それでも人生は続く。

大西 詩乃

無題

 キャンバスに向かって筆を動かしていると、ふと、その思いが頭をよぎった。

 まるで、人生の終わりを垣間見たようだった。

 ずっと前から感じてはいたのだ。

 例えば、親に自分は進学出来るかと聞いたとき。

 例えば、進路希望の紙に[就職]と入れたとき。

 例えば、大学のポスターを見たとき。

 例えば、担任と話しているとき。

 例えば、学生生活最後の作品を描いているとき。

 筆が止まってしまった。喉の奥が熱くて、目も熱い。堅く閉じた口から震えた息が漏れる。しかし、両手が塞がっていて拭えない。

 パレットの上の絵の具が涙で汚れていく。

 これが数多の大人が言っていた、「もっと遊べば良かった」なのだろうか。

 それとも「もっと目指せば良かった」のだろうか「もっと諦めなければ良かった」なのか。

 どっちにしろ、未来は決まっていて、残りの自由な時間も決まっていた。

 筆を置いて、帰る準備をした。側にある何も書かれていない希望就職先の紙を鞄に押し込んで、夕焼け色の美術室を出た。

 夢が消えても、それでも、人生は続く。

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それでも人生は続く。 大西 詩乃 @Onishi709

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