ボーイ・ミーツ・アーッチューガール

ケーエス

やってきた男の子

「おい」

 男の子の声で目が覚めた。私は相手の顔を見た。目の前にいるのは少し色黒の痩せた男の子。初めてみる子だ。薄暗い雲の空を背景に5歩ほど離れた場所からポツンと立っている。

「バナナ」

「食事係って変わったの?」

 睨まれて慌てて視線をそらした。彼の手にはバナナが握られていた。

「あ、うん」

 受け取ろうとするなり放り投げられた。バナナは彼と私を隔てる木の格子をするりと抜けて床に落ちた。バナナを拾い上げ振り返ると、男の子はもういなかった。

 

 やっぱりこの人もそうか。バナナの皮を剝きながら思う。私は禁忌の子として離れ小島に幽閉されている。幼い頃からずっと。村の人間は私とあまり会ってはいけないらしく、唯一来るのは食事を運んでくる男。歴代どの人も私に冷たかった。なぜかみんな私を腫れ物扱いする。毎回今度は優しくしてくれるかもと期待してしまう自分がいるんだけど。


 現実はいつもと変わらない。荒れた海の風景。かもめが飛び、ヤシの木が揺れている。時々茂みが揺れる。実は猛獣が潜んでいて私を食おうとしているのかもしれない。


 ママとパパに会いたいな。何してるかな。私はそのことを考えることを心の支えにしていた。


 翌日も男の子はやってきた。今度はもうすでに何か持っている。パイナップルだ。

「はいこれ」

 男の子はパイナップルを格子の間に通そうとした。が、大きくて通れない。

「な、なんだよこれ」

男の子は力ずくでなんとかしようとしている。何だかいとおしく思って、

「手伝おうか?」

 なんて生意気なことを言ってしまった。

「あ、……ああ」

 彼と一瞬目が合った。が、すぐに向こうが逸らした。大丈夫かもしれない。

「せーの」

 男の子はパイナップルをたてに持ったまま切り抜けようとする。私は上の葉っぱの部分をくいっとこっちに引っ張る。

「あのさ」

「ん、ん?」

「横にしたらどう?」

「え? こうか?」

 男の子がパイナップルの草を自分の方に向けた。

「いや逆逆」

「わーかってるよ」

 「じゃあいくよ、いっせーので!」

 私が草を引っ張り、彼がパイナップルを押し込み、ついにパイナップルはパンッという音と共にバラバラになって牢屋になだれこんできた。私はしりもちをつき、彼は格子に顔を打ち付けた。

「痛い」

「いってえ」

 しばらく二人とも自分たちの痛みをかみしめていた。ふと二人は顔を見合わせた。なんだかそれがとても滑稽に見えた。そして思わずあははと笑ってしまった。まずい、笑ったらまた食糧を没収される。耐えなきゃならないと思って慌てて手を顔にやった。

 でも彼は笑いだした。

「あはは」

 少し体が軽くなった気がして私も笑いだした。ここまで笑ったのは久しぶりだと思う。


 

 

 それから彼は毎日いろんな食べ物を持ってきた。黒焦げになった魚、姿焼きされた鳥、まだ動いているタコ……。みんなちょっと変だったけど、彼は得意げに私のところへ駆け寄ってきて食べ物を渡した。そして村のことを少しずつ話してくれるようになった。彼はトオルっていうらしい。私たちはすっかり仲良くなって楽しくおしゃべりした。なぜかたんこぶができているけど。彼は日が傾いてくると急にまずいという顔をして立ち去っていってしまう。その時にあくまでも彼は食事係なんだって落ち込む。でも、彼はまた来るんだからもう夜も寂しくない。そして気づいた。


 私は彼のことが好きだ。


 でも絶対に言えない、禁忌の子が島の人間を好きになったなんて。私は外の人間と関わってはいけない存在なのだから。

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