第31話 声なき声 響く轟音

 北側からの颪が、途端に冷たくなった秋口。

 村に来てから1年が経った頃、ポエラのおつかいで、交易所の酒場へ行ったことを思い出した。


 村へと仕入れに来た商人たちが、冬を前に、書き入れ時と言わんばかりに集っては、必需品を村に卸して、大量の毛皮と革物を積んで帰っていった。しかし中には安全と利益を秤にかけ、村の交易所に一晩泊っていく商人たちもいた。その日は珍しく、馴染みの商人たちが酒場にたむろしていた。

 燭台の茜色で、明々と照らされた交易所は、静かな村の中においては、遠くからでも目立った。安い麦酒と、蒸留酒で盛り上がった商人たちで騒がしく、その熱気に飲まれそうになるが、意を決して開き戸を潜った。

 商談を終え、酒と談笑に夢中な商人たちは、ひっそりと入ってきた子供一人、まったく気にも留めていなかったようだが、絡まれるのではないかと早歩きで帳場の裏へと向かった。

 客用の樽杯を並べていたジィチとジーニの父親ウルーチノが、喧噪に似つかわしくない小柄な影を見つけ、気さくに声をかけてきた。


「おお、どうしたカナタ。お前さんに酒はまだ早いんじゃないか?」


「ポエラのおつかい。瓶酒ひとつ、石鹸もください。」


 覚えたての単語で、たどたどしく答えると、ウルチーノは茶化すでもなく、にこやかに笑って裏の方へと消えていった。

 帳場の裏で待っていると、給仕をする近所のおばさんたちに見つかり、通りざまに頭を掻いなでられ、豆菓子をもらった。刻んだ干し杏と堅く香ばしい豆を頬張りながら、賑やかな酒場を眺めていた。

 冬になる前に仕入れに来る商人たちは、村の人々とは服装も異なれば、人種も雰囲気も異なっていた。


 喧噪を眺めながら、ふと思う。

 商人たちは、どこから来たのだろう。

 この街から、どこまで行くのだろう。


 貸してもらった本でしか知らない、村の外の世界を想像しようとする。この村の外には、大海を隔てるほどの大きな滝や、溶岩の海に暮らす鯨がいるらしい。さぞ刺激的で、変化に富んだ世界なのだろう。

 朧げな空想を膨らませていると、突然、頭に袋状の何かが乗せられて、ゆっくりと後ろを向く。


「お待たせ、カナタ。頼まれていた蒸留酒と石鹸、いくつか日用品もいれてるから持って行きな…って、どうした?やっぱり酒が飲みたいのか?」


「違う違う。村の外って、どんな感じかなって思った。」


「ああ、そうか、お前さん、何も覚えてないんだったか。

 そうだな…。差し当たりはな、この森を西へ、まっすぐまっすぐ進んでいくと、山の麓に街があるんだ。色んな物資が集まる大きな街でな、人も、物も、この村とは全然違うぐらい大きいんだよ。山々の小川を集めた広い河の側にあって、高台には城がある。昔、戦いがあった時に王家が立てこもった、それはたいそうで、立派なものでな。機会があったら、うちの倅たちと行ってみるか。」


「いつか、行ってみたい。」


「そうかい、そうかい。そのうち、観光がてら、ポエラ達も連れて行こうか。」


 ウルーチノがこちらの頭をなでながら、大きく笑うと、ひょこりと八重歯が覗いた。その面影が、生意気な兄妹のジィチとジーニに似ていた。

 学び舎で引き合わされた同世代の3人は、何かと面倒見が良く、学び舎の外でも、何かと一緒に居ることが多かった。

 年下に先導され連れ歩かれることに、カナタは思うところないがと言えば嘘になるが、甲斐甲斐しく、好意で接してくれていると感じていたため、ありがたく甘えさせてもらっていた。


 ルーアとジーニとジィチ、そしてもちろん、ポエラとベキシラフとマグニフたちも。

 皆で、麓街を練り歩く日が、楽しみだったことを。

 

 光なく薄暗い、しんと静まり返った酒場を通りがかったときに、ふと思い出した。


「じゃあ、行こうか。」


 軟禁されていた交易所の部屋から連れ出され、トリワーズから拘束縄を引き継いだ部下に、歩くよう促される。縄を持つのは、昨晩、洞窟の部屋の前で、顔色悪く、冷や汗をかいていた、この村出身の治癒術師だった。

 彼女の先導のもと暗がりの酒場を歩く。酒場の出口にある開き戸は、外の光で白く縁どられ、広場へと続いている。

 開き戸の外は、監査隊の撤収準備で慌ただしい。明るいうちに麓の街まで撤収するために、早急な準備をしているようだった。


(街に行くことになるなら、観光で行きたかったなあ。)


 もったいないような、残念な気持ちが湧いてきた。しかし、自分の口でこの村を出ると決めた以上は、どうこう言ってももう遅い。未練たらしい気持ちを切り替えようと、歩きながら大きく深呼吸をした。


 先行したトリワーズの部下が、開き戸を身体で押すと、真っ白な光が差し込んできた。まぶしさに目を薄めながら、ゆっくりと広場へと出て行った。


 村の玄関口にほど近い、円状に作られた石畳の広場は、人の往来で慌ただしく、騒がしかった。

 しかし、その騒がしさには、撤収を進める監査隊だけでなく、遠巻きに眺める村人たちの喧噪も含まれていた。

『ポエラの家に世話になっている新入りが、領主に歯向かう逆賊だったとして、監査官たちに捕まった。』

 村人たちは、そう、寝起きに聞かされ、困惑そのままに集まっていた。


 遠くから走ってくると見物の輪の端に加わった村人から、その人混みの外輪をなぞっていくと、そこには見知った顔が並んでいた。

 半ばまでなぞったときに、一部分だけ、トリワーズの部下たちが武器を片手に直立していた。

 ふと目についたので、よく目を凝らすと、そこには特に見知った顔ぶれがいた。


「あれ、ポエラじゃん。カリアトさんたちもいるけど…流石に見張られてるのか。」

 

 自分の出頭でうやむやになったが、ポエラたちは一度は監査官に歯向かった身だった。警戒されるのは、当たり前と言えば当たり前だった。

 武器も、一切の装備も持たず、いつもの部屋着で静かに立つポエラは、澄ましたようで、その内に深い怒りを押し殺しているように見えた。


 それは、村を捨てると啖呵を切ったのに、その助けを振り払った出来の悪い弟分への怒りか。

 それとも、何も出来ずに、指をくわえてみることしか出来ない、自分の不甲斐なさへの怒りか。 

 たぶん、その両方だろう。


「散々世話になっておいて、勝手な弟でごめん…」


 喧噪の遠く、こちらを向く彼女と目が合ったような気がして、気まずくなって目をそらす。負い目に押され、馬車へと向かうと、後ろの方から叫び声が聞こえた。


「おいコラ!止まれ!」


 小さな影が3つ。監査隊兵士の制止を振り切ると、人込みから飛び出てきた。素早い動きで、追いすがる手を搔い潜ると、こちらへと走ってくる。


「ジィチたち…マジかよ。」


 よく見知った3人の友人たちが、こちらへと駆けてくるのが見えた。

 しかし、子供の逃げ足程度、鍛え上げられた兵士数人にかかれば、すぐに行く手をふさがれてしまう。


「兄貴!ルーア!」

「分かった!」


 しかし、動きを切り替えた3人は、包囲が薄い部分に二人が勢いをつけて突っ込み穴を作ると、ジィチが一人で飛び出てきた。


「アイツ…やりやがった。」


 包囲を突破したことで、周囲から暢気のんきにも感嘆の声が上がるが、それは子供ひとりできることは限られており、見逃されているからでもあった。

 現に、離れたところで撤収の指揮をしていたトリワーズは、めんどくさそうにそっぽを向いていた。


 こちらへと走る込んでくるジィチの顔は、悔しさをかみしめるような必死さを感じた。そういえば、昨日、村に帰り着いてから、治療のために分かれたっきり、ジィチたちとは会っていなかった。


(世話になったんだ。お別れぐらいしなきゃな。)

 傍らの、拘束縄を掴んでいる兵士を見上げると、困ったような顔をしたが、仕方ないという風に縄を長く持ち、少しその身を引いてくれた。

 もう二度と会えなくなるかもしれないのだ。

 一緒に、ポエラ達への伝言も頼もうと、ジィチの方を向き直ると、そこに居るはずの姿は無かった。

 

 あれ、どこ行った?

 あたりを見回すと、皆、総じて上の方を見ている。村人たちも、兵士たちも、やや上の部分を見ている。

 その目線の先を追うと、そこには太陽があった。正確には、見上げた太陽を重なるほどに、高く跳び上がった人の姿があった。

 その人影は、しかと左足を突き出すと、叫びながら勢いよく落ちてきた。


「このクソボケがあああああああああああああ!!!!!!!」


「ちょっ、俺今、受け身とれな…ゴアアアアア!!?」 

 

 包囲を抜け出したジィチは、助走そのままに身を縮めて空へと飛びあがると、昨日までのケガは嘘だったかのように、打点の高い飛び蹴りを繰り出した。

 両腕を縄に縛られ受け身が取れないまま、河原に吊り上げた川魚のように、勢いよく石畳の上を滑る。

 頭を打たないように、辛うじて自ら後ろへと飛び上がったが、その痛みと衝撃はなかなかのもので、腰を直角に折り曲げたまま、打ち上げられた魚もかくやというほどに、身もだえ呻いた。


 唖然としたのは村人たちだけでなく、監査隊の面々も面を喰らったようだった。

 やっと痛みが引いてきた頃、仰向けに転がされると、そのまま馬乗りにされた。


「痛ったぁ…おい、ジィチ!何考えてんだ!」


「それはこっちの言葉だ!バカカナタ!」


「ああ!?」


 突然、蹴り飛ばされ、あまつさえ叱られてしまい、怒りのままに言葉を返そうとするが、まくしたてられたジィチに遮られてしまう。


「カナタ、お前は生意気なんだよ!!前からずっっっと思ってたけどなあ!!弱っちっくて、身の程も知らない癖に!」


「っんだとてめぇ!!」


 手足の自由が効かないままに馬乗りで罵倒されて、流石に沸々と怒りが湧き上がってくる。自由な足で、蹴り上げようと暴れる。しかし、腰の少し上で屈むように座られるとうまく足が届かず、碌な抵抗も出来ないままに、ジィチは話をつづけた。


「お前は、俺より年上のくせして、青カビの山羊乾酪が食えない癖に!子供で食えないのお前だけだぞ!!」

「はぁ?アレは絶対に無理だろ!!風味が終わってるんだわ!」


「暗くなった帰り道、一人で帰るの怖いからって、絶対誰かと帰りたがる癖に!!」

「…バカ野郎!一回、野犬と遭遇してみろ!お前だって歩けなくなるぞ!!」


「ポエラの風呂を覗こうって言ったくせに、一番先に逃げただろ!」

「おい…バカやめろ。それ言い出したの俺じゃ無くて、ベキシラフだわ。」


 最後にガチめの暴露を喰らって、怒りが一瞬で鎮静化する。身体の熱が引き、石畳の冷たさが徐々に感じられるほど落ち着いてしまった。


 それはある日のこと、アホのベキシラフが度胸試しなどと言い出し、ジーニを除いたジィチ隊は、言われるがまま村長の家の裏へと行かされたことがあった。林になっているそこは、拘束用の罠が仕掛けられており、早々に分断された各員は、敢え無く捕まった。だが、その時は露天の風呂へと繋がっているとは知らず、珍しく風呂に入っていたカリアトに捕まった際に事情を話すと、アホのベキシラフは折檻の末、数日の間、村でその姿を見ることはなくなった。だが、ジィチたちは、巡り巡って自分が覗きをそそのかしたと思っていたようだった。


 弁明をしようとするが、上に乗られてうまく声を張れない。左右に顔を傾けると、村人たちは怪訝な顔で耳打ちをしており、遠くに見えたポエラの静かな怒りが、はっきりとこちらへと向かっていることが分かった。


(ちゃんと、村に居られなくなりそうだ。ジィチ、お前、新手の送辞か?)


 想定外の暴露で、落ち着きを通り越して、血の気が引いたが、冷静さが戻ってきた。胸の上あたりで、うつむいたまま黙ってしまったジィチへと、声をかける。


「そうだよ、俺は弱っちい奴だよ。結局、魔術も何もできないままだったし。だけどな、そんな俺にもやれることが出来たんだってよ。散々、世話かけといて、なんのお返しも出来てないけどさ。ちょっくら役にでも立ってくるよ。」


「…ぎるだろ。」


「あん?」


「自分勝手すぎるだろ。」


「…。」


 俯いていたジィチが顔を上げると、その瞳から大粒の涙を流しながら、憤怒の形相でこちらを睨みつけていた。


「年下の俺に勝てないようなお前に、一体、何が出来るんだよ。」


「何かって…そりゃ。」


「お前に出来ることなんて、たかが知れてるだろ。そんなことのために、死ぬ必要がどこにあるんだよ。」


「…仕方ないだろ。」


「何が仕方ないんだよ。」


 冷たく突き放す様なジィチの物言いに、カチンときて、落ち着いていたようで、ただ押さえつけていただけの怒りが、噴火するように噴き出てきた。


「使徒なんだってよは!!そのうちたくさんの迷惑をかけて、たくさんのヒトを不幸にする奴なんだってさ!!あれだけ世話になっておいて、笑えるよなあ!?」


「…そんなわけないだろ。」


「僕には分かるんだよ!なんとなく、分かるんだよ…。聖森で目が覚める前、唯一自分に残っていた記憶だ。金色の髪の女の子と会ったんだ。今ならわかる、あれは子神だ、光の子神だった。その本人が僕を、はっきりと要らないって言ったんだ。」


(アナタはもう…必要ないのですから…)


 女神様に横っ面をぶっ叩かれて、彼女の悔いるように絞り出した声を聞いた。それは、思い出してから時が経っても、変わらず鮮明で、心のどこかにつっかえのように残っていた。しかし、昨晩、ヤーブの話を聞いて、それがどこに挟まっていたのか、やっとわかった気がした。 


「この世界にきて、最初の頃は、ただただ不安だった。この村に居ることを許されてからも、役に立たなかったらいつか放り出されるんじゃないかって、毎日ビクビクしながら必死に食らいついてた。そんな心配は杞憂だってぐらい、村の皆はやさしかった。でもなおさら、ろくに役に立たない自分が情けなかったんだ。」


 怒りのままに吐きだしていた叫びは、いつしか負い目と、心の暗い部分が混じり合ったものに変わり、吐露されていく。


「僕にも、どうしたらいいかなんてわからない。でも、いつか、手に負えないほどの悪さをして、誰かを不幸にするなら。僕は、そっちの方が嫌だ。そのうち村の皆を、迎え入れてくれたみんなを不幸にするぐらいなら、命だって惜しくない。そうすれば、多少は役に立てたっていえるだろ。」


 少し過剰に、自虐的に振舞う。見限ってくれた方が、幾分か別れがつらくないかと、半分演技、半分本気で腐ってるように振舞う。


「バカ野郎。」


「ああ、バカだよな。」


「ちげぇよバカカスカナタ。」


「あん?」


「恰好つけるのは、やめろって言ってるんだよ!」


「なっ…」


「わざとそうしてるのか、知らないけどよ。ちょっとでも、お前が行きたくないって思っているなら、俺はお前を行かせない。」


「おい、やめとけ…」


「格好つけてないで!!意地張ってないで!!行きたくないって思ってんなら、迷惑だなんて思わずに、俺を助けろってちゃんと言えよ!!」


 おいおい…青い春かよ。そういう話じゃもうないんだよ。


 流石に、行かせないという言葉を聞いた兵士たちの間に、ピリッと殺気が混じる。縄を持つ兵士がこちらを見下ろす目線に、それ以上はやめてくれと言いたげな懇願が混じる。


 ここで、もし俺が、助けを求めればどうなるのか。

 言うまでもない、ここで監査隊が制圧に乗り出して、大勢の怪我人が、行き過ぎれば亡くなる人が、出るかもしれない。

 ポエラ達や、助けに賛同した村人たちが、うまくやれば監査隊を撃退できるかもしれない。けれども、その後はどうなる?逆らうか逆らわないか、村を二分するような争いが生まれるかもしれない。


 そうなれば、地獄だ。

 魔王の使徒になる前に、この村を滅ぼすことになりかねない。

 それだけは、避けなければならない。


 迷っていた気持ちが、一つの方向を向いてまとまる。

 今のジィチの叫びで、腹は決まった。

 体重をかけていたジィチは腰を浮かせ、こちらの返答をうながしているようだった。


 叫ぼう。あの日、助けてくれた皆のために。

 叫ぼう。あの日、気にかけてくれた皆のために。


 自由になった横隔膜を下げ、大きく息を取り込む。

 大丈夫と、心配しなくていいと喉を働かせて。


 喉を、働かせて…。 

 

「だ…う…。」


 ……。

 あ、ヤベ。声出ないわ。

 震えた喉は、空気を漏らすだけで、かすりかすりと空を切った。

 助けようと差し伸べられた手を振り払おうとして、結局自分は出来なかった。


 それだけを見れば、どっちつかずの回答。

 しかし、森に生きるカザミミ族の村人たちの覚悟は、気丈にふるまおうとしてできず、差し伸べられた手を掴むでもなく、名残惜しそうに眺める新入りの少年を見て、一つに固まった。


 そもそも、なぜ、余所から来た奴らに、我が物顔で好き放題させているのだろうか。 

 兵士たちの殺気を外縁から押しつぶすような、怒りに沸き立つ村人たちの殺気で、広場は一発触発の修羅場と化した。


 遠くで趨勢を見守っていたトリワーズが、深く溜息をつくと剣を抜き、群衆へと歩み始めると同時に、村人たちの体躯が屈み、迎え撃つように構える。


 いつ、その火ぶたが切られてもおかしくないほど、緊張が高まった最中。


 空からボロボロの雑巾が、その境界線上に不時着した。

 その雑巾は、薄苔色で、人ほどの大きさがあった。


 突然の投棄に固まる双方だったが、雑巾が真ん中から緩やかに持ち上がったかと思うと、ふらつきながら叫んだ。


「斥候隊7番、イナヒ!火急の報告のため、単独にて帰還した!!」


 それは調査のために、昨日から村から調査へと向かっていたはずの斥候隊の一人だった。

 その姿をみて、広間の敷石から静かに音が聞こえていることに気付いた。

 振動にも似たその音は、何故だかひどく不安にさせ、地面に付いた背中は冷や汗でぺたりと張り付いて気持ちが悪かった。


 ゴゥーン…

 ゴゥーン…


「痛っ…」

 先ほどまで何もなかったはずだったが、ふと、急激に頭痛が起きた。

 いままでの諍いを置いて、今は徐々に近づいて来るその音を思い出そうと必死になっていた。


「調査に出た斥候隊は、未確認の敵性獣にて壊滅!!先行したが一直線にこちらへと向かってる!!避難しろ!!」


 ゴゥーン…

 ゴゥーン…

 ゴン…


 異変を感じたポエラが、遠く村のはずれの森の方を見た。

 すると、遠くに大きく黒い盛り土が見えた。だが、それは盛り土ではなかった。

 揺れながら、小刻みに体動するその姿をみて、思い出した。

 何者かに突き動かされ、その虚ろな咢がこちらへと向けられている。

 その切っ先はどこへ、誰へと向いているのか、それは、


 「だ。」

 

 「ダメだ!!みな、伏せろ!!」


 ポエラが群衆を振り返り、歯噛みしたかと思うと村人たちをその場へと伏せさせた。

 遠くの黒い影から、丸い何かが弾きだされた。

 村の街道を沿って、弧を描いてこちらへと向かうそれは、傍の家の外壁に触れたかと思うと、抉る様に巻き込んでバラバラに破壊した。

 黒々とした球体に抉り取られた建材が紛れ込むと、内部で引き潰れる轟音を響かせながらこちらへと向かってくる。


「終わった。」


 誰の声だっただろうか。

 それを、確かめるすべはなく、今はただ衝撃に備える他なかった。


 一瞬、広間から音が消え、轟音を伴って、広場が爆発した。

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