スマホで解決探偵、あらわる

石花うめ

スマホで解決探偵、あらわる

 朝のホームルームが始まると同時に、三年B組の教室が凍り付いた。

 その原因は、担任の岡田先生の発言だ。


「昨日、私は女子更衣室でスマホを発見しました。そのスマホは撮影さつえいモードになっていました。つまりこれは盗撮とうさつです」


 教室の凍り付いた空気は、生徒たちの目配せによってざわめきに変わっていく。


「はいはい、静かに。放課後になる前、最後に体育の授業をしていたのが三年B組だったので、こうして話しているわけです。ということで、犯人はこのクラスの中にいると考えてほぼ間違いないでしょう」

 岡田先生は、探偵を気取るように腕を組みながら続ける。

「そこで、今から持ち物検査をします。みんな、自分のスマホを机の上に出してください」


 生徒たちは恐る恐るスマホを取り出して、机の上に置いた。

 前の席から順に岡田先生が歩いて指さし確認をしていく。

 また教室が静かになる。


 私の席の横を岡田先生が通り過ぎた。ドキドキしたが、大丈夫だった。


 岡田先生は歩くペースを速めていき、無事に指さし確認が終わると思われた。

 しかしその時、一番右奥の席の横で、岡田先生の足が止まった。勉強成績クラス二位の小窪こくぼくんの席だった。

「小窪くん、スマホはどうしたんですか?」

 岡田先生は小窪くんを見下す。

「今日は持ってません」

 小窪くんは岡田先生と目を合わせずに答えた。

「どうして持ってないんですか?」

「岡田先生には、言いたくありません」

 また教室がざわめき始める。

「なぜ?」

「いえ、別に」


 教室で飛び交うひそひそ声は、小窪くんが犯人かそうでないか、意見が真っ二つに分かれているようだ。「がり勉だからそんなことはやらないだろう」という声もあれば、「がり勉だからこそ、実はむっつりスケベで、そういう非常識なことをしてしまうんだろう」という声もあった。


「何も言わないと、この後生徒指導室に来てもらうことになりますよ」

 小窪くんはうつむいたままくちびるみしめている。

 その時、小窪くんの友達の小山くんが、ガッと立ち上がり、

「小窪はそんなことをする人じゃありません!」

 と声を張り上げた。

「どうしたんですか、小山くん」

 心なしか不服そうな顔で岡田先生がたずねる。

「小窪はいつも勉強のことしか考えてません。この前好きな女子のタイプについて話したときも、小窪はずっと『女子に興味ない』って言ってて、僕ばっかり話してました! 小窪のタイプは分からないけど、僕のタイプなら教えてあげますよ。僕が好きな女子のタイプは——」

「はい、もう分かりましたから」

 岡田先生が遮って、小山くんは黙った。

 小山くんは話が長く、口も軽い。隠し事やうそが苦手なタイプだ。だから、小山くんが言っていることは本当だ。

「では皆さん、スマホをしまっても大丈夫です」

 岡田先生もそれを分かっていて、小窪くんを疑うことをやめたようだ。小窪くんは、ほっと一つ息を吐いた。


「てか先生! そのスマホ、どこのロッカーに入ってたの? 怖いんだけど」

 派手女子の誰かが聞いた。

「入って一番奥、入り口から一番遠いロッカーです」

 先生が答えると同時に、クラスの女子全員の視線が西園寺さいおんじ六花りっかちゃんに注がれた。彼女がいつもそのロッカーを使っているからだ。


 六花ちゃんはクラスのナンバーワン美少女。サラサラの黒髪ロングと、発育の良いお胸が特徴で、それでいてけがれを知らなそうな上品な言葉遣いをするから、まさに非の打ち所がない。あえて欠点を挙げるとするなら、純情であるが故に、人からの好意やいやらしい目線に少々鈍感なところだろうか。ちなみに勉強の成績はクラスの平均くらいだが、清楚せいそな見た目のせいか、クラスの生徒からも岡田先生からも評価が高い。


 そんな六花ちゃんをみんなが見ているなか、親友の伽耶かやだけが私に目配せしてきた。

 伽耶は勉強成績クラス一位のお利口りこうさんだ。

 さすが伽耶というべきか。どうやら伽耶は、スマホを仕掛けた犯人が誰か分かったらしい。


「てか、孝介こうすけじゃね? 西園寺のロッカーにスマホ仕掛けたの。孝介、西園寺のこと好きじゃん」

 派手男子の誰かがニヤけた声で言った。

 私は六花ちゃんの隣の席の服部はっとり孝介こうすけを睨みつける。

「お、オレじゃねえよ!」服部は、立ち上がって反論する。

「オレ、今ちゃんとスマホ持ってるし」

「そもそも、スマホ持ってるか持ってないかなんて、当てにならないだろ。二台持ちのやつなら、もう一つのスマホを仕掛ければいいんだし」

 そのとき、他の男子が「孝介はないと思うぞ」と反論した。

「孝介は昨日、次の授業開始時間ギリギリまで男子ロッカーにいて、制汗スプレーを吹きかけてたんだ。西園寺に気に入られようとしてな」

 服部は「それは言わないでくれよ」と言ったが、他の男子が「だから服部は、スマホをロッカーに仕掛ける時間なんて無いと思う」と付け足したことに満足したのか、だまって席に座った。


「そもそも西園寺さんは、誰かに撮られる心当たりはないの?」

 伽耶が六花ちゃんに聞いた。

 さっきまで服部に向いていた教室の視線が、今度はまた六花ちゃんに戻ってくる。

 六花ちゃんはあごに手を当てて考える素振りを見せた後、岡田先生を見て言った。


「実は、昨日の体育の後、ロッカーから下着が無くなっていたのです」


 生徒全員の「えー!?」という大声と同時にチャイムが鳴り、朝のホームルームが終わって五分休みになった。


 伽耶が私の席に歩み寄ってくる。

「おはよう伽耶。さっきのスマホの件だけど——」

 私の話を遮るように、伽耶が私の頭を小突こづいた。

 そして私の耳元でささやいた。

「スマホ。西園寺さんのロッカーに仕掛けたの、あんたでしょ」

 私は少しドキッとしたけど、諦めて笑った。

「バレたか」

「いや、バレバレだし」

「よく分かったね。伽耶にバレないように、私が持ってるもう一つのスマホをこっそり仕掛けたんだけど」

「すぐに分かったわ。だってあんた、いつも西園寺さんのこと可愛いって言って、性的な目で見てるじゃん」

「それは、六花ちゃんが可愛すぎるのがいけないと思う」

「あんた、女だから笑い事で済むかもしれないけど、男だったら捕まってるからね」

「それが女に生まれた特権ってもんよ。一緒のロッカールームで可愛い子のお着替えを見られるなら、さらにそれを保存したくなるのが普通じゃん」

 伽耶はため息をついた。

「とにかく、後で西園寺さんに謝りなよ」

「分かったよ。じゃあその代わり、伽耶のお着替え見せて」

 冗談半分で言うと、さっきより強めに頭を叩かれた。


「そういえば」私はふと思った。「私のスマホって、岡田先生が持ってるのかな」

「そのことなんだけど」伽耶はまた私に耳打ちする。「もうスマホは返って来ないかもしれないよ」

「なんで?」

「あんたは不思議に思わなかった? 岡田先生は男なのに、女子更衣室に入ってたんだよ」

「あっ——」

 


 次の日、岡田先生は学校に来なかった。

 副担任の先生が臨時で私たちのクラスのホームルームを担当したが、岡田先生のことに関しては何も言わなかった。それに、私のスマホも返って来ないままだ。


 ホームルームが終わり五分休みになった。

 私は伽耶の席に行った。

「ねえ伽耶、岡田先生ってもしかして——」

 そのとき、小山くんが大きな声で言った。

「岡田先生がネットニュースに載ってる!」

 教室はざわつき始め、みんなスマホでネットニュースを調べ始めた。

「もうニュースになってるのか、早いなー」

 伽耶は冷静な口調だ。

「伽耶、何か知ってるの?」

「昨日、小窪くんだけスマホ持ってなかったでしょ? あれは私が小窪くんに頼んで、男子トイレから女子更衣室の入り口を隠し撮りしてもらってたの。岡田先生が女子更衣室に入るところを、証拠しょうことして映像に残しておくために」


 男子トイレは廊下を挟んで女子更衣室のななめ前にある。たしかにそこなら、スマホのカメラ機能で女子更衣室の入り口を撮ることは可能だろう。

 しかし私が一番驚いたのは、伽耶と小窪くんが結託けったくしていたことだった。


 伽耶は続ける。

「前々から私、岡田先生の西園寺さんに対するひいきが異常だって思ってたの。テスト返しのときになぜか西園寺さんにだけ握手したり、授業中にやたら西園寺さんを当てたりするからさ。それに、『三年B組が体育をしてる時間に、岡田先生が女子更衣室に入るところを見た』っていう噂も前々からあったし。だから今回、小窪くんに協力を依頼して、岡田先生を撮ってもらってたわけ」

「なんで小窪くん?」

「小窪くんは西園寺さんと逆で、普段から岡田先生に冷たい対応ばかりされてたから。協力してくれそうだと思って。小窪くんは男子の中で成績トップだし、西園寺さんに勉強を教えてたこともあったから、岡田先生は気に入らなかったんだと思うよ」


 私と伽耶の周りでは、他のクラスメイトたちが「岡田先生、『女子生徒の下着を盗んだ疑いで逮捕たいほ』だって。これって昨日の西園寺さんのことじゃん」とさわいでいる。


 その様子を横目に、伽耶は得意げになって話を続ける。

「私たちは最近、体育の授業がグラウンドじゃなくて体育館になったから、あの更衣室を使うようになったでしょ? で、岡田先生はその時間帯に授業が無いから、女子更衣室に忍び込むには条件が揃ってるなって思ったんだ」

 なるほど。伽耶は最初から、岡田先生の動きを予想していたということか。

「ま、同じタイミングでもう一人、盗撮してる人がいるとは思わなかったけどね」

 そう言って伽耶は笑う。それからスマホでニュース映像を流した。


「続いてのニュースです」

 アナウンサーの音声が流れる。

「公立高校の男性教師が昨日、女子生徒の下着を盗んだ容疑で逮捕されました。生徒たちから提供された2つの映像には、岡田容疑者の犯行の一部始終いちぶしじゅうが撮影されていました」


 ニュースでは、なんと私のスマホが撮ったであろう映像が流れ始めた。岡田先生が鼻息を荒くして六花ちゃんのロッカーをあさる映像だ。

 私のスマホは偶然にも、小窪くんのスマホと並んで、岡田先生の犯行を裏付ける証拠品しょうこひんとなっていたのだ。


「私の映像だ」

 思わずつぶやいた。昨日伽耶が「もうスマホは返って来ないかもしれないよ」と言っていたのは、こういう意味だったのか。


 そのとき、今の私のつぶやきを聞いていたらしく、六花ちゃんが近づいてきた。

「あの」

 六花ちゃんが私に話しかける。

「は、はい」

 私の心臓は、間近で見る六花ちゃんの可愛さと盗撮していた罪悪感ざいあくかんとで、バックンバクンと暴れる。

 六花ちゃんは尋ねる。

「もしかして、私がいつも使ってるロッカーにスマホを仕掛けたのは、これを予測していたからですか?」


 ちなみに、スマホを仕掛けたことに関しては、昨日六花ちゃんに謝罪を済ませてある。しかし、私が六花ちゃんのロッカーにスマホを仕掛けた理由、つまり六花ちゃんに興味があるということは、恥ずかしくて言っていない。


「もちろん、私は岡田先生から六花ちゃんを守るために、スマホを仕込んでたんだよ」

 六花ちゃんに良く思われたくて、私はつい答えを誤魔化ごまかしてしまった。


 六花ちゃんから見えない角度で、伽耶が私の脚を軽くる。伽耶の顔は「おい」と私にツッコんでいた。


「ありがとうございました」

 そう言って六花ちゃんは私に頭を下げた。

「あああ、六花ちゃん頭上げて。これくらいお安い御用ごようだから」

「では、これから私は、あなたのことを『探偵さん』とお呼びします」

 頭を上げた六花ちゃんは、お上品な爽やかさのある笑顔でそう言った。

 探偵さん——六花ちゃんからさずけられたそのお言葉を、心の中で何度も復唱する。

「探偵さん、これからも私のそばにいて、私に何かあったら事件を解決してくださいね」

「はい! ありがとうございます!」

 野球部より大きな声でお礼を言い、床に突き刺さりそうなくらい深々と頭を下げた。


 その時、ニュースの続きを読むアナウンサーの声が私の耳に入ってきた。

「——警察の調べに対し、岡田容疑者は『六花ちゃんが可愛すぎるのがいけないと思う』と供述しており、容疑を認めています」


 あれ? 私、岡田先生と同じこと言ってない?

 私は背中に嫌な汗をかき始めた。

 これから何があっても、六花ちゃんに対して間違いを起こさないようにしよう——

 目の前の六花ちゃんの笑顔を見ながら、そう心に誓った。


 私は「探偵さん」なんだから。


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