第15話 恋は酸っぱく愛は甘いなら友情はなんだろう
こんな形で考えるは無礼、無粋極まりないが、可能性の一つとして考慮しておきたいことがある。
それは『ストック』を可能な限り多く用意する方法だ。
色々と考慮したが、とどのつまり『非メスガキの異性と同棲する』ことが最も効率的なストック稼ぎであると言わざるを得ない。
それはつまり『先輩との同棲』を意味するということなのだが。
というのも先輩以外は年齢的に、そして環境的に非常によろしくない。
雛ちゃんはご近所さんだが一緒に暮らすとは考えにくい。
最近家族と一緒に過ごす時間が増えて幸せなんだ。
俺がそれを邪魔するわけにはいかない。今までの分もしっかり家族に甘やかされてほしい。
蜜川姉妹は……オーナーに俺が殺されかねない。
10代は特に多感な時期、そんな時期に大学生の男が傍に四六時中いるなどとてもじゃないがいいとは言えない。
それが辛うじて許されるのは声が赤い彗星のFBIだけだ。
そもそもどうやって?バイト先で寝泊まりでもしろというのか。
流石にそれは許されんだろ倫理的にも常識的にも。
先輩とは気心知れてる仲であるし、今も休日の大半を一緒に過ごしているわけで。
何より休日遊んでる時も、大学で勉強教わってる時も、先輩と過ごす時間は心地いい。
何をするにしたってそうだ。
先輩がいい。
先輩じゃなきゃ、嫌になっちまった。
……なんでだろうな。
「あっ、あのね東ちゃん?ちょっと弁解させてもらえるかしら?」
「どうぞ。言っておきますが僕の気はあまり長くない。ここから先は、慎重に言葉を選べ」
「目ェ怖ッ!」
僕の目の前にはみっともなく弁明をしようとする先輩。
しかし、僕は決して容赦はしない。
この先輩にはどうしてもね、言ってやらねば気が済まないんだよ。
「あのね?そのぉ、そうっ!東ちゃんきっと誤解してるのっ!」
「はぁ、なるほど。つまり自分は間違ってないと」
「もっ、もちろんよっ!だって、今までもずっとそうしてきたし……」
秋、それは僕にとって最も好きな季節。
こうして先輩と訪れているケーキ屋さんにも、多くの新作ケーキが並んでいる。
もっとも、注文は終えていて今はケーキに舌鼓を打ちながらおしゃべりに興じているわけだけども。
「今までそうしてきたから。それが正しいとどうして言えるんだい?……現に、僕は今までずっと我慢してきたんだ」
「えっ、そうだったの……っ?」
「あぁそうだよ。ここ一か月の間、先輩と遊ぶようになってからずっと悩んでたよ」
態々ガールズトークを名目に志賀をハブにしたのだ。
今日ばかりは一切の容赦もなく、言わせてもらおう。
「先輩、常々思ってましたが今日こそ言わせてもらう」
一呼吸、置く。
「いい加減人前で志賀とイチャつくのはやめてくれっ!!一緒にいる僕がいたたまれなくなるでしょうがっ!!」
「してないわよそんなことぉ!?」
この先輩は言うに事欠いてまーだ否定しているねぇ!
残念だけどネタは上がってるんだよねぇ!?
「学食でご飯食べてるとき。ご飯食べてて口にものついてる時、いつも志賀に拭いてもらってるよね。それも高頻度で」
「そっ、そうだっけぇ……?そんなことぉ、ないんじゃないぃ……?」
「志賀にレポート教えるときの顔、鏡で見たことある?すっっっっごい甘やかしたがってるのが分かる顔してるんだよ?それ見ながらレポート進める僕と図書室で勉強してる人達の身になってほしい」
「うぅ……だ、だって東ちゃん詰まらないでどんどん進めちゃうんだもん……頭いいし……」
「ありがとう。あとこれが多分一番だと僕は思うんだけど……」
一旦区切って紅茶に口をつける。
二人の仲睦まじさを見せつけられてる分にはいいんだけど、こればかりは我慢ならない。
絶対に物申さねばならない。
「この前、三人でアウトレット行ったじゃないか」
「行ったわねぇ。服とか本とか見るの楽しかったわぁ」
「うん。僕もすごく楽しかった。友達と出かけることあんまりなかったし。でもさぁ。なんで二人は歩いてる時、隙あらば手を繋ぐの?バカップルなの?」
「えっ、嘘っ!?そんなことしてた私っ!?」
「そこは無自覚なのかよっ!!」
ほんとなんなんだよこいつらっ!!
その隣歩いてる時僕がどんな気持ちだったかマジで理解してなかったのかよっ!!
「あの時僕が何考えてたかわかるかい?『あぁ……これデートに引っ付いてきたお邪魔虫みたいだな……』だよっ!」
「そんなことないわよぉ!東ちゃんは私達の大事なかわいい友達よぉ!?」
「それが分かってるから憎めないとこまで含めて全ッ部僕の鬱憤になってるんだよぉ!!」
くっそマジで無自覚だとは思わなかった。
傍から見たら僕が当て馬にしか見えなかったあのお出かけ。
楽しい時間と引き換えに何故か無性に空しくなったのは何故なんだろうなぁ!!
「この間も膝枕してたよね。まぁあれは人前じゃないけどさ」
「だって辛そうだったから……私が甘やかしてあげないとって……」
「そういうとこじゃないかなぁ」
先輩の志賀に対する甘やかしはちょっと、いやかなり度が過ぎてると思う。
これで好きじゃないは流石にまかり通らないよ?
「お節介だったらごめん。志賀は先輩のこと、間違いなく好きだと思うよ。その上で先輩はどう思ってるのかなぁっていうのは、気になるかな」
「うー……」
「かわいい顔しないの。……そこんとこどうなの?」
そう、僕はこれを聞くために今日のお茶会に来たのだ。
いい加減やきもきするのも嫌だし、いい加減くっついてほしい。
というか、これで明確に『好き』という答えじゃなかったら志賀が報われない。
流石に哀しすぎるよ。
「あのね……その、笑わない?」
「場合による」
「そういうごまかさないとこ、好きよぉ……」
先輩も唸ってはいるが、観念してくれたようだ。
それでいい。僕とて女子、こういうとこでコイバナを摂取したいんだよ。
普段からこの人達のせいで摂取過多な気がしないでもないが、それはそれ!
「じゃ、じゃあ、聞いてくれる?あの、あのね……」
「……その、志賀のこと考えてるとね?胸がね、ちょっとずつ、ちょっとずつ痛くなるの」
「志賀と会える日はいつも起きてすぐ『あっ、今日も会えるんだな』って顔が思い浮かぶの」
「志賀と会えた日はね、寝る前に『明日もまた会いたいな』って気持ちになるの」
「もう、かわいいって言われてうれしいのが、あいつだけなの。あいつじゃなきゃ、いやなの」
「初めてのことばっかりで、私にもよく分かんないの……。ねぇ、東ちゃん……?」
「これって、好きってことなの……?」
「それって恋じゃない?」
「……そう、なんですかねぇ」
自分の考えを整理したくて相談してみたものの、打ちひしがれている。
ここは和菓子屋『安城』。俺がいつも贔屓にしている和菓子屋。
話を聞いてくれてるのはそこの看板娘の寧さんだ。
おかしいとは思ってたんだ。
いつの間にかこの人やバイト先のお姉様方を見ても、前のようなテンションになることは、ほとんどなくなっていた。
「見れば分かっちゃうわよ。前まで、君が好きなお菓子買ってたでしょ?」
「はぁ、まぁ、そっすね」
「最近は一回買っていった商品を、次に来た時もう一個買って、自分の分は別なのを買うって感じだったよね。美味しいと思ったのを一緒に食べて、新しいのを分けっこしてるのかなって思ったわねっ!」
「う……その通りっす……」
バレてた。普通にバレてた。
美味かったやつを先輩にあげてんのもバレてた。
だってめっちゃ美味しそうに食べるもんだからついつい……なぁ。
んで、次買った奴を分けてることもバレてる。
だってすっげぇ物欲しそうな目で見てくんだもんよぉ……
「ふふっ、それにね。前来てた時とは顔が違うもの」
「顔、っすか?」
「うーん、なんて言ったらいいのかなぁ。前までは私目当てだったよね?」
「はっきり言いますねぇ!?……いや、まぁそうでしたけどぉ!」
この人意外と明け透けに物言う人だな。
……俺、今までこの人のことよく知らなかったんだな。
「そうだった、でしょ?今はどう?ここに来るとき、何考えてお菓子選んでる?」
「……黙秘いっすか」
「ダメっ!」
笑顔の押しつえー……言いたくねー……
けど話聞いてもらってる訳だし、言わねぇ訳にもいかねぇー……!
「……あれ美味かったから、先輩喜ぶかな、とか。これ珍しいから買ってったら、先輩の興味惹きそうだな、とか」
「うんうん。他にはどう?」
「先輩はたしか粒あん派だったよな、とか。この間のは喜んでくれた、とか……あぁー……ちょっと恥ずいんで顔見ないでもらっていいすか」
「やだ!」
くっそ、マジで冗談キツいぞこれ……!
すっげぇニヤニヤされてんの見なくても分かるわ。
「うふふっ、ごめんねっ。でもさ、随分その人のことが大切なのね」
「……そりゃ、まぁ。恋、かは分かんねぇっすけど」
「その内分かるわよ、その内ね」
いつも思うが、年上の女性ってのに勝てる気がしねぇ。
先輩もそう、寧さんもそう。
なんでこう、男の下心だのを平然と見抜いちまうんだかなぁ……
「……あ、すんません。ちょっと電話出てきます」
「はーい」
一言断ってお店を出る。
誰から……噂をすれば先輩か。
「はいもしもし」
『あっ後輩。ねぇ、今暇?』
「はぁ、ちょっと出かけてますけど。何か用事だったりします?」
『んー、そういうわけじゃないの。東ちゃんとお茶してたんだけど、なんか胸抑えて帰っちゃったから暇になっちゃって』
「あいつなんか病気だったりします?」
『本人は「胃もたれしそう」って言ってたからそれかなぁ』
「あいつ胃もたれするほど食ってたのかよ……」
東、そんなドカ食いするような奴だったっけ?
どうせ先輩の前でいいかっこしたくてやったんだろ。
バッカでー。
『まぁそれはそれとしてぇ。……なんかね、あんたの声が聞きたくなっちゃって』
「なんすか急に。飯なら奢りませんよ」
『……バカ』
「バカですみませんね。声聞いたら先輩に会いたくなっちまったもんで」
『後輩、そういうのよくないと思う』
「わけわかんねぇ……」
我ながら結構気の利いた言い回しできたと思ったのによぉ!!
なんて言やぁ正解なんだよちくしょぉ……!!
『……んふふっ、ねぇ、後輩』
「はいはいなんでしょ」
『なんでもなーい。じゃ今からあんたの家向かうから』
「は?オイふざけんな今出かけてるっつった……切りやがったな!?」
今日の先輩何考えてんのかマジでわからんっ!
くそっ、しゃーねぇ。買うもの買って帰るか。
「寧さんすみません、ちょっと急用できたんで帰ります。あっ、これ包んでもらっていいです?」
「はーい。カステラと三方六ね。少々お待ちをー!」
「……なんで三方六なんか置いてるんですか。たしか北海道のお土産でしょこれ」
「美味しいから」
それを言われちゃなんも言い返せねぇぜ。
「はいどーぞ。先輩さんによろしくねー!」
「宣伝しときまぁす!」
即行で帰らねぇと先輩が外で待ちぼうけしちまうかもしれねぇ。
さっさと帰って茶でも淹れとかねぇとへそ曲げちまう。
へそ曲げてもかわいいんだからほんと罪だよ先輩は。
俺にはまだ、恋だの愛だのは分かんねぇ。
恋って燃えるようなものなのか?
愛って優しくなれる甘いものなのか?
そんなこと考える時間なんて、こんな世界じゃ一秒だってありはしなかった。
今だって考えるべきじゃない。
俺が生きているのは、オカルトともファンタジーともつかない、こんなクソみたいな現実なんだから。
だけど、それでも。
それでも許されるってんなら。
「……先輩と、一緒にいたいよ」
この間までの俺はグズって泣いちまう程弱ってたらしい。
だが今は違う。
「こんなカスみてぇな世界に、負けてられっかよ」
そうして俺は、正面から自分の気持ちと向き合えるんだ。
必ず、戻る。
そしていつか、先輩と───
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