第36話 その使命は

 覆いかぶさるように飛び掛かった熊が作る影によって、腰をかがめたポエラの苔色の外套が暗く染まる。

 逃げ道を塞ぐように大きく広げた腕でポエラの退路を囲み、その全体重をかけて秋熊は浮き岩の上に腹ばいに圧し掛かった。

 突進の推力と、伸び上がった体躯から繰り出される衝撃は、巨大な浮き岩を揺り動かすには十分だった。

 

「ポエラ!!!」


 カナタは秋熊の腕の中に消えた姉貴分へと呼びかける。

 熊は絶対に逃がすまいと、力を入れた両腕の爪で、蔦が張り巡らされた浮き岩の表面を削り取りながら、抱え込んだ腕を狭めたままその体躯を起こした。

 抱え込んだ腕の中には、むしり取られた深緑色の蔦葉が、長大の絨毯のように収まっている。しかし、そのなかに、苔色の外套は見当たらない。


「後ろだ、熊公。」


 カリアトだっただろうか、それとも風に乗って聞こえたポエラの声だったのだろうか。

 いつのまにか秋熊の背後、一足の範囲に、外套を翻したポエラが踏み込んでいた。太陽光を反射し黒緑色に輝く平鉈を上段に振りかぶると、熊の肩口に深々と鉈を叩き込んだ。

 平鉈の身幅一つ分まで入り込んだ刃は、肩骨で止まり切断するには至らなかったが、腱を断ち切るには十分だったようで、だらりと吊り下がった秋熊の左腕が致命性を物語っている。

 痛みだろうか、怒りだろうか。

 天に慟哭を上げた秋熊は、食い込んだ平鉈ごと振り回すように背後を向くと、まだ自由に動く右腕を振り上げ、背後にいるポエラめがけて振り下ろそうとする。

 平鉈から手を離して秋熊の背を蹴ったポエラは、熊から距離を取ろうとするが、十分な距離にはならず、足場のない宙に放り出された形になった。

 唸りをあげて秋熊の太い腕が振り下ろされる。


『”軽やかなれ四肢よ、蔓延はびこれ” 碧天蜘蛛スカラクネ


 ポエラの口から魔術の要訣のみを省略された詠唱が、空を切るように漏れ出た。胴体めがけて熊の上腕が振り下ろされるよりも速く、ポエラの身体が地面へと引き寄せられるように沈むと、跳ね上がり熊から距離を取った。秋熊の叩きつけられた上腕が浮き岩の表面を砕き割るが、その鋭利な爪には外套の欠片すらかかってはいなかった。

 自由の利かないはずの空中で、機敏な回避をして見せたポエラをみながら、カナタは隣に立つカリアトへ問いかけた。


「ポエラがたまに使ってるあの魔術…他の人が使っているところを見ないけど、一体どういう魔術なの?」


「風術・碧天蜘蛛。風素で編んだ帯を作り出す風素魔術だ。

 風素の帯に特定の形はなく、柔軟で自在に動き、軽いため機敏に動かすこともできる。それこそ蜘蛛の手足のようにな。

 だが、如何せん使い勝手が悪くてな。」


「話を聞く限りだと、色々と便利そうだけど…使い勝手が悪いんだ?」


「関節が無限にある伸縮自在な手足が、新しく幾つも生えてきたと想像してみろ。ヒトの脳はそれを思うがままに操るようには出来ていない。精密な動きをするには長い修練がいる。

 それに強度を高めようとすれば、かなりの魔素を必要とするんだ。常人が長時間発動させるには、体内の”炉”だけではまかないきれないんだよ。」


 生命が体内で魔素を生成するための器官と言われる”炉”が重要だと、カリアトは胸辺りを叩いて見せた。


「確かに使い勝手は悪そうだ。

 じゃあ、あれだけ使いこなせてるのは、その修練と常人以上の魔素量を持ってるから出来るって事?」


「ああ、あの子は自分の父親の指導の下、空蜘蛛を生まれて間もなくから使い続けている。それに、使徒の直系であれば、やはり魔素の量も”炉”の質も段違いだ。今、王国であれほどの精度で扱える者は他に居ないだろうな。」

 

 熊の一撃を避けたポエラは、外套の下から無数に生える風の帯で姿勢を立て直すと空いた右手を掲げた。途端、秋熊の肩口に食い込んだままの平鉈が霧散し、新たな黒緑色の平鉈がポエラの手に現れた。

 傷口を抑え込んでいた平鉈が抜かれた熊の肩からは、どす黒い墳血が舞った。 

 まだ動く腕で肩口を押さえ、よろめく様に両の膝をつくと、痛みからなのか自らの身体を抱く様にゆっくりと震え始めた。


 先ほどまで目まぐるしく動いていた戦況が、落ち着いた様相を見せ、カナタは詰まっていた喉を鳴らすように息をのむと、カリアトへ尋ねた。


「戦意を失ったみたいだけど、これで終わり…だよね?」


「残念だが、まだやる気のようだ。」


 張り詰めたような雰囲気を崩さぬまま、秋熊と姪の方を向いたままのカリアトは静かに答えた。


 その時、峡谷を通りぬけるように流れていた風向きが変わった。

 背後の森から、峡谷の底から、晴天の空から。

 しゃがみ込む秋熊めがけて、魔素を含んだ突風が集まるように吹きすさび始めた。

 青々としていた木々の枝葉が、色あせていくように項垂れる。

 秋熊に近い浮き岩が、浮力の均衡を崩し、形の小さなものから峡谷の底へと落ちていく。

 それとは反するように、うずくまり震える秋熊の肩口から零れ落ちる血だまりが、徐々に橙みを帯びていく。 

 

 カナタは身に当たる風に嫌なものを感じて、外套の下の肌が粟立つのを感じた。

 目の錯覚では無ければ、うずくまっていたはずの秋熊の体毛が、橙色が入り混じった茜色を帯び始めている。

 くぐもったような地鳴きのようなうめき声が、うずくまった熊から聞こえ始めた。 

 一度は伏した秋熊の怒りは治まるどころか、どんどんと湧き上がり、死して冷え切っていた体に熱を生み出し、その鮮やかさを増していく。


「…あれが秋熊。」


 山野に広がる秋の紅葉のごとき、燃えるような茜色の体毛。

 鮮やかなその色こそが、秋口の群風岩の森を闊歩する、獰猛たる群風岩の森の王者たる由縁であった。


「あの茜色は、冬眠前の熊によく見られるんだ。どうやったかはわからんが、体内に魔素を十分にため込んだ証拠だな。まるで、破裂寸前の火薬庫のようだ。」


「なるほど…俺さ、一瞬でもこの場には居たくないんだけど?」


「観念しろカナタ。なにしろ逃げ場など、もうどこにも無い。秋熊の意識がポエラに向いている今の方がまだ安全だ。森のほうへ逃げ込んだが最後、また一心不乱に追いかけてくるぞ。」


 一歩も動かぬままカリアトは、すくみ上がったカナタにその場を動かぬようくぎを刺す。


「魔王の尖兵を見るのは初めてだが…まあ、なんとも痛ましくもおぞましいものだな。まるで討ち滅ぼすためだけに生まれたようじゃないか。」


 秋熊の身体がゆっくりと起き上がる。鮮やかな茜色の体毛が胸から首にかけて煌々と輝き、口から漏れ出る白煙は濃ゆい魔素を含んでいる。秋熊の壊れかけの炉が、朽ち果てる寸前の全身に最後の魔素を巡らせようと、全力で駆動している。

 残り僅かな秋熊の命を懸けた、獣としての末期の猛り。

 対峙する一人と、一匹。

 雌雄を決さんと、互いの視線が交差する。 

 ポエラは歩み寄ろうとする秋熊を見据えたまま、熊の鋭利な爪一本と変わらぬ大きさの平鉈を頭上に掲げた。

 

「怒り狂う森の獣よ。お前の猛りはまるで暴風のように、苛烈で…そして理不尽だな。」

 

 目の前の狩人以外、眼中にないかのように、熱のこもった視線を向ける秋熊に対して、それを歯牙にもかけないかのように、ポエラは足元に目を向けた。まるで熊に対し、勝負は決まっており、もう興味がないといったようにも見えた。


「悪いが、私は戦士ではないのでな。命を懸けた果し合いは御免被ごめんこうむる。」


 狩人がその技能を持って、狩人足らしめるものとはいったい何か。

 逃げる獲物を追い詰めるための追跡術か。

 過酷な自然で生き残るための生存術か。

 遠方から気付かれぬうちに獣へ致命傷を与える弓の腕か。


 どれも必要なものだが、十全な狩人であれば足りぬものがある。

 本来、単純な力比べでは敵わないはずのヒトが、その知性という名の武器を用いることで、獣の血肉を糧に変えうる原始より培われてきた技巧が。


 秋熊がもう一足を踏み出す前に、ポエラは振り上げた平鉈をまっすぐに地面へと叩き下ろした。

 振り下ろされた平鉈は岩肌にびっしりと張り巡らされた蔦を裂き、鉈と岩石とが打ち合う甲高いな音が響き渡った。バツンと引き絞られた縄が弾ける様な音が、峡谷の壁面に反響する。その音を合図とするように秋熊の体躯が大きく躍動した。

 次の瞬間、足場となっていた幅広の浮き岩が、その体勢を大きく変えた。


「なっ!?浮き岩が傾いていく!!」


 熊の目の前から憎き狩人は消え、代わりにそそり立つ岩肌の壁が立ちはだかった。水平に保たれていたはずの足場の浮き岩は、その中心を軸にするように回転すると、急激な速度で垂直へとその体勢を変えた。

 安定していたはずの足場が、反り立つ壁となり、秋熊はその壁面にしがみつくしかなかった。だが流石に、その右腕だけでは巨体を支えきれず、峡谷の底へは落ちまいと、眼下に見えた浮き岩に思わず飛び乗った。


「「掛かった。」」


 秋熊の跳躍を見た二人の狩人は、喜ぶでもなく静かに呟いた。 

 その時、峡谷の空気が変わった。ヒトと獣とが対峙する闘技場ではなく、狩人が仕事をするための一方的な狩場へと。


 警戒心が強く、体格に勝る獣を安全に、そして効率的に仕留めるために狩人が磨き上げて来た技能とは。それはであった。

 猟具を用いた仕掛けも、地形を利用した追い込みも、果ては水中に潜む魚を捕えるための網も、ヒトが日々の糧を得るために磨き上げて来たものだが、狩人は狩猟において代を重ねた修練と改良の末、より巨大で強大な獣を仕留めることを生業とする者達であった。


 浮き岩に降り立った秋熊は、何かを探すように辺りを見回し始めた。だがしかし、近場には目当てのものは一向に見当たらなかった。峡谷の宙にポツンと漂う浮き岩の周囲には、もはや秋熊が飛び移れそうな大きさの浮き岩は無くなっていた。

 まるで袋小路に追い込まれた小動物のように、寄る辺ない空中で秋熊は身動きが取れなくなってしまっていた。

 秋熊は自分が嵌められたことに気付き、空に浮かぶ狩人を忌々しげに見上げた。

 しかしその時、見上げた視界を埋めるように広がる、大きな影に気付いた。

 遥か上空にあったはずの巨大な浮き岩が、徐々に峡谷をめがけて落ちてきているではないか。最初に狩人が空高くから飛び降りた浮き岩が、浮力を失いその高度をさげていた。


 その光景を眺めながら、カナタは唖然としながら、カリアトへ訪ねた。


「ポエラは、いつから…こうするつもりだったの?」


「初めからだろうな。上空の浮き岩の魔素を抜き取り、浮落の均衡を崩して落下させ、それまで秋熊を気付かせない様に挑発して、峡谷ある地点に留め置く。そういう方針だったのだろう。」


 斥候隊の仲間などから得た情報から、ポエラは魔王の尖兵となった秋熊の習性を把握していた。

 カナタを優先して追うが、脅威と判定された対象が撤退か、無力化されるまでは優先度を変えること。

 脚部にケガがあり、瞬発的な突進は可能だが、細かな動きは出来ないこと。

 野生生物特有の警戒感はあるものの、激昂すると警戒が薄れること。

 魔素の砲弾は強力ではあるが、立体的な機動を行える場所、また利用可能な魔素に満ちた場所であれば脅威ではないこと。


 今までに培った経験と、最適解を導き出す思考が、狩人として取るべき行動を導き出し、屈強な秋熊を罠にかけるに至った。


 自身に迫りくる終わりを理解してか、苦悶に満ちた咆哮をあげ、秋熊が苦し紛れにポエラへ向かって魔素の砲弾を放たんと空を見上げる。


 ポエラには迎え撃つような義理もなく、落ちゆく巨大な浮き岩と運命を共にする秋熊に背を向けることが出来たはずだが、ポエラは右腕の平鉈を霧散させ、かわりに白柄の長弓を再び作り上げた。

 それは死にゆく獣を介錯せんとする、狩人としての矜持であろうか。 

 いや、ポエラにとって魔王の尖兵となり、ヒトへ害をなすだけの存在は、もはや獣ですらなかった。

 熊より高い位置の浮き岩に立つポエラは、冷たい目線を投げかけると憮然とした表情で声をあげた。


「お前の境遇には同情するが、うちの弟分を散々追い掛け回してくれた礼だ。」


 秋熊へと流れていた大気の流れが変わった。

 木桶の底に空いた穴のすぐ横に、より大きな穴が穿たれたことで、そちら側からより多くの水が流れていくように。

 

 魔素の奔流は、秋熊と均衡するまでもなく、ポエラの方へと傾く。

 流れ込んできた魔素は、白弓の形をより大きく太く、頑強なモノへと変えていく。

 純白の弩弓と呼べるほどに強大なそれを、ポエラは片膝をついて構え、外套の下から伸びる”空蜘蛛”の帯で、足場となる浮き岩にその身を強固に縛り付けた。

 ポエラの右手に現れた黒緑色の矢じりを弓幹ゆがらに添わせ、ゆっくりと右腕を引く。幾重にも織り込まれた魔素の弦を巻き取る様に引き絞ると、軋むような音を立てて、湯気のように揺らぐ魔素を纏った、碧白の一矢が番えられた。


 茜色の熊は自らの身体が壊れることも厭わぬかのように、その日一番の魔素の砲弾を作り出した。熊の体格とさほど変わらぬほどの魔弾は、砲身となっている熊を振り回さんと、時折大きく震える。


 勝負は、一瞬、その一合のみ。

 向き合った両者は、相手を撃ち滅ぼさんと、ありったけの魔素を込めた一撃を放った。


『我、その宿願しゅくがんに応えん。

 風弓武術:碧風一閃(ヴェントムアーツ:ウノス・サージタ)』


 秋熊が放った地形を変えかねないほどの魔素の奔流が、足元からせり上がってくる。

 しかし、ポエラが放った一矢は、閃光のように一瞬で。

 魔弾を抜け、秋熊を抜け、暗い闇に沈む峡谷の底へと駆けた。


「ぐがっ…ぎゃっ…?!」


 その一撃は拮抗すらしなかった。

 谷底へと向かった閃光は、秋熊が放った砲弾をまるで果実をくりぬいたかのように穿ち、霧散させた。

 そして、その道筋にあった哀れな秋熊の胴から下を、足場の浮き岩ごと破砕せしめた。

 秋熊の”炉”が行き場を失った魔素をまき散らして、断絶魔のごとき爆音をまき散らしながら盛大に爆散する。あたり一面に広がった爆風は、カナタを背後の森へと吹き飛ばしたが、爆風の拭き戻しがカナタを峡谷の底へと吸い込もうとする。


「世話が焼ける末子まっしだ。まったく…。」


 身を伏せて木の幹を抱えたカリアトが、残るもう一方の腕ではためくカナタの外套をむんずと掴み上げると、地面へと引き倒した。

 カナタは頭上を通り過ぎていく爆風に耐え忍び、必死に地面にしがみつく。

 最後に、巨大な浮き岩が峡谷の両面の壁を擦り、道中の浮き岩を巻き込みながら、谷底へと落ちていく地響きを感じながら、永遠にも感じる時を過ごした。

 

「…終わりだ。もう顔を上げてもいいぞ。」


 先ほどとは打って変わって、シンとしたあたり一面を見回しながら、カリアトは引き潰れた蛙のように地面に這いつくばったカナタへ対して声をかけた。


「もう無理…動きたくない。」


「泣き言を言うほどお前は何もしてないだろうが。」


「…がんばったもん。熊をここまでおびき寄せたもん。」


「後でちゃんと聞いてやるから、せめて立ち上がってポエラを出迎えてやれ。」


「……」


 恐る恐るといった具合に、カナタはその身を起こした。

 先ほどまで浮き岩が密集して漂っていた峡谷は、巨大な浮き岩の落下によって他の浮き岩を蹴散らし、崖下を含めてすっきりとしていた。

 あたりを見回すと、弾き飛ばされた浮き岩の破片やその大部分が、木々をなぎ倒すように突っ込んでいた。

 遮るものの無いすっきりとした青空を見上げると、ボロボロになった外套をはためかせながら、こちらへとゆっくりと浮遊しながら降りてくる姉貴分を見つけた。

 

「…っありがとう!!ポエラーー!!ありがとう!!!!」


 かなりの距離があったが、構わずカナタは頭上に立つポエラに対して、腕を大きく振って声をかけた。

 聞こえたか聞こえていないかは定かではないが、ポエラもその手を振り返した。

 カナタはその無事を確認すると、安堵の息をついて同じように上空を見上げていたカリアトへと向き直る。


「叔父さん。…使徒っていうのは、なにかしらの使命を帯びているんだよね?」


「ああ、そうだ。インヘリットの使命は各地に散らばった使徒たちを発見し、使徒同士を結び付けることだったと言われている。」


「その使命は今も?」


「それを拝命したのはインヘリット…始祖様でな。我々は末裔ではあっても、子神の神託を直接受けた使徒ではないんだ。

 末裔である以上、いつ使命が下るとも分からんが、いつかその時が来るのだろうな。

 …カナタ、お前に与えられた使命とやらが気になるのか?」


 目線を泳がせると虚空に視線を外したカナタは、乾いた笑みを浮かべながら答えた。


「夢でなければ、俺が与えられたのは、魔王を討伐する使命だったと思う。

 …でも正直、今の戦いを見てたらやれる自信はないなぁ。

 何の役に立つのか、何ができるのか、まだよく分からないけど…取りあえずまだ村の一員でもいいかな?」


 顔色をうかがうような、それでいて照れくさそうにカナタは尋ねた。


「別にいいさ。何かが出来なければ、生きていてはいけないなんてことは無いんだ。お前にはお前が出来ることをやればいいさ。」


「…そっか、ありがとう叔父さん。」


「だが、ポエラにしがみついて、穀潰しで甘んじようと思っているなら容赦なく尻を叩くからな。そこは肝に銘じておけよ。」


「分かったよ…分かったってば。」


 カリアトの有無を言わせぬ口調にたじろぎながらも、カナタは再び上空のポエラを見上げた。喧噪に息をひそめていたのか、鳥たちも空へと戻ってきたようだ。


「ポエラも、叔父さんも、みんなありがとう。自分なりに頑張ってみるよ。」


 瞬間、はにかむ様に笑うカナタの身体が

 何かがカナタの背にぶつかり、その身を崖外へと叩き落としたためだった。


 唖然としていたカリアトが、咄嗟に飛びつくが、今度は外套の端に指が触れたのみ。落下する身体を食い止めることは出来なかった。

 カナタは突然の衝撃に息も出来ぬまま、真っ青な空を仰いだ。

 その傍らには、首と翼とがあらぬ方向に折れ曲がった鴉が、恨めしげにこちらをジッと凝視すると、しゃがれた声で小さく鳴いた。


 荒れ狂う暴風が耳を打ち付けるなか、カナタは自分の名を呼ぶ声を、微かに聞いたような気がした。

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