声
春日あざみ@電子書籍発売中
第1話 いつもの散歩コース
あれは、私が二十半ばに差し掛かろうという頃。
当時勤めていた仕事がとんでもなく激務で、会社の近くにマンションを借りていた。実家がそこまで自宅から遠くなかったこともあって、夏休みと冬休みの数日間は、よく羽休めにA県B市にある実家に帰っていた。
これはとある年の夏、私が実家に泊まっていた時の話だ。
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「あら、あんたまた散歩に出かけるの? うちに帰ってくると毎日のように行くわねえ」
母は呆れたように私に言った。
「ちょっとした気分転換だよ。ぼーっとしながら歩くのが、結構癒しになるんだよね」
「でも、あそこはなんだか薄暗いし、気味が悪くない?」
「んーまあ、別に治安が悪いわけじゃないし、大丈夫っしょ」
大丈夫と気楽に言いつつも、母の「気味が悪い」という言葉は否定しなかったのには、それなりに理由があった。
私は霊感はなくて、幽霊をはっきりと見たことはない。
でも、「ああ、ここは何かいるかもなあ」とか「変に空気がピリピリしてるな」といった、「ちょっと嫌な場所」というのはなんとなく認識することがあった。
それが幽霊がいるせいなのか、それとも単なる気のせいなのかはわからない。
ただ、私がいつもいくその散歩コースは、その妙な空気感をひしひしと感じる場所ではあった。
太平洋戦争時、日本軍の要塞としても使われていたその海辺の自然公園は、あちこちに砲台跡があるような作りの場所だった。牢屋や防空壕なども各所にあり、その薄暗い雰囲気から心霊スポット巡りをする若者にも人気があるらしい。
昼間歩いている分には、どことなくしっとりとした雰囲気はあるものの、そこまで気になるようなものでもなかった。実際家族で散歩をしている人もいるし、夏などはその自然公園に沿って広がる海岸で海水浴をする人たちも大勢いる。
子どもの頃はそれなりに怯えていたりしたようだったが、大人になってからは私はたいして気にせずに一人散歩に行っていた。
だが、この自然公園の中で、一箇所だけまさに「身の毛のよだつ」を体現させられる場所があったのだ。それが、自然公園の中にある、車一台がようやく通れるくらいの小さなトンネルだった。
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