第6話 気分は天気に引っ張られる
『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』───
孫子の言葉で、敵と己のことをよく知ることで勝利を確実なものにするという教訓だ。
かつていくつかの成人向け本からメスガキ物の作品を読んだことがある。
趣味ではない物を読むのは大変な苦痛を伴うが、やむを得ない。
これもメスガキを理解するための必要なダメージ。
自身の安全を得る為の、致し方ない犠牲だ。
しかし得たものはと言えば『どういった場所、シチュエーションが危険か』ということだけである。もう知ってる。
結局増えた知識は屈服した大人はどんな風に鳴くのかだけだ。知りたくなかったクソッタレェ……!
しかし同時に興味深いことも判明した。
メスガキ物同人におけるジャンルの一つに、受け責めの逆転───通称『分からせ』というジャンルが存在する。
平たく言えば男側がメスガキに立場や力量を『分からせる』というジャンルだそうだ。
すまねぇ、メスガキ同人物はさっぱりなんだ。
以前まで……つまり世界が改変されたと思われる時点での『分からせ』物とそうでない物の割合。
それについては当時の俺も、流石に調べたことは無い。というか調べたことあるやついないだろ多分。
当時未成年だった俺が見たのは全年齢、所謂ネット漫画みたいなものだけだ。そもそも俺に刺さるものでもなかったからよく知らない世界のことではある。
ただ、そう。
決して『少なくはなかった』という印象だ。
サブカルチャーにどっぷり浸かってたわけじゃないが、それでもたまに目にする程度。
大手イラストサイトや通販サイトなどでも『見かけることはあった』という程度だ。
ではこの世界ではどうか?
答えは『メスガキものは存在するが、分からせものは存在しない』。
この世界には『メスガキ分からせ物』というジャンルは存在しない。
何故なら『メスガキに勝つ・分からせる』という明確なイメージが存在しないからだ。
じゃあどうしてこの世界の男達はしきりに『分からせてやる』などと嘯くのか。
これは考察に過ぎないが、思うに彼らの『負けない』は鳴き声のようなものだ。
彼らは皆、『自分は強く、気高く、何物にも屈さない』と本気で思っているのだろう。
所謂女騎士物の『くっころ』と大して変わらない。
悲しきかな、この世界の男は絶対にメスガキには勝てないのだから。
真面目な考察の筈なのに、考えるだけでこんなにも気が滅入るのは、どうしてだ……
「んじゃ瑠海ちゃんはあれか。卒業後ここ継ぐわけじゃないのか」
「そーだね。やりたいことあるわけじゃないんだけど」
「いいんじゃねぇかな。やりたいこと見つけてる高校生の方が珍しいだろ」
そう、進路について『理解らせて』いるのだ。
自分で言ってて気分が悪くなってきた。もう二度と使わねぇ。
口調に違和感があるが、仕事中はともかく今はプライベートなんだから普段の口調で話せとのお達し。それに俺は従わざるを得ない。
この子の機嫌を損なうとオーナーから何言われるか分かんねぇからな……。
「だるー……出かけたーい」
「うつ伏せは姿勢悪くすっからやめときな」
「だってぇー……」
瑠海ちゃんは随分気だるげで、湿気っている。
というのも、外は大雨で身動きが取れないのだ。
今日は一日晴れの予報であり、この午後からの大雨に俺も瑠海ちゃんも困惑していた。
まさかこれほどの大雨が降るとは露ほども思っておらず、互いに傘を持ってきていない。
店内には仕事中の店員に雨で立ち往生している数名のお客さんと、シフトを上がったはいいものの帰れない俺、店に偶然足を運んでいた瑠海ちゃんしかいない。
お姉様方の困り顔は麗しく目の保養になるが、それはそれとして身動きが取れないのは困る。
「暇だしなんか美味しいもの作ってよ。厨房使ってさ」
「着替えるのめんどくさいし何より勝手に食材使ったら怒られんの俺」
「いいじゃん別に。私は怒られないし」
「1ミリもよくないが」
ふと外に目をやると、強い雨風が窓をバシバシと叩きつけている。
風が強く、横殴りの雨は傘を差しても意味が無さそうだ。
これのせいでかれこれ1時間、足止めを喰らっている。
その間どうしたものかと悩んでいた所この子に見つかり、暇つぶしに駄弁っているという訳だ。
「志賀さんはさー、高校生のころ夢とかあった?」
「あった。今は目指してねぇけど」
「……意外かも。何になりたかったの?」
こうしていると昔、友人とくだらない話で時間をつぶしてたことを思い出す。
一方的に疎遠になっちまったから、俺を恨んでるかもしれねぇな……
『見てよ志賀、すごくない?』
『4段トランプタワーじゃん、すげぇ』
『これを永久保存したいんだけどどう思う?』
『残ったトランプどうすんだよ』
『埋葬する』
『感性が幼児か犬か異常者のそれ』
思い出がくだらなさすぎて泣きそうだ。
こんな思い出が最後に来る当たり、俺の精神もかなり限界が近いのかもしれねぇ。
「結構失礼言ってね?教師目指してた」
「嘘でしょ!?」
「嘘っ!?流石に嘘はひどくねぇか!?」
昔は皆で勉強をして、分からない所を教え合うのが好きだった。
んで、教えた誰かがしっかりテストで結果を出して、喜んでるのを見るのがたまらなく嬉しかった。
……もっとも、今じゃそれもあまり感じない。
この世界は、俺に夢も希望も与えてはくれなかった。
「へぇー……教師かぁ……」
少し驚いたようではあったが、そこまで気を引く話題でもなかったらしい。
またスマホを弄りだした瑠海ちゃんから視線を外し、ふと何の気なしにぼうっと考え事をする。
それにしたって、考え事をする心の余裕を、去年の俺は持っていただろうか……
先日の先輩に対し感じた印象……先輩はメスガキではないのでは?という認識についてだ。
呆けて考える事がこれなのは我ながらどうかと思う。
色々整理して考えてみたが、俺が一ノ瀬先輩をメスガキと判断したのは第一印象、つまりは容姿だ。
我ながら浅慮な考え方で辟易とするが、それが一番手っ取り早い判断方法だったことは否めない。
つか、初対面で「ざっこ♡単位取るのやめちゃえばぁ?」だぞ?
普通にメスガキのそれだと思うだろ。
あれ素かよ。紛らわしいにも程があんだろ。
これらのことを鑑みるに、先輩は『メスガキ』ではなく『合法ロリ』なのだと判断できる。
つまりメスガキではない、証明終了。それでいいのか?もういっかこれで……
そして先輩の存在は俺に一つの仮説を与えた。
それはこの世界において『メスガキにならない子供がいるのではないか?』ということだ。
今までの俺なら馬鹿馬鹿しいと一笑に付していたことだろうが、先輩の存在はそれほどまでに衝撃的だったと言わざるを得ない。
いや、そもそもの前提が違う可能性もある。
この世界の法則が適用されない子供がいる、とか。
メスガキとして育つ子供とそうでない子供、そこに何らかの要因があるのか?
しかしそうすると今まで出会ってきた多くのメスガキ達はどうなる?
あの子らの中にもそういった子がいないとは言い切れないのではないか?
現に目の前のこの子だって……
『───キッショ。それでも大人?』
考えれば考えるほど、あの時見ていたのは何かの間違いだったんじゃないかと思えてくる。
……いや、待て
本当に#間違い__・__#だったんじゃないか?
もし、もしそうだとしたのなら。
この子がメスガキではないとしたら。
俺にとって大きな『何か』が掴めるんじゃないか?
今あの時のことを聞き出すのも少々憚られる……が、聞けばあるいは、その何かが分かるかもしれない。
「なぁ、瑠海ちゃん」
「んー?なに?」
「気分を悪くしたらごめん。少し聞きたいことがあるんだけど……」
とてつもない暇さ、私はそれに頭を悩ませてた。
そんな暇時間、志賀さんが切り出したのは、私達が出会ったときの話だった。
「あたしと出会ったときのこと?」
「ああ。もし話したくないなら構わねぇんだ。ただ、今更だけどあの時のことが気になっちまって」
志賀さんはバイト中ではないから、今は普段の口調に戻してくれている。
なんか男の人って感じして、ちょびっとだけかっこよく見える。
別に私はチョロくないからそれ以上何も思わないが。
それにしても会ったときのこと、かぁ。
そりゃあもちろん覚えているけど、変なことを聞くなぁとは思う。
「そっか。……なら聞きたいんだけどさ、あの男と相対した時、どう思った?」
「どうって、そりゃあ、ねぇ……」
印象、ってことなのかな。
それは勿論、恐かった、けど……
けど、お兄さんはきっとそういうことを聞きたいんじゃ、ない気がする。
あの時の大人の人は、眼が血走ってて、お腹が空いた野良犬みたいな。
手あたり次第に噛み付いてしまいそうなイメージを抱いた……と思う。
「生まれて初めて心底怖いと思った。今これに襲われたら、きっと、助からないんだろうなって……」
「……」
「叶うならもう、会いたくないよ」
志賀さんはじっと、目を閉じて話を聞いてる、のかな。
と思った矢先、自分のこめかみを掴んですっごいしかめっ面に……!?
「……そっか、そりゃそうだよなぁ。もしそうだとしたらよぉ……」
よく分からないけど、悩んでいる……?
うぅん、どっちかと言えば、難しい問題を解きかけているときのような感じかな……?
「じゃあさ。……俺がそこに来た時、どう思った?」
「……むむむ」
「なにがむむむだ」
なんでそんなことを……?
いやまぁ聞かれたからには答えるけどさぁ。はっずいけどさぁ!!
「……知らない誰かの為に走れる、かっこいい人だなぁって、思った」
……いやすっっっっごい恥ずかしいよ!?
でもそん時のことで嘘ついたり隠したりするのも……したくないじゃんっ!?
もうどうにでもなれと思って言い放ったけど、言われた等の本人は俯いてて……
「……あっはっはっはっ!!いやマジで!?そんなことあるっ!?」
わ、笑ってる……っ!?
えっ、別におかしなこと言ってないよね……っ?
「な、何笑ってんの。事実だからしょうがないじゃん。てか店内だよ!?」
「あーっはっはっは……っ!い、いやわりぃわりぃ、そのことを笑ったわけじゃねぇんだ」
「じゃあ、どして?」
そう言うとお兄さんは、んー……と目を瞑って首を傾げ、腕を組み、唸っている。
次に言う言葉を慎重に選んでいるみたいだった。
「なんて言やぁいいかな……。今まで悩んでたことがぜーんぶ嘘で間違いで、それを瑠海ちゃんのお陰で気づけて……そう、暗雲が晴れた、みたいな?」
「わ、わからん、なにもわからんけど」
「だよなぁ」
まぁそうだよな。とつぶやいてひとしきり落ち着いたみたいだった。
しかしその途端、背もたれに身を預けてぐったりしてしまった。
「しっかしまぁあれだなぁー……」
「?」
「生きててごめん……」
「志賀さん!!??」
どうしてっ!?
どうしてこうなったっ!?
「ほんっっっっと俺ダメだわ……各方面に申し訳なさで死にてぇよ……ちょっと死んでくるわ」
「ちょちょちょちょなんで!?なんでそうなっちゃったのっ!?」
ちょっとの気軽さで持ち出しちゃいけない選択肢持ち出してるっ!?
なんでこうなっちゃったん!?何がいけなかったのっ!?
「俺、ダメなやつだな……何年こんな……ごめんみんな……」
「全然いいから!!何がかはわかんないけどあたし全然気にしてないからっ!!」
何がどうなってこうなったっ!?
いや、ていうか志賀さんのキャラじゃなくないこれ!?
「……ハァ……悪い、心配かけた。ありがとな」
「びっくりしたよほんと。なんで急に死ぬとか言い出すかな」
「生き恥晒すなってのがうちの家訓だから……」
「死生観が戦国から進んでなかったりする?」
……あ、いつの間にか外晴れてる。
よかったぁ、きっとお兄さんの心が晴れたから……なんちゃって。
「はー安心した。でもこれでようやく……」
そう言ったところで、お店のドアが開く。
そこには……
「ここがあの男のバ先ねっ!」
「ばさき?ねっ!」
二人の……子供?
うわ、二人ともふわっふわな服着てる、ウケる。
「雛ちゃん、なんでここにいんの?つか先輩。誘拐は犯罪っすよ」
「人聞きの悪いこと言うのやめてくれるっ!?さっき話しかけられて仲良くなっただけよっ!?」
「仲良くなったよっ!お兄さんのお仕事先がここって教えてくれたの!」
おにーさんの……知り合い?みたい。
せ、先輩って言ってたけど……たぶん、あんまり私達と背が変わらない方の人……だよね?
二人ともめっちゃかわいいけどゴスロリすっごい暑そう。
「それにね、大人のレディーのなんたるかを教えてくれたのっ。見てみて、お姫様みたいっ!」
「雛ちゃん、そんな頭にデカいリボン二つも付けたレディーがいる訳ないでしょー?危ないから近づいちゃダメだぞぉ」
「なにその罵倒、私をバカにしすぎでしょ」
「そーなの?」
「今回はたまたま知り合いだから良かったけど……ほんとマジで不安になるぜ雛ちゃんよ……」
なんかおもしろくなーい……
だって志賀さん、私と話してる時よりめっちゃ楽しそうじゃん。
特にあの……黒い方?の幼女。
「つかそれあんたのお古でしょ。まさか家に連れてきて着替えさせたんですか?」
「……着たいって、目がキラキラしてたから……家近かったしつい……」
あんなに楽しそうにしちゃってまぁ。
友達に会えて嬉しいだか知らないけど、話してる人ほっぽって?っていうのはちょっとないんじゃないかなぁー。
「おねーさんのおうち凄いんだよっ!?お洋服がいっぱいで、お人形さんとかもっ!今度遊びに行くんだー!」
「おー、よかったなぁ。でも初対面の人の家に行くのはとってもまずいなー。……先輩」
「慈悲をっ!慈悲をちょうだいっ!」
「そこにないならないですね」
「そんなぁっ!」
……何言ってんだ私。
なんか、ちょっともやっとしたけど。
うん、大丈夫。
「志賀さん。その人達は?」
「ん?ああ、悪い。2人共俺の知り合いで……いや待て、まさか雛ちゃんも……?」
私も、志賀さんと友達になりたいなぁ。
……なんて言ったら、どんな顔するかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます