over extended.

 自動販売機の隣に、いる。

 昔は、あの壁のところに、立っていた。彼の隣に座るのが、こわかったから。彼に近づくのが。わたしの体質が。こわかったから。

 今は、ひとり。

 ベンチに座っている。

 そこそこ派手な服。


「うわ。派手だな」


 彼が来た。


「まあ、案件ですから」


 彼が、隣に座る。

 お弁当の箱を、開けはじめた。その手を、握る。


「どう?」


「どうって。弁当箱開くのに邪魔としか」


「よろしい」


 手を離す。彼には。効かない。今更だけど、ちょっと残念。効いていたら、もっと色々。近づくのが早かったかもなんて。

 さっきまでこわがってたくせに、わたし。何考えてるんだろ。


「どうぞ」


 彼の、お弁当。


「いただきます」


 おいしい。本当に、おいしい。


「水いるか?」


「いる」


 セレインの、ペットボトル。


「今日、遅くなるから」


「女か」


「案件ですから。嫉妬しないでね」


「女同士に対する嫉妬の仕方を教えてくれよ」


「夜ご飯は食べるから」


「分かってるよ。食わなかったことがないからな」


「だから」


 わたしが帰ってくるまで、しなないで。

 言いたいけど、言えなかった。そこまで、まだ。言える立場にない。


「もうちょっとだから」


 もうちょっと。抱えている案件が終わったら。

 ずっと隣にいよう。彼の隣に。


「また泣いてる」


「ほんとに、わけがわからん。僕自身もなんで」


 分かってるのに。強がってる。

 でも、まぁ、それはそれでよかった。

 彼のことを、好きでいる。

 そして、まだ、自動販売機の隣にいる。

 彼がここにいる。それだけで、今は、それでいい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シークレット・セレイン 春嵐 @aiot3110

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る