第5話 みえるものまもるものつかうもの壱

明は今、重厚な扉の前で深呼吸をしている。十月からの転入生として光陰高校へ編入することが決まった明だったが、光陰高校では入学前に全生徒が学園長と面談をするらしい。久斗に「見える者」として推薦されているため、入学自体は試験という試験もなく認められてしまったが、試験でなくても偉い人と話をするんだと思うと肩に異常に力が入ってしまっていた。

「ああああ緊張する」

 言ってもどうしようもないことなのに、油断すると弱音が零れる。そうしていると、目の前の扉がゆっくりと開いた。背筋は不自然なくらい伸びて、体に力が入っているのがわかる。開いた扉からは、中肉中背でスーツを着た男性が現れた。

「君が田町明くんだね」

「はいっ」

 完全に声が裏返った明に男性が微かに笑う。

「そんなに緊張しないで。話するだけだから。あ、僕がこの学校の学園長をしている山久と申します。さあ、入って」

 学園長は明を学園長室へ招き入れた。「そこにどうぞ」と言われて座ったソファーはシノノメ探偵社のソファーとは比べ物にならないくらいふわふわだった。

「僕は他人の能力を視覚化して見える人間なんだ。だから入学前に適正な学科へ振り分ける業務を僕が行っているだよね」

「能力の視覚化……」

「ソチラガワの言い方で言うと霊能力って言うのかな? そういう力って実は本当に個人差があって、学園には見えるだけの生徒もいれば、本宮久斗くんのようにバケモノを祓う力を持つ生徒もいるんだ。うちの学園はその能力に合わせて4つの学科に分かれているよ」

「あ、いただいたパンフレットで見ました。普通科、予言科、祓師科、式神科……」

「そう、パンフレット見てくれたんだ。うれしいな。『先生』には、うちに来るのはうちしか進学先がない子たちなんだから無駄だって言われたんだけど、僕、おしゃれなパンフレットに憧れててね」

 そういうと学園長はパンフレットを取り出し、にこにこと見せてきた。

「で、君の編入する学科をどうするかなんだけれども」

「はい」

「普通科でいこうね」

 普通科でと言われたが、明はまだそれぞれの科が一体何なのかよくわかっていなかった。普通科とは言うものの、一般的な高校の普通科とは全く違うものなのだろう。そもそも自分を光陰高校に入れと言ってきた久斗がどの学科に所属しているのかすら知らない。

「今までコチラガワと接点を持たず生活してきた君は、普通科で生活するのが一番負担が少ないと思うよ。基本的には今まで君が過ごしてきた学生生活と変わらないから。変わるのは君もクラスメイトも能力があること。あと全寮制なことかな」

「あの……本宮久斗も普通科ですか?」

「いいや、彼は祓師科」

「はらいしか……パンフレットにもあったけど、それってどんな学科なんですか?」

 明が問うと、学園長は右手の指を2本立てた。

「この学園の目的は大きくふたつ。ひとつは能力を持った子どもたちの保護。本宮くんが君を推薦したのもこの理由だね。見えすぎるとバケモノはうれしくなって寄ってきちゃうから。おいしい餌になっちゃう」

 そのことは、明自身も隣町の屋敷で経験したことだった。明の祖母が明の力を封印したのも、見えなくすることで守ろうとしたのだろう。

「もうひとつは、祓師の育成。簡単に言うとバケモノ退治だよ。アチラガワの人々が考えるより、厄介なバケモノがいるものでね。まあ、学科のことはそのうち特色がわかってくるさ。百聞は一見に如かずって言うからね」

 そういえばあの屋敷で出会った日も、久斗はバケモノの定期浄化だと言っていたことを明は思い出した。

「それからもうひとつ、君自身について決めておかないといけないことがある」

「何ですか?」

「等級だよ」

「とうきゅう……?」

「光陰高校に入学する生徒は……というか能力がある者として国に登録する者は、その能力の質に応じて級を割り振られるんだ。ほら、そろばん三級とか英検二級とか」

 学園長の例えはしっくりこないものの、なんとなく頷く。

「一級から五級まであって、光陰高校の生徒たちはほとんど五級だけどね。というか、見えるだけの人は五級なんだ。のちのち級が変わることはよくあるし、とりあえず田町くんも五級で登録しておこうね」

「え、あ、はい」

 まだ自分に何かの能力があると思えていない明は、そのランク付けもよくわからず頷くしかなかった。

「で、田町くん、普通科ってことは『先生』のクラスだね」

「先生?」

「担任。君の登校日は引っ越しの準備もあると思うし、十月一日にしておくけど、担任には一回会っておいた方がいいよね」

「はぁ……そうですね?」

 どうやら学園長はあまり人の話を聞かないマイペースな人のようだ。スーツのポケットからスマホを取り出してどこかに電話を始める。明はそこはテレパシーとかじゃないんだ……と思った。

「テレパシーは両方が送受信できないといけないからね」

 明に微笑みかける学園長の瞳は、明が前に見た久斗と同じガラス玉みたいだった。

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