第34話


 頭痛が収まると、怪訝な目をしたヘルヴィムと目が合った。


「たまに、頭痛がしてフラッシュバックが起こるんだ」


「フラッシュバックねえ」


「まったく、別人の記憶のようなものが見える。僕には一切覚えがない記憶なんだ」


「それは」


 ヘルヴィムがもったいぶった口ぶりで言う。


「平行世界パラレルワールドの記憶じゃないか?」


「平行世界? SFの?」


 今度は僕が馬鹿にしたような口ぶりで言う。


「SFをあなどっちゃあいけないよ。SFは遠い未来の現実さ」


 冷静に見せかけているようで、ムキになっているのがわかった。


「その平行世界がどうしたって?」


「平行世界の君が経験したことを、フラッシュバックしてるんじゃないか?」


「なぜ……」


「それは俺にもわからない。この島のパワーが見せるヴィジョンなのかもしれない」


「島の裏側にはモノリスもあるしな」


 茶化すように言うと、ヘルヴィムはハッとした顔をした。


「そうか。もしかしたら、君はモノリスにアクセスできる体質になったのかもしれない」


「なんだって?」


「言っただろう? あれは掲示板のようなものだって。モノリスを通して、君が平行世界で経験したことを、情報として君の脳にダウンロードしていると考えれば、辻褄が合う」


「モノリスにはそんな機能があるのか」


「ああ、あれは総合情報ツールだからな」 


「つまり、僕がこの島との波長が合ったことで、モノリスにアクセスできる体質になって、さらにモノリスから別の自分の記憶を見せられていると?」


 まるでSFそのものじゃないか。自然に乾いた笑いが出た。


「そういうことだ」


 ヘルヴィムが指を鳴らした。


「理解が早いじゃないか」


「SF好きだからね」


 僕はニヤリと笑った。


「まあ、冗談だけどな」


「何だって?」


 ヘルヴィムがいたずらっぽく笑う。


「だって、そうじゃないか。よく、こんな乱暴な説を信じるな。一応、物理学者なんだろう?」


 いちいち癇に障る男だ。彼の言葉を真に受けるのはもうやめよう。


「わかった。君の船造りは手伝うから、とにかく薬をくれ」


 再び手を出す。ヘルヴィムはもったいぶるように、手品みたいに手を振ると、茶色の瓶を取り出した。受け取って瓶を振ると、カラカラと乾いた音がした。


「これがそう?」


 市販の胃薬みたいだ。こんなものが、本当に役に立つのだろうか。


 そう考えていたのを見抜かれたのだろうか、ヘルヴィムが僕の手からヒョイと瓶を取り上げる。


「いやならいいんだぜ?」


「そんなこといってないだろう?」


 僕は慌てて取り返した。その姿を見て、ヘルヴィムはニヤリと笑う。彼に踊らされているみたいで、なんだかイライラした。


 取り返した薬を、また取り戻されないうちに帰ろうと思って立ち上がった。


「お大事に」


 彼の家から出るとき、背後からヘルヴィムの笑い声が聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る