第30話
儀式が終わると、海に入る許可を得た。喜びと同時に、不安もあった。思い起こしてみると、最後に海に入ったのは子供の頃だったと思う。海を眺めることはあったが、レジャーにしろ何にしろ、海に入ることはなかった。もしかしたら無意識に、海という聖域を冒すことを避けていたのかもしれない。
初めて海に入るとき、プラトンが一緒についてきてくれた。この村の住人は海では水着を着ない。服のまま海に入ってゆく。僕もそれに倣った。
熱い砂が足の裏を焼く。サンダルを履いていないと歩くことさえ辛いが、海水が襲ってくると、冷たくて気持ちよかった。いつも着ている服よりもピッタリしたシャツと、スパッツのようなズボンは、水を吸っても重くならなかった。海の中に入るときは、肌を露出していると岩で切ったりしてしまうので、肌を隠すように指示された。そんなことも知らないのかと、一緒にやってきたルネたちにからかわれてしまった。
波が足首までやってきた。そこから、一歩踏み出そうとすると、またあの頭痛がやってきた。何度やっても慣れない。また、覚えのないフラッシュバックだ。
海が怖い。
なぜだ。
首筋をのそりのそりと這い上がってくるように、溺れた記憶が蘇る。
僕に海で溺れた経験はないはずだ。それなのに、さも自身の正当な歴史であるように、知らない記憶がフラッシュバックする。
僕が妻を海に沈めている。僕の顔は真っ黒に塗りつぶされ、のっぺらぼうだった。
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