「すまん。続きをどうぞ」


「え?」


「いや。トイレ。水いっきに飲んじゃったから。話の腰を折るのもわるいし」


「話して、いいの?」


「何を」


「わたし。ひとが。ひとを。それで」


 手を。伸ばす。


「あなたのことが」


 伸ばして。やめた。


「あなたのことが、好きだった」


「知らんかった」


「うそ」


「そうかも」


「わたし、女のひとしかいないところで、生きてきたからかな。ひとめぼれだった」


「正直」


 沈黙。


「正直、戻ってくるのを、迷った。なんとなく、分かってたから、だろうな。僕、しにたかった、から」


「わたし。卑怯だね。こうやって、隣に座って。自分の体質で、あなたと仲良くなろうとしてる」


「それは」


 ペットボトルが、揺れる。


「それは気にしなくていい」


「でも」


「効かないから。僕に。任務柄、そういうの、効かないんだ」


 手を。

 握る。


「ほら。何も感じない」


「うそ」


「まあ、ほんの少しだけ、どきどきしてる。他のひとにも同じことを?」


「うん。女性にも効くから。適当にさわって、それで日々の案件を」


「たくましいな」


「うん」


「男には使わないのか?」


「好きなひとができたら、そのひとに、使おうかなって。だめだったけど」


「水。もらっていいか?」


「どうぞ」


 ペットボトル。一息で、なくなる。


「はぁ。緊張すると喉が渇くんだな」


「なにそれ」


「いや。しにたいと思って生きてると、緊張することがなくて」


「そうなんだ」


「セレイン」


「うん」


「おまえの、名前か?」


「ううん。わたしが唯一読める、文字」


「文字?」


「わたし、文字読めなくて。ほら。この体質だから、人のいるところに、いられなくて」


「なんで、セレインは読めるんだ」


「これ」


 ペットボトル。


「わたしが唯一、読める文字」


「水か」


「うん。ペットボトルの水の名前が読めれば、なんとか」


「うそだな」


「なんでわかるの」


「なんとなく」


「なんで読めるのか、わたしにも分からない。でも、なぜか、この文字列だけは、読めるの」


「そうか」


 立ち上がる。ひとり。


「よし。行くか」


「どこに」


「生きに行くんだよ」


「生きに」


「といっても、僕は生きようとしたことがないから、分からないけど。こういうときは、どうすればいいんだ。飯か?」


「うん。ごはんかも」


「いつも、何食ってる」


「コンビニのお菓子。名前読めないし」


「うそだろ」


「ほんとですけど」


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