第22話 轟音、衝撃、破砕

「やっと…着いたみたいだ。」

 

 木々が開けて、背の低い草が広がる野原に出た。

 遮る木々がないため、吹きすさぶ風は強いが、青空が開けて、差し込む日差しが暖かだった。  


「たぶん、あの木かな?

 他の結界石みたいに、木の上に設置されてると思うけど。」


 野原を横切った先、ルーアが指さした方向に、ひときわ立派な大木がそびえたっていた。

 横に広がる枝は、こちらの胴と遜色ないぐらいに太く、長く生きたその姿は風格すら感じられた。 


「うん…あれで間違いないと思う。

 よし!じゃあ先に準備しておこうか。ジィチ達より早く着いたみたいだし。」


 大木の周囲には、人影はなく、誰かが野原を通り抜けた痕跡はない。

 先を越されて、ジィチが悔しがっている姿を想像しながら、にこやかに草原に一歩足を踏み入れた。


 すると、大気を割いて、遠くから何かが近づく、甲高い音が聞こえてきた。


「あ、カナタ危ない。」


「えっ?ブッぐああああああああああああああああああ!!!」


「カッ、カナタァ!!!」


 ルーアに呼び止められて、後ろを振り向くと、突然の衝撃に体が吹き飛ばされた。

 きりもみをしながら、宙を舞う中、遠くで叫ぶマグニフの声を聞いた


 べちゃりと、力なく地面に落ちながら、先ほど見た光景を思い返す。

 後ろを振り向いて、見えたのは澄み渡る青空。

 青色の空の真ん中に、徐々に近づいてくる人の形をした物体。

 風を切るように飛んでくると、こちらの真横をかすめ、それがまとっていた風に吹き飛ばされたところだった。


「よっしゃあ!!着いた!俺が一番だ!!!」


「あ、ジィチだ。」


 野原を滑るように、着地した影は、調査を行っていたはずのもう片方の班員、ジィチであった。


 無造作にに切られた短髪に、吊り上がる眉と、ぱっちりと空いた眼。

 自信に満ち溢れた顔つきが、その勝気そうな性格を物語っているが、大きく笑うとのぞく八重歯が、どこか幼さを感じさせる。

 

 まっすぐに指を天に突き立てたあと、陶酔したように両手を広げて、優々と野原を横切っていく。

 

「ちょっと、兄貴。先に行かないでよ…って、なんだ、カナタ達、先についてたんだ。」


「やっと到着したねぇ…あれ?なんで、カナタは地面に落ちてんの?」


「ジーニとベキシラフも着いたんだね。無事みたいでよかった、よかった。」


 残りの二人も、ジィチから遅れて、ゆっくりと滑空しながら降りてきた。

 ルーアも、そちらに合流して、結界石がある大木へと向かう。 


「到着!これで、競争は俺の勝ちだな!!」


 野原を横切ったジィチは、大木に寄るとその幹に触り、誇らしげに叫ぶ。


「兄貴うるさい…。」

「わー、負けちゃったなー。」


 肉親の叫びに煩わしそうに顔をしかめるジーニ。

 悔しさが籠ってない声で、ニコニコと拍手をするルーア。


「お゛ーーーい!!ちょっと待てぇ!」


 心配そうに差し出されたマグニフの手を取らずに、跳ね起きると肩を怒らせて、ジィチのほうへと詰め寄っていった。


「ジィチてめぇ!あぶねぇだろうが!」


「おっ!遅かったな!カナタ」


「お前に吹き飛ばされて、遅れたんだわ!」


「それはごめんな!!でも、俺のほうが先に着いたんで…」


 よろしくな!と、悪びれた様子もなく、嫌みなく誇らしげに笑うジィチに、怒りが冷めやらず、ぷりぷりといなないた。


「はいはい、じゃれ合いはそこまで。

 遊んでるとすぐ暗くなんだから、さっさと終わらせて帰ろうか。」


 「「「はい!」」」


 「カナタ、へーんーじ!」


 「ぐぬぬぬぬ…はい。」

 

 怒りが収まらず、唸りながら歯噛みするが、割って入ったベキシラフが、いつもの胡散臭い顔つきでなく、厳めしい教官の顔をしていたため、渋々といった風に気持ちを切り替えた。


「じゃあ予定通り、木に登って点検をしてもらうよ。

 ジィチ、ルーア、二人が点検。残りは待機で。」


「はいはい~。」

「了解したぜ!」


 最後の結界石の点検も、風素魔術に長けた、ジィチとルーアに任せることになった。


 二人は不要な荷物をこちらに預け魔術で容易に浮き上がると、大木へと昇っていた。


 ルーアから受け取った荷物を、大木から少し離れた場所に置くと、同じようにジィチの荷物を持ったジーニが、近くへと寄ってきた。


「カナタお疲れ様。道中、大丈夫だった?」


「全然、ケモノ一匹で会わなかった。ただ、途中で谷底に落ちかけたけど…。」


「え、やば。」


 ジーニは元来の体質なのか、ルーア達に比べるとやや浅黒い肌に、鋭い切れ目をしている。さらりとした黒髪は、邪魔にならないよう、ひもで結わえられて後ろに流されている。

 すっきりと通った鼻筋は、冷たげな目つきと合わせて、知的な雰囲気を醸し出している。

 しかし、目を細めて、笑う際に、のぞく八重歯が、そのあどけなさと、どことなく兄の面影を感じさせた。


「まあ、何もなかったならよかった。結界石も問題なかったんだよね?」


「うん、無事。ルーア曰く、何もせず汚れだけ取ってきたんだってさ。」


 村の周囲に設置された結界石は、全てを合わせて30個ほどあり、外と内の2層になっている。

 2層に分かれた結界石が、村を囲うように、右巻きと左巻きに一定の方向で魔素の流れを作っている。

 その2層の魔素の流れが、一種のベールのような結界を作り、人が素通りする分には、影響はしないが、森に住む獣たちにとっては、警戒心を駆り立て、近寄りたくないものになるようだった。

 

 結界石は、替えが効かないほど高価なものではないが、紛失した場合、補充に時間がかかり手間ではあった。

 そのため、雨風で流されないよう、特に丈夫そうな木々の上に設置され、念のため、鳥たちや小動物が手出しできないように、がっちりと固定をしていた。


 今回の結界石も、特に大きな樹木の、その枝の分け目の部分に固定することで、多少の嵐にも耐えうることができるようだった。 


 ふと、大木のほうを見上げると、ちょうどジィチがその身を翻しながら、一番大きな分枝へと乗ったところだった。

 魔術を駆使して身軽そうに、大木に登るジィチ達を、目を細めながら見上げた。


「…どうしたの、カナタ。なんか元気ない?兄貴にはねられた時、どこか痛めた?」


「ん?あ、いや。全然平気。

 当たったって言っても、肩口と外套にだし、怪我はしてないよ。」


「そっか…。なんか、困ったような顔してたように見えたから。」


「あー…そんな風に見えちゃった?」 


 心配そうにこちらをのぞき込むジーニに指摘されて、自分の中に、何とも言えない焦りのようなものがあることに気づいた。

 ジィチ達を見上げた時に、自分の中でも言語化できていなかった感覚を明確にするために、ぽつぽつとしゃべり始めた。


「ほら、ジィチとかルーアってさ。

 もう結構、大人たちと同じぐらい魔術が使えるようになってるじゃない。

 すごいなって思って。」


「確かに、ルーアもそろそろ一人前と言ってもいいって、ベキシラフも言ってたし、兄貴は…なんか腹立つけど、”風渡り”の風素魔術なら、もう大人と遜色ないらしいね。」


「そっかぁ…ジーニは魔術とかって、使えるんだっけ?」


「まあボチボチ…といっても、私、風素魔術の適性が低いみたいでね。」


「えっ、そうなの?」


「代わりに、死んだお爺ちゃんと、同じで、地魔素の適性が高いんだってさ。」


「マジで!?地属性かぁ…じゃあ、畑仕事とか引く手あまたじゃない。」


 風魔素の適性が高いカザミミ族が住むこの村では、地素属性を持つ者は珍しい。

 地素魔術を駆使すれば、土壌の改善、土木工事の補助、農作業の効率化など、修練を積めば、様々な応用が利く。

 そのため、風素属性以外の適性を持つ者は、何かと重宝されることになる。


「今後の修練次第みたいだし、このことを村長に話したら、村でお金を出すから、将来的に麓の村まで勉強をしに行ってもいいって、言ってもらったんだ。」


「え、すご!…初めて知ったんだけど。」


「まあ…実は初めて言った。」


 ハハッと、照れくさそうに頬を掻くと、ジーニははにかんだ。


「そっか…そうなんだ。ジーニも、ルーアも、ジィチもすごいな。」


「カナタだって、村に来たときは、ヒョロヒョロで全然頼りなかったのに、2年の間に成長したよ。」


「そうだね。仕事で疲れ切って寝るたびに、そのまま目覚めないんじゃないかって、思ってたのに…気づいたら2年も経ってたんだ。」


 村に迎え入れられてからというもの、ポエラたちに連れていかれて、いろんな仕事をした。

 革鞣かわなめしの工場で、なめし液の樽に落ちそうになりながら、冷たく重い生皮を抱えて運んだこともあった。

 新しい家を建てる際に、切り出した木々を総出で担いで、急な坂を踏み外しそうになりながら運んだこともあった。

 初めて麦を収穫した時には、腰をかがめ続けることが、こんなにも、人体の構造に反していることを、腰をやってポエラに擦られているときに気づかされた。


 目いっぱい汗をかき、震える手足を動かして、村中を右往左往した思い出ばかりだった。

 しかし、今でも時折、思い起こされる。

 満足に仕事ができなかったとき、こちらを励ましてくれる村人たちの、仕方ないという苦笑の表情。

 言葉も満足にわからなくても、優しさと気遣いに触れた時、ふがいなさを感じずにはいられなかった。

 このまま、彼らの厚意に甘えてはいけないと、自分を奮い立たせて、身を粉にして働いてきたつもりだった。

 それでもたまに、村人たちが当たり前に出来ることが、自分は出来ていないと思うことがあった。


 ポエラにそれとなく相談してみたところ、「お前の頑張りを皆は見ている。思い悩んでも良いことはない。」と、優しく諭されてからは、深く思い悩むことはやめるようにしていた。 

 しかし、時からふと、その考えがまた湧き上がってくることを感じていた。


 (夢にしては、やっぱりはっきりしすぎてるよ、やっぱり…)


 今でも、明晰めいせきに思い起こせる。

 明かりが徐々に消えていく、薄暗い部屋の中で聞いた、金色の髪をなびかせる少女の言葉が、胸に小骨のように刺さっていた。


「あなたはもう…必要ないのですから…か。」


「…どうしたの?カナタ大丈夫。」


「え?ああ、大丈夫、考え事してた。」


 悔しさだろうか。

 何かを噛み締めるように、絞り出した彼女の声が、耳に残ってなかなか消えないでいる。

 自分は、皆に必要とされていないんじゃないだろうか。

 そんなことを考えても、せん無いことだと分かっている。

 それでも、湧き出てくる不安と疑念は、簡単にはぬぐい取れなかった。


(自分は……この村の皆に助けて貰ってるけど、皆に何かを返せてるのかな?)


 初めて冬を越したときの、祭りの喧騒。

 言葉もわからない自分に、笑いかけてくれる村の皆。


 その笑顔を、陰らせていないだろうか、と思ってしまうあたりだいぶやられているようだった。


 「…全然、大丈夫じゃないじゃん。」


 一向に影を落とした表情を続ける友人に、口をとがらせる少女のつぶやきに気づかない程度には。



「なんか辛くなってきたな…って、ぐにゅえ。」 


「おいおい!どうした、暗い顔してぇ。」

 

 俯き、沈んでいた顔が、誰かに両頬を持ち上げられる形で、無理やり上を向く。

 

 無遠慮に揉まれる頬で、視界が歪む中、目の前には、悪い顔をして八重歯をちらつかせながら、ニマニマと笑うジィチがこちらを見下ろして立っていた。


「なんでもないわい!

 お前、結界石の点検はどうしたんだよ。」


 ジィチの両腕を広げるように剥がすと、揉まれた頬をさすりながら問いかける。


「結界石で遊んでたら、ベキシラフに怒られてつまみ出されちゃったぜ!

 なんで、後はルーアに任せてきた。」

 

「お前、ホントバカ」

 

 隣に座っていたジーニは、兄に向けるものではない、非常に冷たい目をしていた。


「また悩んでるのかよ。最近さ、ずっと俯いてて俺っち心配。」


「いやね?魔術の才能がなかなか無いなって、悩んでたのよ。」


 遠からずも近からず、咄嗟に、本音を取り繕うように答えると、隣に居たジーニが、「私には…何も言ってくれないんだ…」と、不機嫌そうにしていた。

 ジィチは自分から聞いたわりには淡白に「ふぅん。」と返した。


「だってさぁ3人とも魔素の適性がわかってきたのにさ。

 俺だけ全然ないんだもん。」


「まあ、それは落ち込むよな…

 俺ってば、すごく凄いし、風素の適性がしっかりあるけれども…」

 ジィチは聞いてもいない自分語りから、仰々しく謎の姿勢を取った。

 兄を睨むジーチからイラァという雰囲気を感じるが、その兄は何事もないようにそのふるまいを続けた。


「魔術が使えないからって落ち込むなよ。

 別に魔術が使えないからって、仕事ができない訳じゃないんだし。」


「まあ、それはそうだけどさぁ…」


「カナタにも、なんか取柄があるって。」


「なるほど。取柄って…例えば?」


「…まあ、なんかあるって!」


「キレそう。」


 年下の友人からの、無責任な励ましを受けて、先ほどまでの思い悩みは、どこかへと行ったが、代わりに、つい先ほど轢かれた際の怒りが、再び湧き上がってきた。


 仕返しに、満面の笑みを浮かべる少年の頬を、こねくり回そうかと、立ち上がった際に、ふと、袖を引っ張られたことに気づいた。


「別に、何かが出来なきゃいけないってわけじゃないんじゃない?

 私は…カナタには、カナタのいいところがあると思うよ。」


「本当?例えば…」


「たっ…例えば!?えっと…偉ぶらないし、ひたむきだし。」


「ほ…ほかには?」


「ええ…?!足が悪い村のお年寄りの人たちが、歩いてるのを見かけたら、それとなく話しかけて、付き添ったりとか…優しいと思う。」


「なるほどね?」


 先ほどまで、ゴリゴリに削られていた自尊心が、褒められて回復してくる。

 両手を広げ、日を浴びるように、受けた称賛を全身で受ける。


「ああ、めっちゃ食べるの早いよな。

 すごいと思うけど、なんであれ腹を壊さないの?」


「なんだやるか。」


 途中、ジィチに馬鹿にされたような気がして、飛び掛からんかと威嚇する。 


 すると、かぶりを振ったジィチは、みなまで言うなと言わんばかりに、腕を振り上げた。


「俺には分かるぞ…」


 ジィチは再び大仰な姿勢をとると、かぶりを振った。


「お前も、秘められたる力が、発現するその日を待っているのだろう…?」


 手のひらで顔の片側を覆うと、意味もなくのけぞっては、ニヤリとこちらを睥睨へいげいした。


 そのころには、ジーニの兄を見る目が、もはや肉親に対するものではなくなっていた。

 あっ!舌打ちした今、舌打ち。若い娘さんがはしたない。


「違うわい。俺はもうしてるんだわ。」


「ふふふ、照れるな照れるな…」


「やめろ、近づくな。」



 謎の姿勢のまま、にじり寄ってくるジィチを、うしろに下がりながら避ける。

 

 ふざけるようにじゃれ合う二人を見かねて、大木の下で、待機していたマグニフは、ため息をつくとゆっくりとこちらに近寄ってきた。


「何を、ふざけ合っとるんだお前らは…、周囲の警戒ぐらいしとかんか…どうしたジーニ。」


「あ、うん…そうだね。」


 マグニフは傍らに立つ少女が、先ほどまでとは打って変わって、落ち着かない様子なことに気づいた。

 どうかしたのか、話しかけようとしたが、少女に遮られた。


「ねぇ…マグニフ、やっぱりなんかおかしいよね…?

 冬眠明けだとしても、こんなにケモノたちの気配がないなんて…。」


「結界石がちゃんと働いているということなんだろうが…

 結界内に住んでる小動物すら見ないのは、おかしいと言えばおかしいかもしれんな。」


 もみあげと髭との境目があいまいなほど、しっかりと蓄えられた髭を擦りながら、マグニフは今まで、それとなく感じていた違和感に向き合う。


「あとさ…気のせいならいいんだけどさ。

 …なんか、を感じない?」


「なんだと?」


 生まれたばかりの子供に免じて、しばらく狩人としての仕事は、控えされられていたマグニフは、自分の感覚が鈍ってしまったのかと歯噛みをしながらも、目を閉じ周囲の気配を探ってみた。


「人ではないな…

 ケモノか?それにしては弱弱しすぎる。」


「やっぱり、誰か見られてるの…?」


「…すまんが、明確にはわからん。」


 明るく照らされた野原に立つマグニフは、自分を取り囲む森は、暗幕で覆われたように暗く、外からは見通せないことに気づいた。

 さながら、囲まれた闇の帳に包囲され、その中に潜む誰かが、こちらを見つめているようだった。


 しばらく、狩人として離れていた身であっても、種族としての勘がこちらにささやいている。

 少なくとも、はいる。

 それは、人か、ケモノかはわからないが。


 緊迫した様子に、気づいたらしいジィチ達は早々に合流すると、自らの荷物の近くに立ちながら、周囲を警戒する。


 その時、すぐ脇の森の薄暗い闇の中から、パキリと、茂み何者かに揺らされる音がした。

 最初は幻聴かと、思った音も、2度、3度と続けば、確信に変わる。


 マグニフが、ゆっくりと前に出ると、森の暗幕からジィチ達を隔てるように、その身を挺した。



 パキ…、ガサッ…。

 けして大きく激しい音ではないが、こちらをめがけて、まっすぐに歩いてくる音。

 生唾を飲み込むと、顔を引きつらせながらも、緊張からか、つい、つぶやいてしまう。


「ポエラが村の仕事を終えてから、こっちに合流しているとか…どう?」


「…カナタ。

 あのポエラ姉ぇが、わざわざこんなに音を立てて近づいてくると思うか?」


「……」


 もしやの想像を破棄されてからは、一瞬の時間が、一生のように長く感じた。


 遠くに、闇の帳の中、白ずんだ四つ足の何かが、肩を揺らしながら、近づいてくるのが見えた。


「あいつは…。」


 暗幕から、日差しの中に、這い出ていたのは、四つ足の動物。 

 真っ白な体毛に、細いわりには、節々が筋肉質な足。

 その大きさは、その尾の長さをたしても、子供であるジィチ達の全長を、超えない程度だろう。

 せわしなく、鼻を鳴らし、天と地とを交互に眺めていたが、こちらに気づいたのかピタリと足を止めた。


「これは…イタチか?」


「ああ…そうだな。こいつはトビイタチだ。」


「なっ、なーんだ。イタチかぁ!! 

 この驚かせやがって…ただのイタチなら大丈夫だよね。」


「いや、おかしい。」


 その言葉に反応するかのように、せわしなかったイタチの動きが、地面を俯くように、ままピタリと止まった。

 それは、急に精巧な置物に、すり替わったかのように。


「トビイタチはな、普段は、群風岩の森の浮き岩で、巣を作って暮らしている。」


「なるほど…?」


「トビイタチは、こんな村の近くには居ない。

 。」

  

 イタチの顔がゆっくりと、まっすぐに、こちらを向いた。

 その目は、虚ろで、瞬きもせずに、こちらをジッと見ている。


 そのとき、何かが破裂するような音が響いた。

 最初は、音が出た場所が、わからなかった。

 いや、わかってはいたが、飲み込めなかった。


 爆薬が破裂したかのような音は、大きく震えたイタチのほうから聞こえてた。


「うっ…!?」

「何?この音、気持ち悪い…」


 続けて聞こえたのは、耳を突き刺すような、暴力的なほどの高音。

 こちらよりも、遥かに聴力が良いジィチたちが、とっさに耳を抑える。


 小刻みな震えが徐々に収まると同時に、トビイタチの口がゆっくりと開いた。

 餌の小鳥を捕まえる時に使われるだろう、細かな牙がならんだ小さな口ではない。

 開けた口がどんどん広がって、赤黒く輝く肉を見せながら、肩口まで裂ける。


 無理にこじ開けられた口の中には、一つの鈍色に渦巻く球体があった。


 ああ、自分は、この音を何処かで、聞いたことがある。

 この甲高く響く声を。


 それは、激しい冬風が、戸の隙間をこじ開けようと、締め切ったはずの窓からこぼれるあの悲鳴のような音だ。

 全てを荒々しく叩き壊さんとする音が、今対峙しているイタチから確かにしている。


「ベキシラフっ!!!!身構えろ!!!」


 いまだ、木の上にいるはずの、ベキシラフたちへ知らせると、

 魔術によってされた渦巻く風を腕に纏って、マグニフが3人の前に身を挺す。


 その瞬間、音が止む。

 トビイタチが一瞬震えた。

 

 次に訪れたのは、轟音、衝撃、破砕。

 そうして、もたらされたのは破壊。

 

 引き延ばされた感覚の中、鈍色の弾丸がまっすぐにこちらへと進んでいた。

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