第20話ノロイノハコ肆

葛城は少しメジャーな地下アイドルグループの一員なのだという。葛城が所属するグループはファンからのプレゼントの規定が緩く、握手会やチェキ撮影会のときなどに、直接渡されることも多いという。ある握手会で渡されたプレゼントを家に帰って見てみると、何かわからない箱があったのだという。箱とは言いながら、木で作られたその箱に開けるところはなく、綺麗な立方体をしている。

「最初はインテリア的な何かだと思っていたんです」

 しかし、この箱を受け取ってから、葛城の周りでは不思議なことや不運なことが続いたのだという。

「わたしも1回骨折して……あとスタッフさんの身内で亡くなる人が何人もいたり。……可緒もいなくなっちゃって」

 明は偶然じゃないのか?と思ったが、口を噤んでおく。

「それでは、葛城様のご依頼としてはご友人の花田可緒様の捜索と、この箱のお預かりですね」

「はい」

「承知いたしました。それでは、ご契約書にサインをお願いいたします」

 こうしてシノノメ探偵社は、葛城ミカの依頼を受けたのだった。


 久斗は一通り葛城の話を聞いた後、彼女を駅まで送るように明に言った。もう日も暮れてすっかり暗闇が広がっていた。明は快く引く受けて、最寄りの駅まで葛城を送った。

 事務所へ帰ってくると、机の上に置かれていた箱に久斗が指を突っ込んでいた。蓋を開けているわけではない。そもそも蓋があるような箱ではないのだ。木のさらりとした面にずぶずぶと指が沈んでいる。どう考えても久斗が力を使っているのだろうということがわかった。

「何してんだ」

 明が声をかけると、久斗が驚いて指を抜いた。集中していたのか、明が帰ってきたことに気づいていなかったようだ。

「おかえり」

「送ってきたぞ」

「ありがと」

「で、この箱何なんだ?」

 明がテーブルの上の箱に手を伸ばす。すると、その手を久斗が叩いた。

「痛って! なにすんだよ」

「明、知らない人について行ったらいけませんって言われなかった?」

「は?」

「コレも同じことだよ」

 久斗が叩いた明の手を優しく撫でる。

「おい、気色悪いことすんな」

 明が手を引っ込めようと腕を引くが、久斗の力が存外強く、ふたりの手は離れないままだ。

「明が帰ってくるまで時間のかかった俺も悪いけどね……。明、これよくミテみろよ」

「は?」

「俺が指突っ込んで、箱の霊的な繋ぎの構築が弱まってるみたいだし、ミエルだろ」

「は?これヤバイ箱なのか?」

 明が普通に見る分には、何もバケモノの要素は見えない箱だ。確かに、木で出来た立方体を見ることがあるかと言われれば無いが、バケモノ的な怪しさは感じ取れなかった。そんな明の顎を掴むと、久斗はそのまま明の唇を塞いだ。顎を押さえられて、少し開いていた口の中に舌を入れ、ぐちぐちと唾液を流し込んでくる。久斗を引き離そうと身体を捩るが、明の抵抗など無いもののように、久斗は動じない。明が久斗の舌に噛みつこうとしたとき、やっと唇が離れた。このタイミングの良さも明の癇に障る。

「おいっクソ人間! 何してくれてんだよ」

「ミナ」

 唇同士が離れても、顎を掴んだままだった久斗が、明の顔を箱に向けさせた。

「ヒッ」

 この数か月でバケモノに対する耐性が少しついてきたと思っていた明だが、自分の認識がまだまだ甘かったことを悟る。箱から染み出すモノを見て、短い悲鳴が漏れてしまった。

「なんだよこれ」

 箱からは赤黒い液体がじわじわと染み出していた。まるで酸化しつつある人間の血液のようだ。しかし、それよりも凝固しているような、粘着性も感じる。そしてその液体と箱が放つ禍々しいオーラは液体と同じような赤黒い靄となって、箱の周りに漂っていた。

「集中してみろ、臭いもするはずだ」

 久斗に囁かれた途端、生臭い刺激臭が鼻をつく。あまりの臭さに、「おえっっ」と嘔吐いてしまった。

「なんなんだ……これ」

 明の言葉に何も返さず。久斗は東雲の机の引き出しからA4サイズくらいの白い紙を取り出した。その紙の真ん中に箱を置くと、器用に紙を折りたたんで、箱を包んでしまった。最後に適当なセロハンテープで紙を固定した。すると、さっきまでの嫌な臭いや赤黒い靄はすっかりと消えていた。

「これは、所長お手製の既成結界。それで中に封印した箱はノロイノハコ」

「ノロイノハコ?」

「材料は生き物だ」

 その言葉に明は今度こそ、胃の中コーヒーを吐いた。

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