第3話 female

 初めて、会った日から。

 彼のことが、好きだった。

 好きに、理由はないっていうけど。理由はあった。私のことを意に介さないというのも、ある、けど。あるけど。それ以上に。

 どこかくたびれて、なげやりになっているような、そんな、なんていうか、荒涼とした感じが。好きだった。


「おっと」


 彼が、缶を開けて、ほんの少しびっくりしてる。炭酸飲料だと知らなかったらしい。


「あら」


 彼の手を拭おうとして。ハンカチを取り出して。ちょっと、躊躇。わたしが、いま、彼に近づいても。いいのだろうか。


「使って」


 結局。ハンカチを投げて。手を振るだけ。


「助かるよ」


 彼。ハンカチ2枚体制で、手と缶を拭いている。なんだ。彼も持ってるのか。ハンカチ。


「炭酸飲料って、わからなかったんだ」


「うん」


 うん、だって。かわいい。


「なに買うか。正直、自分でも覚えてない」


「なにそれ」


「なんでもいいんだ。開けて、飲んで。それで初めて、なに買ったか分かる」


 わたしに、会いに来てるのか。

 さすがに、けなかった。


「気分屋なのね」


 適当な返しになっちゃった。


「あなたの衣装ぐらいにはな」


 わたしの、衣装。

 私の着てるものは、見てくれてる。それは、分かった。

 じゃあ、わたしは。


「じゃあ、わたしは」


 口に出して言って、ちょっと後悔した。私のことを言うのは、正直、ない。


「あなたが買ってから、同じものにしてみようかしら」


 変な受け答えになっちゃった。


「気分屋に乗っかるわけだ」


「そう」


「ふうん」


 なんか、ぎりぎり切り抜けた感じ。彼の反応を見るに、そんなにわるい回答でもなかったらしい。

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