ニラカナのリレー小説企画7話

薄雪姫

第1話

ーーーーーー「え!? 嘘でしょ……」


マリーは言葉を失った。瞬きを許さない一瞬の出来事であったので、無理もないだろう。













「あいつら、さっきまでいたのに!?」


二人の男がマリーの視界からいつの間にやら消えたのだ。

マリーを乱暴に押し倒したガラの悪いチンピラではあったが、いきなり消えるのは訝しい。

帰宅したのだろうか?

喧嘩の舞台を変えたのだろうか?

雲散霧消うんさんむしょうという四字熟語で片付けてしまうにはあまりに謎だらけだ。

先程の二人は疎か、客や店員さえも見当たらない。

マリーはエイルのことが気になり横にふと目をやった。

「…………………………………………」

マリーは失神寸前になった。

それが正常な反応である。

むしろ失神寸前で済んだことを奇跡と呼ぶほかあるまい。

女神に感謝せねばならない。

もしもマリーが無神論者だとしてもだーーーーーー

 

エイルのいたところには、先程までエイルであったものが転がっていた。

エイルの肉体は、まるで絶対零度の地に存在する氷のように冷たくなっていた。

エイルの両目は潰れていた。

エイルの両腕は無くなっていた。

エイルの腹部は斬り裂かれ、心臓を含め、あらゆる臓器が顕になっている。

マリーの背後で、艶のある低い女声が聞こえた。


「………………私は女騎士だ。

無関係の人々には指一本触れない。

並行世界へと転移させていただいた。

例えこの世ならざる者に身を落とそうと…………………私は女騎士だ。

民のためならば、己の生命の蝋燭の火を消すであろう。

民のためならば、女神にさえ背くであろう。

私は星数ほどの鮮血にこの身を濡らし、忌み嫌われし暗黒の魔剣さえも手中に収めた。

孤独に怯え、深淵を彷徨う無垢な人達に平穏をもたらすために…………………!!!」


男のような口調であった。

妖艶な低い女声だ。

勇ましさと美しさが混在した女声であった。

優しさの欠片もない氷のように冷徹な声音であった。


「や、やばいよ! 私……この声の女の人に……殺されるかも……」


声を聞いた途端、マリーは本能的に己の死を懸念した。

このような極限の状況では、スキルなど使えない。


 マリーには、死の運命に抗うすべなど存在しない。


 然し、マリーは、恐る恐る声の主を視ようとふりむいた。


「…………………………………………………」


 禍々しい瘴気を帯びたような、不吉な気配を漂わせる女騎士らしき謎の存在が立っていた。

謎の存在はひどく傷んだマントをなびかせており、謎の存在の素顔は髑髏を想起させる威圧的な兜(ちなみに一口に兜と言っても色々あるが、形状からは、顔を完全に覆う丸型の兜・アーメットと推測できる)に隠され、その表情は伺いしれない。

 謎の存在の全身を覆うのは、闇のように黒くて、頑強な鎧であった。


 何よりも無視できないのが、謎の存在は、異臭を放つ赤黒い液体に濡れた大剣を構えていたという点だ。


 もしや、エイルはこの謎の存在によって惨殺されたのだろうか、


 この謎の存在は、その時にエイルの鮮血で嫌というほど大剣を染めたのだろうか?


「だ、だ、だ、誰だよ!? アンタ!?」


マリーは声を震わせて問うた。

女騎士らしき何者かが、意地強い憎みの籠こもった声色で答えた。女騎士らしき何者かは、色気と殺気が同居した悍ましく魅力的な女声の持ち主であった。



「過去の名は捨てた。私は"血濡れの復讐騎"だ。己の運命を喪いし女騎士。世界に虐げられた者達の救済者だ。」

「ち、血濡れの……復讐騎だって!? ま、真逆……あんたは……」


 マリーは何かを言おうとしたが、血濡れの復讐騎に遮られた。


「如何に言い逃れをしても無駄だ。貴女は尚も気づかないのか……! 貴女がこの世界で冒険している間に心の清らかな人達が悪しき魔物の餌食となっていることを。心の清らかな人達が咎人の毒牙に掛かる悲しみが消えていないことを。

彼らはただ、愛が欲しかっただけだ。

彼らはただ、ぬくもりが欲しかっただけなのだ。魔物の糧となり生命を失う人達を……孤独に怯え、癒えない傷を抱える人達を……知ろうともしない盲目な者が跋扈ばっこすれば万物は終焉を迎える。

私は悪しき魔物を許さない。私は咎人を許さない。















心の清らかな人達が苦しんでいる間に、平穏を謳歌した盲目な貴女もまた、魔物であり咎人だ!」


血濡れの復讐騎から放たれたどす黒い殺気がマリーに襲いかかった。


「貴女を…………………………殺す!!!」


血濡れの復讐騎がマリーに敵愾心を向けた。

苛烈な敵愾心であった。

 兵士と呼ばれる一騎当千の強者たちは、騎士でもある以上、国民や王には、実直で慇懃で好意的だが、一度彼らの前で彼らの国の民をほんの悪ふざけのつもりで怪我をさせたり、王に向かって罵詈雑言を浴びせるような、ならず者がいれば……例外なく嬲り殺す。血濡れの復讐騎がマリーに向けた敵愾心は、そんな精神世界の深淵に封印されていた怪物を呼び覚ました騎士が、ならず者に向ける攻撃性によく似ていた。


「ナ、ナンデだヨ!?」

「貴女が咎人だからだ!」

「嫌だ! 私は、私は、死にたくない!!!!!!!」


マリーは大声で死にたくないと叫んだ。


「………………………………………………」


血塗れの復讐騎は無言だ。


「ハァ……ハァ……」


大声を出して喉が枯れ、息苦しさを感じるマリー。本当ならすぐにでも逃げたい。しかし、それは叶わないだろう。足が棒のようになったマリーは、動くことは疎か呼吸さえもままならないのだ。


「ハァ……ハァ……私、死にたくない。何で……ハァ……ハァ……私が死ななければならないの……?」


ただ、枯れそうな声で問うた。


「ハァ……ハァ……た、たしかに、私が……冒険を楽しんでた間に……苦しんで死んじゃった人達のことを……ハァ……ハァ……考えたら……今、私が生きてるのが申し訳ない気もするよ!? でもさ、私だって……私だって……」

「……女神に召され、悪魔サタンの王国へと墜ちる前に現世の大地へ別れを告げろ。先程この世から消したエイルとやらが貴女を待ち焦がれている……」

「は、話が通じない!? やっぱり、ハァ……ハァ……エイルも……私の仲間も……こいつの手に掛かって……」


マリーは全てを諦めたような声で呟いた。

マリーは血濡れの復讐騎に、死を覚悟する暇として、枯れた声が再び戻るまでの最後の時間を過ごす権力を与えられた。


さて、街一番の時計屋が作った正確な時計が、30分の経過を伝えた。


「きゃああああああああああああああああああ」


悲痛な叫びがとある店の中にこだました。

店の中と言っても人など、たった今、死のうとしているマリーと少し先に死んだエイルしかいない。


血濡れの復讐騎は、恐らくヒトではないだろう。


 死の予兆といえば首無し騎士というイメージではあるが、首無し騎士よりも遥かに凶暴な死の騎士がマリーに手を伸ばした。


 店に響いたのは、人間の食料となることを悟り、青ざめた表情を浮かべ、絶望した家畜の口から放たれる悲鳴以上に、耳にした者の同情を誘うような、耳にした者は誰もが悲嘆に暮れるような、哭き声であった。


何かが斬れる音がした。


続いて『咎人、死すべし』という魔女のように恐ろしい声がした。


 

 いつの間にか、


 マリーの屍は、筆舌に尽くし難いくらい哀れで悲惨な表情で死んでいたが、無理矢理、言葉にすれば、苦虫を噛み潰したような死に顔をしていた。


 マリーは血濡れの復讐騎によって……


マリーの恐怖に見開かれた大きな瞳が血濡れの復讐騎の両目を見つめていた。


恐怖で今にも泣きそうな死に顔でもあった。


 血濡れの復讐騎はしばらくゴミを見るような目で既に息絶えた二匹の獲物を一瞥いちべつしていたが、やがて、闇に溶け込むように消えた。


外の世界は夜を迎えていた。

妖しい満月が出ていた。

血のように赤い月であった。

ヴァンパイアが出ようが、レイスが出ようが、どんなに悍ましい魑魅魍魎が現れようが、何も可笑しくない夜であった。

ヴァンパイアやレイスよりも不気味な黒い影が闇に蠢いていた。


血濡れの復讐騎は新たなる獲物を求め、彷徨い続ける。



「……超越者を差し置いて……他者に愛されようなどと思い上がるのか? ならば、貴方も殺す」


血濡れの復讐騎が虚空を見つめ、言い放った。


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