第9話
村の人間はみな、一様に東南アジア特有のキャラメルのような色の肌であったが、それにしてはイスラム教徒の女性のようにヒジャブで顔を隠したりしていない。気候や植物を見ると、どうもここは東南アジアの何処かの島のようだが、一体何処なのかさっぱりわからなかった。大体の風俗を見れば、どのあたりなのか見当はつくものだが、ここは一切なにもわからない。アジアの様でもあるし、アフリカの様でもある。中東の様でもあるし、インドの様でもある。特徴的なのは、山々の中にひときわ存在感のある峰を持つ稜線だが、そんなものは地図上の何処にも見たことがない。
村人は、存在感のある峰を信仰の象徴としているらしい。朝と夕に峰に向かって祈りを捧げていた。
村の男は乞食みたいに汚い短パンと開襟シャツみたいな服装が多いのに対して、女はインドのサリーのようなゆったりした大きな布のような服を着ている。構造がどうなっているのかよくわからない。サリーに似てはいるが、少し違う。女は顔を隠していないし、アクセサリーのようなものはつけていない。よくある宗教的なシンボルとして、大きなイヤリングやネックレス用なものはつけていない。男も金歯のようなものは無い。非常に原始的でもあり、また洗練されてもいる。
女に比べて男は少なく、皆、禿げているかパンチパーマのような髪型である。だからだろう、僕が珍しいようだ。子供などは悪びれもなく髪の毛を触りに来る。
村の男は日中は海に潜って魚を取ったり、女は畑に行く。畑は何を作っているのかわからないが、どれもこれも野菜のようには見えなかった。大麻草や、阿片のように見える。もちろん、野菜の畑もあるにはあったが、圧倒的にそれ以外の畑のほうが多かった。そのくせ、食べ物は豊富で、どこから調達しているのかよくわからない。この島から船が出ているようにも見えない。
どこから調達しているかわからない野菜に比べて、島で採れる果実は、今まで食べたことがないほど瑞々しくて美味しい。まるで絵画の中の楽園だ。その感想は初日からずっと変わらない。
雨が降っているときや、やる気のない日は、軒先に集まって大麻をふかしているものが多かった。男は紙巻きが多く、女や年寄りはボング(水パイプ)が多かった。
まるで現実とは思えない。外の世界のことを思うと、ここが平和すぎて逆に不穏である。あまりの平穏さに、ほんの少し休息を得るかのようにのんびりと過ごした。
時折、頭が痛んだ。そのたびに、ジョイントを吸う。最初の頃は、彼らの輪に入れずにいたが、プラトンに引きずられて、いつの間にか彼らと当たり前のように大麻をふかすことが多くなった。
「そんなものを喫すったら体に悪い。こっちにしないさい」
時折、年寄りから、なんだかわからない酒のようなものを渡されて飲んだ。あの祭りの日に飲んだものに似ていたが、そんなに強くはなかった。年寄りはそれに女の小便を入れて飲んでいた。それを見てから、僕は勧められても断ることにした。
一体ここは何なんだろう。誰もが、平和そうに暮らしている。外がどうなっているのかも知らずに。ここは我々が目指していた楽園なのかもしれない。すっかり僕は安心して、あの岩の化け物のことなんて忘れていた。
この島のことを把握した今、僕はどうにかして妻を取り戻すことを考えていた。とはいえ、プラトンも、シモーヌも、ほかの村人も誰も妻のことを教えてくれない。こんなに狭い村なのに、探し回っても妻の後ろ姿さえ見えない。今のところ打つ手はなかった。
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