【雨に願いを】 第一話
「――あなた、誰ですか?」
森の中で出会った少女は、距離を置いたまま言った。
見た目は小学生高学年くらいの少女。まわりには保護者だとか友達だとか、そんなのは見当たらない。
あきらかに僕のことを警戒している。
状況だけを考えればそれは至極当然で、こちらとしても想定の範囲内。
僕だって、神楽からの話しを訊いていない状態で、突然こんな場面に遭遇したのであれば、きっと同じ反応をするし、想定していた僕ですらも少なからずは動揺している。
まずは、お互いの警戒を解くことが最優先――
「ええっと――あの……」
今までほとんど女の子と喋ってこなかった人生が仇となり、言葉を詰まらせてしまった。
僕よりも年下の幼女に……
途端に恥ずかしくなった。
とりあえず……敵意がないことを示すため、両手を広げたまま肩の位置まで上げ、何も持っていないことをアピール。
「なんのつもりですか?」
物凄く怪訝そうな顔になった。
「なんですかそれは! 胸は触らせませんよっ!」
「なにも持っていないって意味だ! なんでそうなるんだよ!」
……いきなり失敗した。
安心してもらうつもりが、ツッコミをいれてしまった。
というか、掌を向けただけで胸を触られる心配をするとか、警戒する方向性がおかしいだろ。そもそも僕はロリコンじゃない。
咳払いを入れて一旦、仕切り直し。
「と、とにかく。こんな森の中で何しているんだ? 迷子かなんかじゃないのか?」
「…………」
無言。
警戒レベルは上がったまま。
「ええっと……そうだよな。まずは僕が自己紹介をする。僕は天那歩夢(あまなあゆむ)。つい二週間前までは緑北高校の一年生をやっていて……いまはこの森に住んでいる……十六歳だ」
「――変態ですか?」
「だからどうしてそっちの方向に持っていくんだ! なんで? 僕ってそんな不審者みたいな顔してる?」
「いいえ、変態みたいな顔です」
「…………」
傷付いた。
「冗談です。でも、森に住んでいるなんて言われれば普通、誰も信じませんよ?
でも、もしそれが本当だとしたら、変態の可能性が高いと言っただけです」
理路整然と言った。
僕よりも年下の女の子に、理路整然と言われてしまった。
いやしかし、それを言うなら、僕よりももっと前からこの森に住んでいる神楽も、変態ということになってしまうが……いや、あながち外れではないかもしれないけど。
「僕の場合は……不慮の事故……そう、ちょっとした事件に巻き込まれて、この森に住まざるを得なくなっただけだ。今は仮で……またすぐに元居た下宿に戻る予定だ」
――嘘である。
正確には、事件に巻き込まれたのは本当で、下宿に戻る予定は真っ赤な嘘。
嘘を付くのは得意じゃないし、親からも嘘は泥棒の始まりと教わってきたけど、このままだと泥棒どころか変態にされてしまう。
――苦肉の策だった。
「……変態じゃ、ないんですか?」
真顔でそんな質問をされる日が来るとは夢にも思わなかった。
「……ああ」
そしてそれに、真剣に答える日が来ることも。
予断を許さない状況が続く。
僅かに間を置いたのち、少女は小さく息を吐いた。
「……わかりました。すべてを信じたわけではありませんが、私に危害を加えようとしている変態じゃないことは、信じることにします」
よかった。
何より変態のレッテルから解放されて、本当によかった。
「それでは改めまして……仙人さん」
「…………」
僕は前世で、この子になにか悪いことでもしたのだろうか?
変態から比べればかなり良い……むしろ快く受け入れるべきなのか?
……なにを迷っているんだ、僕。
頭が混乱してきた。
「どうしました? 仙人さんではないのですか?」
「あのなあ、変態の次はどうして仙人になるんだよ?」
あたかも、僕の方が変なことを訊いているかのような表情を見せた少女は、
「こんな森に住んでいるのは、変態か仙人のどちらかじゃないんですか?」
不慮の事故に巻き込まれた、という話はまったく信じてもらえていないらしい。
しかもこの子、あらかじめ変態か仙人の二択で考えた上で、初めは変態を選んでいたのか。
思い返してまた傷付いた。
「……僕は、神主の一人だ」
「えっ?」
少女は口を開いて呆然とした。
嘘……ではない。
もちろん、生まれた家系が神社に精通しているとかそういうことではないし、どちらかと言わなくても農家の家系だ。
けれど、まがいなりにも今は神社に仕えているわけだし、一応それっぽい巫女だっている。
本来、もっと胸を張って言えるはずなんだけど、どうしても自信を持って言うことができない。理由は……ここでは割愛するけど。
「……本当ですか?」
疑いの目。
とりあえず頷いて見せた。
姿勢を正した少女は、
「これは失礼しました。てっきり変態か仙人の類かと。私は御影澪音と申します」
これまでの非礼をお詫びくださいのごとく、丁寧な口調で、丁寧に頭を下げた。
自ら名乗りまであげてくれた。
だけど――変態か仙人の類って……同じジャンルみたいに括っているけど、まったくもって別系統だからな!
仙人にも失礼だし……きっと変態にも失礼だ。
それはさておき、ようやく会話が成立しそうな状況になったわけで。
「ですが驚きです。天那さんも神事に携わるような人だとは……そのような人には見えませんでしたから」
袴を羽織っているわけでもないし(Tシャツに薄手のパーカー)、姿格好だけを見ればわかるわけもない。というか、こんな猛暑日に袴なんて着てられない。
――そんなことより……
「……天那さん、も?」
御影は頷いた。
「はい。私は倉神村(くらがみむら)で、雨乞いの巫女として仕えていました」
「……倉神村? 訊かない名前だけど、それってこの近くなのか?」
「どうでしょうか……ここが何処かわからない私にとっては、なんとも言えません」
「そうかそうか、そうだよな。ここが何処かわからないんじゃ、この近くかどうかだってわからないよな」
「そうですよ。天那さんは面白い方ですね」
はっはっはっと二人の高笑いが森に響き渡る。
「ってやっぱり迷子じゃねえか!」
「はい。迷子になりました」
御影はきっぱりと答えた。
「最初に訊いたよな? 迷子じゃないかって」
「迷子と答えたら、襲われるかと思いました」
どういう思考回路になっているんだい? 君の頭の中は。
「もしくは突然、服を脱ぎだすのではないかと」
「…………」
「どうかしましたか? 天那さん?」
「……僕って、そんなに怪しい人間に見えるのか?」
「はい。表面上は善人を装って、裏では常にエッチなことを考えている。笑い方はぐっへっへっが特徴的な神主に見えます」
「相当ヤバイなそれ! というか、僕だってそんなこと言われたら傷付くんだぞ!」
「冗談です」
「冗談かよ」
「ぐっへっへっ、ではなく、ぐぇっへっへっ、でした」
「たいして変わってねえ! むしろいやらしさが増しただけだ!」
なんで年下の女の子からこんなに弄られているんだろう?
「ときに天那さん」
「……どうした?」
「ここは何処なのでしょうか?」
もう疲れる。気持ちの切り替えについていけない。
「説明するのは難しいんだが……そもそも、音幸来町(おとさらまち)って知っているか?」
僕の故郷でもありながら、この辺で言えばそれなりの住宅街。
この地域に住んでいる人であれば、誰もが知っている名前のはずだが……。
「おとさらまち、ですか? 訊いたことがありません。私が知っているのは、倉神村だけです」
その倉神村が訊いたことないんだよなぁ。
だいたい村、ってだけで珍しい。
決して僕の住んでいたところが都会っていうわけじゃないんだけど(むしろ田舎)、村っていうだけでなかなか聞き覚えがない。
「……というより……御影。ここが何処だかわからないのに、どうやってここまで来たんだ?」
「よくぞ訊いてくれました」
「…………」
ツッコミするのを意図的に待たれた気がしたけど、僕は無言を貫いた。
「なんと目が覚めたら、そこの木に凭れるように座っていたんです!」
「お前は異世界からの転生者か!」
いっちょ前に、もたれる、を難しい漢字使いやがって。
「なるほど。そういう考え方もありますね。さすが仙人。伊達に長生きしていませんね」
「仙人イコール長生きじゃないけどな」
「冗談です」
「もっと言えば、異世界からの転生者、についてはツッコミが欲しかったところだ」
「なるほど」
なにこの掛け合い。ちょっと楽しくなってきた。
「しかしだ御影。目が覚めたらここに居た、なんて話、それこそ誰も信じないだろう?」
「そうでしょうか?」
「そりゃそうだろ。逆の立場で考えてみろ。御影が僕に同じ質問をして、目覚めたら突然、知らない森に居た、なんて答えたらどう思う?」
「変態の烙印を押します」
「…………」
理不尽すぎる。同じことを言っただけなのに、容姿と性別だけで扱いが全く違う。
いつになったら完全な平等社会は実現するのだろうか。
「……御影はそれくらい突拍子もないことを僕に言ったんだ。そもそも、目が覚めたらここに居たなんて言うなら、昨日、寝るときはどこに居たんだよ」
「倉神村です」
「でしょうね」
話しが進まない。にも関わらず、いっそのこと、ずっとこの掛け合いをしていてもいいんじゃないかと、心のどこかで思ってしまっている。
「御影はその、倉神村に帰りたいのか?」
「帰りたいです。……いえ、私は倉神村に、帰らなくてはいけないのです」
「……帰らなくては、いけない?」
これまでの雰囲気から一変。途端に真剣な眼差しを見せた。
知らぬ間にこんな森に迷い込んだとなれば、帰りたいと思うのは当然のことだけど、帰らなくてはいけない、という台詞が、より意志の強さを強調していた。
帰りたい――ではなく、帰らなくてはいけない――その理由――
「天那さんも神に仕える立場であればわかるはずです。神主や巫女と言った存在は、村にとって、なくてはならない存在です。だから、個人的に帰りたい、という意味ではなく、私は村のためにも、帰らなければいけないのです。私が帰らなければ、村は滅んでしまいます」
「滅んでしまうって……いくらなんでも大袈裟じゃないか? そりゃ僕だって、神様の存在は信じているほうだし、子供の頃から親に連れられて神社に参拝も行っていたけれど、神主とか巫女が居ないからって滅ぶなんて思っている人は――」
「駄目なんです!」
僕の台詞を遮るように憤怒した。
ヒートアップした御影は、僕との距離をずんずん詰めてきて、
「そのような気持ちで神主を務めているのだとすれば、天那さんは今すぐ神主を辞めるべきです! 神主も巫女も、神様と通じることができる唯一の人間で、誰よりも重責を担っているんです! 今の天那さんの発言は、神に仕える人たちへの侮辱です。侮辱罪です! 死刑です!」
侮辱罪で死刑は前代未聞だが……とにかく、御影がとてつもなく信仰深く職務を全うしている人間だということはわかった。
いや、決して僕自身が信仰深くないというわけではないのだが、それでも御影の信仰心には負けを認めざるを得なかった。
「ぼ、僕が悪かった。御影の言う通りだ。だから、少し離れてくれないか?」
顔が近い。もう少しで御影の唇が僕に触れそうなほど。
頬を僅かに赤らめた御影は、
「わかればいいんです」
すぐさま離れて顔をプイっとさせた。
ドキドキした。
幼女に興味はないけれど、あわよくば唇が……もう少しで理性を失うところだった。
「……なにかいやらしいことを考えていますね?」
「お前は僕の心が読めるのか!」
「経験則です」
「その年齢でどんな修羅場を潜ってんだよ!」
「これが雨乞いの巫女の力なのです」
「うっ……それはズルいぞ。いくら巫女が神様と通じる力があったとしても、善良な人間の心を除くような力は貸さないはずだ」
「善良な人間ではないと判断されたのでは?」
「僕は人一倍善良な人間だ!」
「人一倍なら、その辺の人と同等なのでは? 一を掛けても人は人のままですよ?」
「……ふ、ふふ」
訝しむ御影。
「なんですか、その怪しい笑い方は。気でも狂ったんですか?」
「――御影。人一倍は一を掛け算しているって意味じゃない。昔は一倍のことを、今でいう二倍の意味で用いられていたからこの言葉が生まれたんだ!」
「な、なんとっ!」
たしかそんな感じだったはず。
愕然とする御影をよそに、僕は腕を組んで歓喜の笑いをした。
自分より年下の幼女に、言葉の一瞬の隙を穿ち、勝ち誇って高笑いをする僕。
「………………」
途端に虚無感に襲われた。
なにをしているんだっけ、僕。
そろそろ本題。
「……なあ御影。雨乞いの巫女だって言ってたよな。なんなんだ、それ? 訊かない言葉だけど」
地面に膝をめり込ませていた御影は起立した。
「雨乞いの巫女を知らないんですか? どこにでも居るものかと思っていましたが」
そんなわけあるか――心の中でツッコんだ。
……というより、こいつ――
「あのさ、ひょっとして、御影は倉神村から出たのって、これが初めてなのか?」
「ギクッ!」
あ、図星だ、わかりやす。
なるほどそれで――なんとなく世間の常識とずれていることを言うわけか。
「し、仕方ないじゃないですか。私は倉神村の巫女なんです。今はわけもわからずこんなところに来てしまっていますが、常日頃から村のため人のために尽くすのが巫女の使命です。私利私欲で村の外に出るなど、もってのほかですから!」
両手をじたばたさせながら言い訳をした。
感情の起伏が激しいやつめ。まあ、そんなところが可愛かったりするのだが。
「んで……雨乞いの巫女っていうのは?」
「その名の通り、祈りを捧げることで雨を降らせることができる巫女のことです。倉神村では度々、旱魃による影響で凶作に見舞われます。作物が不作となれば食料がなくなり、村の人は飢えに苦しむ……そこで、私のような雨乞いの巫女が神と通じ、雨を降らせるというわけです!」
容姿の幼さとは裏腹に、ほんのり膨らみがある胸を精一杯張って、誇らしげに語った。
しかし――
御影の前では口が裂けても言えないが、現代の技術を駆使したとしても、意図的に雨を降らせるなんて芸当、できはしないだろう。
いや、まったくもって不可能ということもないかもしれないが、いずれにしても、一人の人間が祈りを捧げてどうにかなる問題じゃないのは明確だ。
僕は神様の存在を信じていないわけじゃないし、そういう存在が本当にあってほしいとも願っている。子供の頃から参拝の作法とかも親から教えてもらったし、神社に行くことだって比較的好きなほうだ。
でも――だからといって、祈りを捧げれば願いが叶うかどうかというのは別の話しで、特に天候だとか自然災害だとか……この手のものは人様の力じゃどうすることもできない。
今も昔も……きっと未来も変わることは無いのだろう。
どうしようもできないとわかっているからこそ、神様に縋り、祈りを捧げるようになったのかもしれないけど。
「――天那さん? どうかしましたか?」
「ん……、いや、なんでもない。雨を降らせるために、なんか特別なことが必要なのか?」
「私は祈りを捧げるだけで雨を降らすことができましたが……過去には雨乞いの儀と呼ばれる、より強力な祈りを捧げる方法もあったようです。それがどのようなものなのかは知りませんが……」
「…………」
沈黙する僕を前に、御影は眉根を細めた。
――雨乞いの儀――
そんな儀式の名を、まったく訊いたことがないというわけではなかった。
どんなものなのかまでは知らないけど……儀式と呼ばれるものは大抵、ろくなものではないと相場が決まっている。少しだけ、嫌な予感が脳裏を過った。
「……あっ!」
思い立ったように御影が声をあげる。
「な、なんだよ」
「ひょっとしてですが……その顔、信じていませんね?」
「いや、別にそういうわけじゃないんだが……」
んん? ……待てよ。よくよく考えてみればこの流れ。今の僕にとってはチャンスなんじゃないか?
御影との会話に夢中ですっかり忘れていたが、神薙神楽が僕を派遣した理由。
馬鹿みたいに雑な地図を頼りに、僕をここに派遣した理由。
それは、この森に雨が降らないという事象。
およそ一ヵ月半という期間、雨が全く降らないという事象……その解決が目的だ。
対して、僕の目の前には自称、雨を降らすことができるという雨乞いの巫女。
それなら――
「なにか、いやらしいことを考えていますか?」
「いやだから考えてねえよ! 僕がちょっとでも考え事をしたら駄目なのか!」
「駄目ではありません。いやらしいことを考えなければいいだけです。それにですね、先程は考えていますね? と断定して問いかけましたが、今は考えていますか? としっかり疑問形にしています」
「…………」
だからなんなんだよ。
「今の間は、ツッコミをいれましたね? では、そのツッコミにお答えしましょう。つまり、少なからずもお互いの信頼度は上がっているということです!」
「なんで勝手に話が進んでいるんだ。でもって、いやらしいことは断固として考えていないからな!」
「なるほど。それでは今のを前振りに訊きますが、なにを考えていたのでしょう?」
「前振りが斬新すぎて答えにくいぞ!」
「それでは張り切って、断固としていやらしいことを考えていない天那さんの答えを、どうぞっ!」
「振り下手すぎだろ!」
もうずっとこの掛け合いでいいかも。
「もうそろそろ答えてくれてもいいんじゃないですか? これじゃあ尺伸ばしが丸見えですよ?」
なにをわけのわからんことを。
「――御影は雨を降らすことができる巫女なんだよな?」
「前文にもあったことを繰り返すために、これだけ長い尺を使ったんですか?」
「違う! というか、その間延びした尺のおかげで、改めて同じことを繰り返す羽目になったんだ!」
「それで、いったいなんですか? いつまでも天那さんとの歓談につき合える程、私は暇じゃありませんよ?」
呆けた顔で、冷静に言った。
まるで僕が暇人で、その暇人との会話を無理して付き合っているかのような物言い。
「……本当はそんなこと、できないんだろ?」
ならばこっちにだって策がある。
「……なんのことですか?」
「雨を降らせるなんてこと。だいたいな、願うだけで雨が降ったり止んだりできたら苦労しないっての。それが本当なら現代の天気予報士もビックリ。世紀の大発見さ。雨乞いの巫女ってのも、本当はそんなもん、存在しないんだろ? もしそんな力があるんなら、今ここで見せて――」
「――私は、雨乞いの巫女です――」
僕が言い終える前に、御影は口を開いた。
あきらかにこれまでと、様子が変わった。
俯いた御影の、表情は見えない。
だけど、ここに居るだけで息が詰まりそうな程、張りつめた空気が漂う。
さっきまでの和やかな雰囲気は一変。
「――私が願えば……必ず雨は降るんです」
虎穴に入らずんば虎子を得ず……多少のリスクを考慮して言ったものの……。
御影を中心に竜巻の如く風が巻き起こり、木々は騒がしく音を鳴らす。
「虎の尾っぽを踏んじまったかな、これは……」
やがて御影の頭上に浮かび上がってきたもの。
それは、黒い靄のような……一見すれば雲のようにも見える……靄で形成された黒雲。
初めは小さな塊だったそれは、次第にその大きさを膨らましていく。
森を構成する木々は、巨大化していく黒雲に触れるや否や、いとも簡単になぎ倒された。すべての光は遮られ、たちまち辺りは闇で覆われた。
――冗談です、と言って欲しかった。
「お、おいっ御影! 僕が悪かった! だから少し落ち着いてくれ!」
異常な光景。
人知の及ばない超常現象。
それは、僕にとっては二度目の――
「そんな雨の降らし方、僕は訊いたことないぞ……」
冗談をいう余裕があったわけではない。
素直に思ったことを、呆然とそのまま口にしていた。
そんな僕のことなどお構いなしに、その黒雲は膨れ上がっていき、そしてようやくその膨張は止まった。
正気を失っていたとも言える……トランス状態の御影はふと、ゆっくりと自身の頭上に浮かび上がる、巨大な黒雲に目を向ける。
そして、安堵した表情を見せたのち、
「――ほら……やっぱり雨は、降るんですよ……」
そう呟くと同時に巨大な黒雲は弾け、大雨……もとい、大粒の水塊が降り注いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます