初参加だから緊張するよ」
ヘッドフォン越しに聴こえてくる嬉しそうな声に、良人も嬉しくなる。今日は〈ガンクエスト〉二周年の誕生祭。
良人は茶化すように言う。
「カウントダウンがあること、ちゃんと覚えてるか」
「覚えてるよ。そのために遅く集まったんでしょ」
「それなら、移動しようぜ。ゆっくり良い場所探してたら、丁度始まるはず」
「はず、ね。適当なところ、良人君らしいや」
「一言余計だな~」
軽口を言い合いつつ、広場まで歩いて行く。もちろん、本当に歩いているわけではない。自分のアバターが、代わりに画面上を動いている。
「人が多いね。去年もこんな感じだったの」
「ゲーム人口増えてるから、今年が圧倒的に多い。だってさ、前回の時はユーザー数五十人だったんだぜ。少なすぎて、全員参加っていう快挙を成し遂げたよ」
広場は開始を待つ人々で溢れていた。端っこに陣取り、中央の舞台を見る。そこにはイベントの司会者と二つのモニターがあった。
「おっ、始まる」
良人が片方のモニターを差す。時刻は午後二十三時五十八分。日付が変わるまであと二分。このイベントは、去年同様リリース日になった瞬間にお祝いする。
あと一分。モニターの時計が五十九に変わる。
『五十九~』
広場中にチャットの文字が表れる。もう一方のモニターには、カウントダウンの数字。
「あっ!」
突然、ヘッドフォンを通して七里の耳に爆音が轟く。
「急に大声出さないでよ!」
「七里、クラッカーって買ったか」
良人は舞台のモニターに向けていた視線を隣に向ける。その勢いに負けてか、七里の返事が小さくなった。
「買ってないけど―」
「すまん、言い忘れてた。これ、日付が変わったら、全員でクラッカー鳴らすんだよ」
「ええ、先に言ってよ! 良人君のバカ」
「バカとは何だ。・・・・・・そ、そうだ。念のために二つ買ったんだ」
アイテム欄を開き、二種類のクラッカーを表示する。片方は赤。片方は青。
「好きな方を選べ」
「そんな、悪いよ」
「良いから。ほら、早く! あと十秒だぞ。九~、八~」
良人はカウントダウンを始めてとにかく急かす。減っていく数に焦らされ、七里は慌ててクラッカーを選ぶ。
「ま、間に合ったぁ」
モニターには、おめでとうの文字が表示されていた。
「七里は青を選んだよ」
休憩の合図とともに、全員が散り散りになっていく。芳乃一人を捕まえて、実験結果を報告した。
「青は分かったけど、クラッカーの色で二人に絞れるってどういうことなの? だって、前に選んだからって、同じ色を選ぶとは限らないよね」
「だから、咄嗟に選択させたんだよ」
昨日の様子を全て話した。これだけでは伝わらなかったらしく、芳乃は首を傾げている。
「七里が『誕生祭』と聞いてすぐに『親号先生』を連想した話はしたよな。咄嗟の出来事であれば、頭の片隅にあることを口に出しちゃうもんなんだよ。クラッカーの色を話し合った時、何色にするかで結構揉めたよな。それなら尚更だ」
「咄嗟に色を選ばせることで、七里さんの判断力を奪った。考える時間がなかったから、無意識にあった青を選んだ。つまり、親号先生のクラッカーに青色を選択した記憶が残ってて、ゲーム内でも選んだってわけね」
七里の性格を逆手に取った方法に、芳乃は感嘆の声を上げる。
青を選んだのは素直と瑠璃。
「そういえば、紅城君とは毎日ゲームするくらい仲が良かったよね。なのに、去年の秋から話さなくなったのはどうして」
「大喧嘩、したんだよ」
元気が取り柄の良人とは思えないほど、消え入りそうな声だった。
良人と素直は幼稚園からの付き合いで、大親友と呼べる仲だった。事件が起きたのは去年の秋。二対二で戦う、小学生限定のオンラインゲームの大会。良人達にとっては最後の挑戦。決勝まで勝ち進むも、プレッシャーからか些細なミスが続いた。結果は敗北。
「あと一歩のところで負けたからさ、相手のミスを指摘する言い合いになっちゃって。仲直りするタイミングを逃したんた。
まぁ、こんな話はどうでも良いよ。朝霧について教えてくんない?」
困ったように笑う顔を見て、芳乃はかける言葉を失った。別の話題に縋るよう、良人の話に乗る。
「言おうと思ってたことがあるの。昨日瑠璃ちゃんに聞いたんだけど、どうやら遊んでるみたいなの。〈ガンクエスト〉」
「まじで!?」
「しかも、激レア装備持ってるって自慢してた! その名も〈祝福の銃〉! 私には全然分からないけど」
えへへ~と笑う芳乃の横で、良人は声を上げた。
「それ、四十九人しか持ってないレアアイテムじゃん! 〈ガンクエスト〉って、問題が起きないように、レア装備だけがやり取りできないシステムなんだ。俺だって欲しいのに、入手方法がもうないんだよ」
「ちょっと、声大きいよ。あと、その微妙な数字は何」
芳乃は堪らず耳を塞いで下を向く。
「す、すまん。あっ、話してたら、誰が七里か判ったわ。協力してくれてありがとな」
「そっか、それならよ・・・・・・え!?」
芳乃が慌てて顔を上げるも、そこに良人の姿はなかった。
「急に呼び出さないでよ」
応援団の練習が終わった後、教室に残るようお願いした。相手からは不機嫌オーラが漂っている。
「久しぶりに話したいと思ったんだ」
「話すことなんて何もない」
「そんなこと言うなよ、素直」
紅城素直は未だにむすっとしている。でも、本人は呼び出された理由を知っているはず。だって―。
「ミスしたのは素直だからな。俺が『りょうじん』だって知ってたから、親号先生のこと話したんだろ」
「喧嘩中なんだから、お前だと気づいていたら声をかけてない」
「嘘つけ。だったら、何で『岡七里』って名前にしたんだよ」
途端に素直の動きが止まる。
「『岡七里』→『おかななり』→『なかなおり』。名前は仲直りのアナグラムだろ」
返事はなく、素直とは視線が合わない。良人は諦めかけた。これでも駄目か。
「・・・・・・てる」
「え?」
上手く聞き取れず、良人は聞き返す。
「仲直りしたいに決まってるだろ!」
勢いよく上げられた顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていた。
一年前。負けたことが原因で、相手の気持ちも考えずに言い合いになった。本気だった分、喧嘩はエスカレートして謝るに謝れなくなった。
互いの気持ちを伝え合うため、良人は拳を握りしめる。
「あの時の俺は、どう考えても言い過ぎだった。負けたのが悔しくて、全部素直のせいにしてた。ほんと、ごめん。俺だって、ずっと仲直りしたいと思ってた。
素直の気持ちも聞かせて欲しい」
「僕だって、優勝することしか頭になくて沢山酷いこと言った。本当にごめんなさい。仲直りがしたい。良人とゲームがしたい。今度こそ、一緒に優勝したい」
顔を見合わせて、ぎこちなく笑い合う。一年分の照れがある。
「あ、あの、聞きたいことが二つあるんだけど」
「おう、何でも聞いてくれ」
控えめに尋ねる素直に向けて、良人は堂々と答える。そのお陰で、素直は話やすくなった。
「どうして夏蜜さんと教室で話してたの」
「実は、薄っすら気づいてたんだ。出会ってすぐに毎日通話できたのは、それほどに気が合ってたから。そんな相手、素直しかいない。
だから、他の誰かに推理を聞かせるって名目で、当てる過程を聞かせてやろうと思ったんだ。謝らずにこっそり近づいたみたいだからな」
「うわぁ。性格悪っ」
素直は徐々に顔をしかめていった。一年経っても毒舌なところは変わらない。
「聞いといてその反応かよ。まぁ、いいや。んで、二つ目は?」
「クラッカーの色で僕と朝霧さんまで絞ったんだよね。思惑通り、ゲーム内で青のクラッカーを選んじゃったから。じゃあ、『七里=僕』って考えたのはどうして?」
「それだよ」
いきなり「それ」と言われて、素直は困惑する。理由を聞いているのに、こそあど言葉で返されたら説明にならない。
良人はククッと喉から笑いを漏らす。まるで、ゲームに出てくる黒幕のように。
「自覚なしかよ。
俺言ったよな。『前回は五十人全員が参加した』って。つまり、七里が一年前からプレイしてたら、クラッカーが必要なことも知ってるはずなんだ。
朝霧は一年以上前からプレイしているから、クラッカーが必要なことは知っている。あそこまで慌てることはない」
「でも、一年以上前からプレイしてるとは限らなくない?」
「〈祝福の銃〉。朝霧はあれを持ってる。このアイテムは、最初のイベントが決定した時に、全ユーザー四十九人に配布されたレア装備だ。俺は開催が決定した後、誕生祭の前に始めた。ギリギリ貰えなかったよ。
〈ガンクエスト〉ではレア装備のみ、やり取りができない。だから、あの武器を持ってる時点で一年前からプレイしてる証拠になる」
素直だってゲームをプレイしている。当然、レア装備がやり取りできないことは知っていた。
何だか負けた気がして、素直はムキになる。
「朝霧さんが一年以上前からやってるからって、『七里=僕』になる理由は?」
「何言ってんだよ。七里はクラスメートだってことを『りょうじん』に隠してたんだぞ。それなら、あの場で赤色のクラッカーを選べば良かった」
「イベントのこと、知らないフリした可能性はあるだろ」
「おいおい。俺の話聞いてたか? 一度イベントに参加して、流れを知った上で初心者を装うなら、尚のこと赤を選ぶだろ。
事前に色を考えられるんだから、七里からしたら咄嗟の質問ではなくなる。つまり、慌てる演技はしても、冷静に色を選べるってことだ。でも、あの時の七里は本当に慌てて青を選んだ」
素直は反論の言葉が出てこない。意味もなく負けを実感した。
「良人は凄いや。負けたよ」
「素直の負けず嫌いは健在だな。でも、勝ち負けじゃないだろ。仲直りしたいって思ってただけなんだからさ」
「うん、そうだね」
良人の言葉を聞いて、こんな回りくどい方法を取らなくても良かったな、と素直は思う。
「そういえば」
「な、何だよ」
ふと思い出して、素直は何気なく口に出す。良人は焦ったように答えた。
「クラスの誰かって気づいた時点でリアルの知り合いだから、お母さんに怒られる心配はいらなかったんじゃない?」
この言葉に良人は苦笑する。いや、安心した。
「あと、本名を使うのも掲示板に書いたことを言うのも駄目だから!」
「だよな~」
「はぁ、呆れた」
時計を見て、素直は帰り支度を始める。その後ろ姿に、良人が声をかけた。
「なぁ、一緒に帰ろうぜ」
「・・・・・・良いよ」
良人は大きくガッツポーズをする。素直はにやけそうになる顔を引き締め、鞄に向き直った。
良人は心の中で呟く。
やばいやばい、気づかれたかと思った。
それから、極力小さな声を出す。
「俺も『仲直り』したかったからだよ」
『岡七里』 咲谷 紫音 @shionnsakuya
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