シークレット・セレイン

春嵐

第1話 male

 彼女はいつも、自動販売機の隣に立っている。

 ベンチに座らず。壁に背をもたれさせて。


「今日も案件?」


 気づいた彼女が、ほんのすこし手を振る。無表情。そのくせ、変に、穏やか。

 いつも、そうなる。まるで、彼女の周りの30cmだけ、空気の流れがふわっとしているような。


「たいした案件じゃないですよ」


 自動販売機。適当になにかひとつ買って、ベンチに座る。

 自分はベンチで、彼女は、立ってる。


「ちょっとしなびた?」


「なんだよ。萎びたって。3日会ってないだけで」


 当たっている。この3日で、そこそこ、心にくる案件をつぶしてきた。彼女に見破られるほど、つかれているとは思わなかったけど。


「案件はそんなに。後処理だけです」


「そっか」


 飲み物のふたを開けて、飲む。どうやらコーヒーらしい。


「手伝ってあげようか?」


「何を」


「生きるのを」


 いちばん、必要のない手伝いだった。生きる意味はない。


「そうですね。考えておきます」

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