第14話  大人になるほどありがとうが照れくさい

 雛ちゃん達との遭遇により発生しているメスガキと遭遇しない時間。

 ひとまずこれを『ストック』と呼ぶことにしようと思う。

 この『ストック』がある内に考えておきたいことがある。

 『安全地帯』のリストアップだ。


 ずいぶん前の話にはなるが、この世界にはメスガキが現れにくい、あるいはメスガキ事象がほとんど発生しない、という場所がいくつかある。

 新たに判明した法則も踏まえ、その条件をいくつか列挙してみる。




 まず第一に『年齢制限がある』場所。

 俺が先輩との飲みに前向きな理由の一つでもある。

 どうやらこの世界の法則は律儀なことに、公然わいせつ罪は犯す癖に風営法は守る。

 俺の心も守れ。


 第二に『関係者以外立ち入り禁止』の場所(一部例外あり)。

 先輩がメスガキとは到底呼べない以上、関係者以外立ち入り禁止となっている大学にメスガキが現れることはないだろう。

 もっとも、この関係者の中に子供が入る余地があるなら……その場所はもう安全とは言えない。


 教授の孫娘説もあるにはあったが、考えてみれば教授達は高齢が多い。

 メスガキもの、という点において高齢は性的対象とはなりにくいだろう。

 生徒が対象の可能性は十分にあるが、大学構内は隠れて事に及べる場所が少ない。

 大学内における事象発生の可能性は排除していいと思われる。


 第三に『成人女性が多くいる』場所。

 発見するのに最も時間がかかった法則だ。

 考えてみれば確かに、例えばそういった漫画作品に成人女性が一緒に出ていることは少ないイメージがある。


 つまり『メスガキもの同人には成人女性が出ない』という法則があり、逆に考えれば『成人女性の周辺にはメスガキが現れない』ということなのではないか?

 商店街、大学構内、バイト先の喫茶店に現れないのはそれが理由と考えられる。

 ……今思うと、瑠美ちゃんには悪いことをしてしまったんだな。


 他にもいくつか考えられる要因はあるが、この三点が大きく影響している、と考えられる。

 このことから挙げられる安全な場所は商店街、大学、喫茶店、居酒屋、夜の店、自宅や実家、人の家、くらいだろうか。少ねぇー……。

 比較的安全な場所として、家電量販店やスーパー、遊園地なんかも挙がる。

 いやまぁ電気屋にメスガキがいたらいっそ笑うけども。防犯ブザーでも買いに来んのか?





 以上挙げた場所を見て『こんな世界でも意外と生活だけならなんとかなるんじゃね?』とも確かに思った。

 が、道を歩けばメスガキに当たるこの世界。

 それらは局所的に安全な場所というだけであって、日々俺の生活を脅かしてることに変わりはない。


 だが、俺はまだ悲観してはいない。

 必ず、必ずだ。

 俺は元の、普通の生活を取り戻して見せる。














 あれ


 普通ってどんなんだっけ














 少なくとも……



「ぴゃあああああ!!??」


「うおぉぉぉ!!??なん!?どしたんすか先輩ィ!?」


「ASMR聞いてたら爆音で広告流れたぁ……!!」


「人んちのパソコンで何してんだコラ」



 今の現状が普通じゃねぇのはわかる。

 ヘッドホンつけてなんか聞いてると思ったらASMR聞いてるだけかよ。

 あと今後俺が使うときおすすめにそれ出てくんだけどぉ!?

 ASMR別に興味ねぇのに!



「ほあぁぁぁぁ!!折角十円玉立ったのにぃ!!!」


「おめーも人んちで何やってんだよ」



 隣で東が絶叫している。

 こんだけゲーム取り揃えた環境でやることが十円立てって、もう完全にバカの所業だろ。



「ちくしょぉ!……えーえすえむあーるってなに?」


「ASMRな。落ち着く音声とか、耳にいい音とかを集めたやつ。なんか先輩そういうのにはまってるらしい」


「へぇー」



 突然、俺の家に二人が遊びに来た。

 先輩は毎度のことだし、東は初めて家に来たが、それ自体は全然構わねぇ。

 けど遊びに来るって言っておきながら全員別なことしてるのはいかがなものか。



「ねーこうはーい、何読んでんのぉ?」


「んー、ちょいと昔の漫画見っけましたんで。なっつい」


「面白いの?」


「おーともよ。後で貸しますよ」



 かく言う俺も漫画読み漁ってるわけだが。

 いやだってさぁ、先輩はパソコン貸してって言ったきり齧り付いてるし、東は俺が漫画読みだしたらよく分かんないことしだすし……

 それなら全員別々に遊んでてもいいよなぁって。



「ひーまー。ねーゲームしましょー」


「ASMR聞いてた分際で中々抜かしますね。なにします?」


「3人でできるやつでしょ?なんかないの?」


「スパ〇ン4ならあります」


「Rも持ってるのにS〇Cを選ぶセンス、嫌いじゃないわっ!!」


「東ー、ゲームやんぞ。いつまで十円玉立ててんだ流石に引くぞ」


「えっ、なに?ゲーム?……うわスー〇ァミだ。まだ動くのか……」



 うちのレトロゲーム機はまだまだ現役だからな。たいていの物は動くぜ。

 さすがにVCに頼らなきゃ遊べねぇのもあるが……それはそれでまた味があるってもんだ。



「俺ジェットで」


「あたしも」


「二人ともひき殺しに来る気マンマンすぎないっ!?……バズーカで」


「当然5656パスワードはありな」


「もち」


「やめろよぉ!!バズーカは発動まで遅いんだぞぉ!!」



 なんか東が叫んでっけど知らない。

 特殊能力ぶっぱなしの魔力に取りつかれた俺達を止められる奴はいねぇ……!












 初めて志賀の家に来た時、正直僕は不安でしかなかった。

 だって、男の家って。

 いくら志賀が勘違いしてるからって、先輩が同伴しているからって、男の家にあがるなんて……



「うおぉぉぉ!!消し飛べやぁぁぁぁ!!」


「ほいラインボム」


「うわぁぁぁぁぁ!」


「ぷー、ばーか♡考えなしにジェットパなすからよ。ラインボム見えてるんだからボム投げが正解に決まって……」


「投げっ」


「うわぁぁぁ!ここ落ちるステージだったぁぁぁぁ!!」



 そう思ってた時期が僕にもありました。

 楽しい。

 いやすっごい楽しい。



「……二人とも弱くない?」


「ダッテメッコラー!」


「スッゾコラー!」


「日本語話して?」



 最後に友達の家でゲーム遊んだのはいつだろう。

 高校生になるともうしてなかったし、中学生くらいの頃だろうか。

 童心に帰る、なるほど確かに……これは楽しい!

 


「4点先取なのに僕が3で二人とも1だよ?大丈夫?ハンデつけようか?」


「くっ……中々こいてきたわね東ちゃぁん……!」


「だが俺達に後がねぇのも事実……!」



 くっ、先輩と志賀はいつもこんなに楽しいことしてたのか。

 ずるい、すごくずるい!

 僕だって真面目ぶった顔しないでもっとゲラゲラ笑いながらゲームしたかったっ!



「バズーカは最初からキック持ってるから選んだしねー」


「まずいっすよ先輩。こいつ結構やりこんでやがる」


「ふふ、違うわよ志賀ぁ。私達が頭使わないで遊んでただけよ」


「完全に論破されたが?」



 ふふん、昔お父さんがスーファミ持ってたからね。

 その時にかなり遊んでいたのだよ僕はぁ……!



「よしラインに貫通!これはもらったっ!……あっ!おい、何持ち上げて」


「先輩パス」


「りょ。くらえジェットォー!!!」


「わぁぁぁ!!??なんだその連携!?」


「「イェー」」


「ハイタッチすんなっ!」



 あぁ、楽しい。

 友達とゲームでワイワイ騒ぐの、楽しい!



「っし、勝った。さぁこっからは実質二対一よぉ!」


「卑怯とは言うまいな……」


「くぅ……!上等だよ、まとめて相手してやらぁ!僕のバズーカ精度なめんなよぉ!」


「ほいプッシュ」


「ジェットォォォ!!」


「うわぁぁぁぁ!!マジでなんなん息合いすぎだろぉぉ!!??」


「「イェー」」


「ハイタッチすんなぁ!」



 こんなゲラ笑いしながらゲームなんて品のないこと、生まれて始めてやったかもしれない。

 こんなに楽しいなら誰か教えてくれてもよかったのにっ!



「ふっふっふ、これで私も志賀も3勝……遂に雌雄を決する時が来たわねぇ……!」


「覚悟しろ東ァ!」


「でも僕倒しても優勝できなくない?結局二人で争うじゃん」


「「いやこいつ相手なら余裕で勝てるから」」






「「あ?」」






「「まずはお前だオラァ!!」」


「何やってんの君達……引くわ……」




 ふふ、身構えてたのがなんだか馬鹿馬鹿しくなっちゃうな。

 もっと、二人と仲よくなりたいな。



「はい勝ちー!組んでない二人じゃまるで全然!この僕を倒すには程遠いんだよねぇ!!」


「だぁぁぁくっそ!!」


「ス〇Ⅱなら負けないのにぃ!」


「はっはっはぁ!先輩はともかく志賀に勝つのは気持ちがいいなぁ!」



 これ以上仲良くなったら何をするんだろう。

 どこかに遠出したり、こうやって家でみんなでダラダラしたりゲームしたりするのかな。

 そういえば志賀は先輩と海に行ったって言ってたな。僕も行きたい。

 なんか変なイメージ付いちゃったけど僕だって真面目ぶってばかりいないで遊びたい!


 ……あ、しまった。

 海とか温泉とか、行ったら女だってバレちゃうな。

 いや男の一人暮らしの家に遊びに来といて今更か。

 タイミング見てバラしちゃおう。



「くっそ、許せねぇよ……!次だ次!何する?」


「東ちゃん、なんかやったことあるゲームある?私達大体やってるから合わせるわよ」



 そこまで考えて、今日は薄着の一ノ瀬先輩をチラと見る。

 うおっ……待った、海に行くとしたらこれと横に並ぶの?

 『これ』と比較されるのかぁ……。

 ちょっと、いやかなり、心にクるものがあるな……っ。



「むーん……じゃあ、これ」


「おっ、いいねぇチョ〇Q64。でもマ〇カじゃねぇの?」


「いやチョ〇Qが実家にあったから懐かしくなって」


「分かるわ」


「すげー分かる」



 まぁいいや、後で考えれば。

 ようし、もっと仲良くなる為にも今日は遊び尽くすぞー!













「くぅ……くぅ……」


「……先輩どうすんよこれ」


「完全に電池切れね。爆睡してるわ東ちゃん」



 ぶっ通しでゲームしてたから無理もないかー、とは先輩の言。

 確かに昼過ぎからゲームして今は3時半。

 時間的にも眠くなる時間だし、まぁわからんでもない。

 人んちのベッド占領しやがって。別に構わねぇけど。



「ねーねー、なんで急に来たかとか聞かないのぉ?」


「聞いても大したことなさそうだからいーっす」


「聞いて♡」


「……なんで来たんすか?」


「暇だったから♡」


「ほら見ろ。……冷めたしお茶淹れてきますよ」



 今日の茶菓子は和菓子屋『安城』で買ったどら焼き。

 滑らかこしあんが特徴の優しい味わいが売りだ。

 そこに詰め合わせの一口サイズ和菓子セットを添えて来客用に出している。

 どら焼きは5個セットで安かったものの持て余していたからちょうどよかった。

 一人一個ずつ出してたが、東は寝ちまったし先輩と俺の分にしてしまおう。



「ほいどーぞ」


「おー!ありがとっ」



 先輩が袋を破いてもしゃもしゃと食べ始める。

 ……リスみてぇ。

 口が小さいから一口が小さいとこ、頬にため込むとことかそっくりだ。






 さて、今日までの結論から考えれば、東は『大人』ではない、と判断している。

 先輩という成人女性と一緒に行動できている、つまりそういった事象が発生しない人間なんだろう。

 あるいは『大人』になるトリガーを持っていないのかもしれない。


 ……今考えるべきことじゃないなと、少し自嘲しちまう。

 こういうことを考えていると、どう足掻いても友達を懐疑的な目で見てしまう。

 だと言うのに俺の頭は考えることをやめようとはしない。

 目の前が見えてるのに、見えていない感覚になる。


 そうだ、俺はずっと辟易としていた。

 同じ大学の人間が子供に手を引かれていく姿に。 

 その子供が直前まで自分に声をかけていたことに。

 無視した結果、そいつが連れていかれたことに。


 じゃあどうすればよかった。

 走ってそいつを呼び止めればよかったのか?

 ただ構内で見かけたことがある程度の他人のために?

 そいつのために人生捨てる覚悟をして。


 そんなこと、友達にだってできるかわからない。

 くっそダセェ。

 そんなこともできねぇ、ほんとに俺はどうしようもねぇ……



「───美味───こで買───賀?───」



 なぁ先輩、東。

 俺、お前らと一緒にいていいのかな。


 寂しいだの一緒にいてぇだの言ったけどさ、結局何も打ち明けられてねぇし。

 友達を疑いたくねぇとか言いながら、大人がどうとか考えてる。




「───っと───賀?───大丈夫───?」



 時折息をするのが、途方もなく苦しくなる。

 もういやだと叫びたくなる。

 でも諦めたくもなくて、諦めたくて。



 もう、なにもかも捨てて終わりにしたくなって───










「───志賀?どうしたの……?どこか痛いの……?」


「ぁ……せん、ぱい」



 ぐちゃぐちゃとした感情が視界を埋め尽くしたかと思えば、それが晴れる。

 きらきらした目が、俺を見てる。

 俺の頬に手を当てて、じっと見てる。



「……泣いてるの?」


「……え、あ、いや。ち、違いますよ、お茶が熱くって」


「まだ手をつけてないのに?」


「あぁ、いや……その……」



 怖い。

 先輩にだけは、拒絶されたくない。


 どう思われたんだ。

 情緒不安定な、おかしなやつと思ったんじゃないか。

 こんなんじゃ、東を笑えやしねぇ。



「すみません、ちょっと、疲れてるみたいっすね。もうだいじょぶっす」


「……志賀」



 今は先輩達が遊びに来てんだ。

 雰囲気悪くするわけにはいかねぇ。

 ちょっと苦しいがなんとかごまかさねぇと。



「あれっす、最近寝不足気味なんでそれっすよ。ほらたまにあるじゃないっすか」


「志賀」


「だいじょぶっすよ。心配いりませんて。ほら、ゲームしましょ」










「……志賀、おいで」



 だから、お願いだ。

 やめてくれ。

 その優しい目で、俺を見ないでくれ。



「隣座って。ほら、膝貸したげるから、横になって」










 さらり、さらりと俺の頭を手が撫でる。



「知ってる?何もないときに涙が出るときって、自分じゃどうしようもなくつらいときなんだって」


「……私、これでも先輩だし。志賀に何か、つらくて苦しいことがあるっていうのは分かってるつもり」


「私とか、東ちゃんに言わないってことは、雛ちゃんの時とは違う難しい問題なんでしょ?」


「言いたくないことだってあると思うの。だから私は何も言わないし、聞かない」



 温かい。


 冷えきってヒビが入ってた何かが埋まるような気がした。



「だからせめて、辛いときは言ってちょうだい。安心して?膝くらいならいつでも貸してあげるから」


「友達が傍で苦しんでるときに何もできないのは、悲しいから……」



 ダメだなぁ、こりゃ。

 俺まだ、この人と一緒にいてぇや。







「ふわぁ……あれ寝ちゃってた……えっ?」



 やべぇ、東が起きた。

 先輩に膝枕されてるこの展開、非常によろしくねぇ……!!



「……志賀寝てます?」


「うん。今寝たとこ」


「ふぅん。……ちょっと安心したよ。こいつ疲れてるとすーぐ隠すから」


「ふふ、そうね。でもそういうところがいじらしいじゃない」


「そういうもんかい?じゃ僕もうちょっと寝るね……」


「はーい。おやすみ」



 いやそうはならんだろ。

 俺が言うのもなんだがなんか言うことあるだろおい。

 俺の内心と二人の温度差が激しすぎてどう対応したらいいかわかんねぇ……!!



「……ちょっと、先輩」


「しーっ。……ん、いい子ね」



 ……ああくそっ。

 一生先輩には勝てそうもねぇや。








 そうだな、投げ出すには早すぎるよな。

 俺はまだ諦めねぇ。


 まだ、頑張れる。


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