#57(最終話) 二人三脚



 4月に入り、予定通り人事が公表された。


 営業1課では、フミナさんが課長となり、東海3県に点在する直営店8店舗を監督することになった。 フミナさんはその性格通り、現場主義の人間でフットワークも軽いから、毎日直営店回りを続けている。 俺も数回同行したが、店側には程よい緊張感を感じた。


 ダメ出しとかが上手いんだよな。

 怒るでは無く馬鹿にするでも無くへりくだる訳でも無く、いつもの調子で「あら、そうなの?何だか残念な感じがするわね。こうした方のが綺麗に見えるんじゃないかしら?」とか指摘して、従業員も「そうですね。そうしましょうか」みたいな感じでホイホイ言うこと聞いてるの。


 そんな調子で、フミナさんの考えとしては、直ぐに大きな改革をするのではなく、まずは全店舗の状況を把握することと、自分の顔を売ることを進めるというので、それで行きましょう、と俺もOKした。


 そういえば、社内で『山名課長』がアイナさんからフミナさんに変り混乱を招きそうだったが、フミナさんが同僚や直営店の従業員たちから『山名課長』と呼ばれる度に、「課長って呼ばれるの好きじゃないわ。私のことは「フ ミ ナ さん」って呼んで頂戴」と俺の時を同じことを言うので、今では社内でも「フミナさん」と呼ばれている。


 因みに、アイナさんは『荒川課長』と今まで通り役職で呼ばれている。

 社内では、元次長の不祥事に対しての対応(懲罰委員会を即発動しての断罪)に、「実の兄にも容赦しない」というイメージが植え付けられ、それまで以上に近寄り難い存在になっているようだ。

 本当は、全然そんな人じゃないんだけどね。そういう所が母親と違って不器用なんだよな。







 営業企画室では、業務の引き渡しを進めることにした。


 アンケートによる顧客のイメージ調査に関しては、営業3課に引き継いだ。

 まぁ定期的にアンケートの内容を変えたり、集計するのがメインの業務なので、人手さえあれば誰だって出来る。


 また、俺が残してアイナさんが引き継いでいた工場見学など地元住民などへの地域貢献PRのプロジェクトも、大幅に内容を見直して、総務部に任せることにした。


 当初は、近隣の住民などを招いて会社全体でイベントを開こうと考えていたが、伝染病の蔓延拡大の影響で、どうしてもイベントとなると敷居が高くなってしまい開催自体も難しい上に、集客の見込みも厳しい世情だった。

 そんな状況もあり、小学校に絞った社会科見学向けの招致に切り替えた。


 アイナさんが自分で作成した案内書を持って近隣の小学校へ売り込みに行くと、お菓子と言うのが児童向けで良かったのか、学校側からも「子供たちも興味を持ってくれるだろう」と好感触だったらしい。 実際に、コンスタントに小学校側からの申し込みが入る様になった。


 夏ごろまでは、企画室でアイナさんが対応していたが、これらも別に企画室じゃなくても出来る業務(申し込み受付と、見学会時の対応、案内等)なので、総務部に引き継いで任せることにした。



 こうやって、業務内容を企画や提案などに絞り込んだ。


 こうすれば営業企画室の業務は、本社で無くても問題無くなる。 要は、俺の本拠地である熊本の九州営業所に営業企画室も持ってくるのが目的だった。 つまり、妻となったアイナさんを熊本に呼び寄せ、本格的に結婚生活を始める為だ。



 夏には菊池市内にマンションを借りた。

 アイナさんは忙しい中でも何度も熊本まで足を運んでくれて、新居となるマンション探しや営業所としての業務も手伝ってくれた。 他にも、自分発案の企画である「カドキュー限定商品」で提案する為の新商品の材料などの現地調査も頑張っていた。


 新居にはお盆中に引っ越しを済ませて、本格的に二人での結婚生活を始めた。 そういえば、本社の企画室で愛用していたペアのマグカップも持って来ていたな。今は新居で使っている。



 結婚式に関しては、来年の4月を予定している。

 式には取引先などの会社関係を多く招待する為、プライベートと言うよりも、ほぼ仕事の様な感じになっている。 それに費用は全部山名のおばあ様が出してくれるというので、手配や招待客の選出などはほぼ丸投げで任せてしまった。



 それと、猫ののび太は新居には連れて行かず、そのまま営業所で飼うことになった。


 のび太はアイナさんを何故か敵視している。

 初対面で「のび太ちゃ~ん♡」と甘えた声で抱き上げようとしたら、「シャァァァ!」と威嚇されて猫パンチをされていた。

 多分のび太の中でのヒエラルキーは、トップはパート事務の荻野さん、2番目が所長で次長の俺で、のび太自身は3番手。課長のアイナさんは最下層だ。











 10月に入り、カドキュー限定商品の試作1回目が完成したとの報告を受けて、二人で本社に戻っていた。 二日後にはカドキュー本社での初めてのプレゼンを予定しており、製品開発に無理言って試作トライを何とか間に合わせて貰った。


 トライしたのは、マンゴーで作った餡のドラ焼き。

 仮の商品名も「完熟マンゴー餡のドラ焼き」とした。

 アイナさん肝煎りのプロジェクトだ。


 アイナさんは当初、いちご大福の様なフルーツを使った大福や一口サイズのフルーツタルトなどを考えていたが、ドラ焼きの売り上げ実績や製造ラインの設備的な面での都合から、ドラ焼きの別バージョンで検討してはどうか?とアドバイスしたところ、翌日マンゴーで作る餡の話を持ってきた。

 この頃はまだ愛知と熊本とで別居していたのでビデオチャットで相談していたのだが、実際に自宅で自分でもネットで調べたレシピを頼りにマンゴー餡作ってみたらしく、「好みが別れるかもしれないけど工夫次第」と言うので、それをそのまま製造部の井上課長(製品開発責任者)へ相談し、製品開発でも興味を持って貰えて、マンゴー餡の試作に着手して貰えることになった。



 10月のこの日、本社の製品開発の調理室で俺とアイナさんは試食させて貰った。

 商品レベルのマンゴー餡の開発にかなり苦労した様で、餡と皮の相性などはまだまだのレベルではあったが、1回目のプレゼンで試食してもらうのには充分だと思えた。

 保冷バックに試作品を用意して貰い、お礼を言って受け取り、その日の内に熊本に戻ることにした。


 何しろこういった客先へ出向いての企画のプレゼンは俺もアイナさんも初めてのことで、出来る事はなんでも事前に用意して望むことにしていた。


 この日、アイナさんの希望で豊橋にある羽田八幡宮にも行った。

 羽田八幡宮は、全国でも数少ないお菓子の神様『田道間守命』が祀られているそうで、今回のカドキューでのプレゼンの成功を祈っての参拝目的だ。


 名鉄で豊橋まで行き、タクシーに乗って羽田八幡宮まで行って、参拝を済ませると豊橋駅に戻り新幹線でその日の内に熊本に戻った。


 帰りの新幹線で「プレゼンの成功祈願のついでに、安産のお願いもしたわ」と言い出すので、びっくりして「妊娠してるんですか!?」と思わず大きな声を出してしまったが、「妊娠はまだよ。今後妊娠した時の為よ」と言い、カドキューへのプレゼンを前にしても、いつも通りマイペースで余裕があるようだった。 











 プレゼン当日。


 俺は当然だが、九州営業所の所属でもあるアイナさんも、これまでカドキュー本社には何度か足を運んでいる。


 アイナさんは大喰い動画の影響で、カドキューの担当者には受けが良い。

 今日のプレゼンには晴山取締役も出席するが、ウチの評価は高いと聞いている。


 きっと上手く行く。


 アイナさんが発案して俺に最初の企画書を持ってきてから半年余り。 アイナさんはココまでに九州の風土・文化・特産品のことを勉強しながら俺や井上課長と相談したり、時には宮﨑のマンゴー農園まで足を運んだり、またある時には材料選びのことで製造部とケンカすることもあったし、のび太には相変わらず嫌われてて、それでも挫けずにココまで作り上げてきた企画だ。


 アイナさんは、もうポンコツのび太なんかじゃない。

 美人で年上でお嬢様で、匂いフェチの変態だけど、今では決める所では決めてくれる頼もしくて俺が愛してやまない嫁さんであり、相棒だ。


 今日は、アイナさんと俺の二人での大勝負だ。



 約束の時間の10分前に受付で仕入れ部門の担当者の名前を告げて、呼び出して貰う。

 2~3分程で受付まで降りて来てくれて、そのままミーティングルームまで案内される。


 直ぐに出席者全員が揃い雑談が始まるが、「時間になったので始めようか」と晴山取締役の声でプレゼンを始めることに。



 資料を配り、プロジェクターに繋げたノートPCを俺が操作する。

 準備が整いアイコンタクトでアイナさんに合図を送ると、アイナさんはふんわりと優しく微笑み返してくれて、スッと背筋を伸ばしていつもの様に綺麗な姿勢のまま表情をキリっと引き締め、「本日はお時間を頂きまして、ありがとうございます。 これより、カドキュー様限定新商品のご提案に関するプレゼンテーションを始めさせて頂きます」と、良く通る落ち着いた口調で話し始めた。












 お終い。








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