#55 改革人事



 アイナさんの運転する車で本社に出社すると、久しぶりに朝礼に顔を出した。


 すると社長から「今日は荒川所長が来てるから、折角だから今絶好調の九州営業所の近況をみんなに聞かせてくれるか」とご指名が掛かり、営業所で飼っているのび太(猫)の話をした。数字の話をしてもつまらんし、のび太の魅力を広めたいしな。

 社長からは「お前なぁ」と呆れられたが、他のみんなは笑っていた。


 管理職や役員の不祥事が発覚したばかりで本社内の雰囲気がどうしても重くなってしまっていて、こういう時こそ気持ちにゆとりも必要だろうと思ったんだよな。 こういうのは俺みたいなのがわざと空気読まずにやるべきだなしな。



 朝礼が終わると、早速3階の会議室に招集された。

 この部屋にはあまり良い思い出がないが、今日は「人事に関しての相談があるから」と副社長にアイナさんと一緒に来るように昨日連絡を貰っていた。


 会議室に行くとまだ誰も来ていなかったので、二人で座って待っていると、社長が来て、次に副社長と何故かフミナさんが入ってきた。


「え?なんでママが会社に来てるの?」(アイナ)


「実はな、かあさんにも会社を手伝って貰おうと思ってな」(副社長)


「ナニそれ!?私聞いてないわよ???」(アイナ)


「だって昨日の夜決まったのよ?アナタ、お家に寄らずにずっとワタル君のアパートに二人で居たんでしょ?」(フミナ)


「そ、そうだけど・・・」(アイナ)


「まぁ詳しくは後で説明するから、始めるか」(社長)



 今回の打ち合わせは、今後の人事に関してだった。


 営業部部長を兼任していた白石常務と営業1課を担当していた馬鹿(元次長)が居なくなったことで、当然その穴埋めが必要となる。 昨日会長からも急ぐ様に言われていたから、翌日の今日朝から打ち合わせをすることになったのだろう。


 そしてそれに俺とアイナさんにフミナさんが呼ばれたということは、その穴埋めに大きく関わるということが考えられる。




「新しい人事案を作成したから、これを見てくれるか」(副社長)


 副社長はそう言って、俺、アイナさん、フミナさんへ資料を配る。

 A4の紙に、営業部の組織図とそれぞれの管理責任者の名前が書かれていた。



 営業部部長 山名副社長兼任


 営業部次長 荒川次長(4月より昇格)


 営業1課 荒川次長 山名課長(フミナ)


 営業2課 鈴木課長


 営業3課 横山課長


 営業企画室 荒川次長 山名課長(アイナ)

 ※九州営業所は、営業企画室と合併



「うわ!?」(俺)


 見た瞬間、恐ろしい物を見てしまった恐怖に襲われ、思わず受け取った資料を副社長に返そうとしちゃった。

 俺が次長だと!?入社4年の去年の4月に係長で12月に所長(課長同格)で、この4月で入社5年でまだ27歳だぞ、俺。

 経営者一族並みの扱いじゃないか。

 俺の評価爆上がりすぎじゃないか?

 それともアイナさんとの入籍確定の影響か?


「4月からは私が営業部を担当する。 総務と人事に関しては社長が引き継ぐ。 それで荒川君を次長に昇格させて現在担当している九州営業所を継続して見てもらいながら1課の業務も見てもらいたい。 但し、熊本と愛知の両方では非常に負担が大きいので、実際にはフミナに1課を指揮して貰い荒川君がそのフミナへ指導する形にする。荒川君には営業企画室も兼任してもらうから3つのチームを見てもらう以上は課長よりも上の次長職が必要だろうと判断した」(副社長)


 そうだ。この人事で一番の肝で驚くべきは、俺よりもフミナさんの抜擢だ。

 

「ちょっと待って下さい? フミナさん、いきなりで大丈夫なんですか?」(俺)


「ん~、何とかなるでしょ?困ったらワタル君に相談するし」(フミナ)


 そう言って俺に向かってウインクするフミナさん。

 相変わらず、軽いなぁ。


「まぁコチラとしてもちゃんと考えがあっての人事だ」(社長)


 社長がそう言うと、副社長がもう1枚の資料を俺たちの前に出した。


 それは、営業企画室立ち上げ当時に俺が作成した所謂『荒川メモ』と呼ばれる物だった。(#04参照)


「今回、不祥事後の人事ということで凄く悩んだんだよ。 それで色々悩んでいる時にこのメモのことを思い出してね、社長と二人で「コレだ!」って意見があってね」(副社長)


「コレには、製品開発の女性チームの設立や直営店の改革としてリニューアルやカフェや飲食コーナーの設立などのアイデアが書かれているだろ? これを見て、不祥事によって落ちたイメージを女性の活躍の場を増やすことでイメージの回復を図ることが出来るんじゃないかと考えたんだよ。 ただ製品開発に関しては専門的な知識や経験が必要になるから、いきなり全てを任せるのは厳しいので、新卒採用で女性の新人を一人配属する。これは将来への先行投資だな。 それで本題の1課の直営店の改革だが、これをフミナさんに任せようと思う。メインの店頭販売やこのメモに例としてある様なカフェや飲食コーナーにしても、女性目線での改革っていうのは非常に有効だと思うんだ。 ただ現在ウチには女性の管理職は山名課長(アイナ)しか居ないだろ?それでフミナさんに白羽の矢を立てて、本人に相談したら興味を持ってくれてな。ただし営業に関してはフミナさんは素人だ。そこで荒川所長にも一緒に1課の改革を見てほしいんだ。あくまでフミナさんのフォローや指導をする立場としてで良いからな」(社長)


 確かに、今までの1課は保守的で変化を嫌う傾向がある。

 その為、年々売り上げが落ちている状況でも何か新しいことを始めようとする気概とかが感じられなかった。


 そこに、フミナさんの様な強引でマイペースで、そして口が上手で人を寄せ付けるような魅力がある人がリーダーシップを執れば、1課に新しい空気を吹き込むことが出来るかもしれない。

 それに直営店で働く店員のほとんどは女性だし年齢層も30以上の主婦が多いから、従業員たちの立場に寄り添うことも出来るだろう。

 経験や知識が足りないのも、逆に言えば既存の業務やセオリーに縛られない自由な発想が生まれる可能性も高いだろうし、フミナさんほどの適任者は居ないのかもしれないな。


「俺は、面白いと思います。 フミナさんは強引でリーダーシップもありますし、素人だという点も逆に言えば我々よりも既存に捕らわれない自由な発想を出してくれるのではないかと期待が出来ます。それに各店舗の従業員の多くは女性で30台以上の主婦がほとんどで主婦であるフミナさんとは通ずるものもきっとあるでしょうし、上手く行けばハマるのではないでしょうか」(俺)


「お、荒川君も賛成か?」(社長)


「はい。ただ、どうしても心配なのが社内での反発ですね。 やはり縁故採用となりますし、『オーナーの身内だから素人なのにいきなり上司か』など面白くないと感じる社員が出てくると思います。 アイナさんもそれで苦労されて来てますし、そこが心配です」(俺)


「なるほど、確かにそうだな」(副社長)


「そこに関しては、社内で最初から事情をオープンにしてはどうですか? 『今の直営店は改革が急務です。その改革には女性の力が必要だと考え、今回副社長の奥様が参加することになりました。あくまで能力的な判断による人選で、縁故による私的なものではありません』とか」(アイナ)



「・・・・」


「あれ?ダメだったかしら? 人事に関する内情って言ったらダメでした?」(アイナ)


「いえ、いいアイデアだと思いますよ。 これからの山霧堂にはそういう姿勢が必要かもしれないですね」(俺)


「そうだな。 アイナからそういう意見が出てきたことに、ビックリしてしまったよ」(副社長)


「じゃぁ1課に関してはこの方向で進めていくということで良さそうだな。 それで営業企画室と九州営業所に関してだが、まぁこれは君たち二人への特別ボーナスみたいな物だ。 今まで頑張ってきた二人へのご褒美だな」(社長)


「よくわかりませんが、営業企画室の業務も九州営業所の業務も、両方俺たち二人で担当するということですか?」(俺)


「表向きはそうだな。 企画室も営業所も人手不足だが増員が厳しい状況なので、合併して協力することで人員不足を補うというのを建前にして、実際には本社と熊本とで離れて会えない二人に業務上必要に応じてお互い行き来していいぞっていう会社からの取り計らいだ。 二人ともこの短い3カ月での功績は目を見張るものがあったからな。これくらいしてもバチは当たらないだろ。 あ、だからと言って、仕事とプライベートはきっちりしてくれないと困るぞ」(社長)


 凄くビックリで有難いんだけど、これこそ経営者一族の職権乱用では無いだろうか。

 まさか使い捨ての駒だった俺が、経営者一族の権益を享受することになるとは。


 でも、まぁ、本音は、アイナさんとまた一緒に仕事が出来るのなら、何でもアリだ!

 利用出来るのなら何だって利用するぜ!

 それでこそ営業マンだ!


 ただ、冷静になって考えると、おばあ様からは結婚の許可が出ているが、父親である副社長からはまだなんだよな。副社長が営業所に泊まった時も、交際を認めてくれてるような言動だったけど、これまで1度も結婚に関しては話したことが無いし。 なのに流されるように状況だけがドンドン進んでて本当に良いのだろうか?


 横に座るアイナさんをチラ見すると、目をパチパチして驚いたまま固まってる。

 副社長やフミナさんも揃ってるし、今ココで正式に結婚の許可を貰うべき?



「あの・・・非常にありがたい組織改造なんですが、その前に宜しいでしょうか?」(俺)


「なんだ?まだ不満でもあるのかい?うん?」(副社長)


 うわ、顔が怖いよ副社長!


「いえ、その不満とかではなくて・・・(立ち上がってビシっと気を付けの姿勢で)アイナさんと昨年の8月から結婚を前提にお付き合いさせて頂いています! 挨拶が遅くなりまして申し訳ございません! どうか結婚のご許可を頂きたく!ご一考お願い致します!」(俺)



 空気が固まったのが分かる。

 人事に関する打ち合わせの最中のこのタイミングで言うのはミスったか。



「ダメだ、って言ったら、また「他社に移る」と脅すつもりか?」(副社長)


「いえ!滅相もありません! ご許可頂くまで粘り強く説得させて頂きます!」(俺)


「ちょっとアナタ、イジワルは止めて頂戴。いくら昨日の仕返しがしたいからって、ワタル君がかわいそうでしょ?」(フミナ)


「いや、イジワルとかじゃなくてだな、俺は荒川君の覚悟を確認しようとしてだな」(副社長)


「パパ、止めて頂戴。結婚の許可くれないなら、私が会社辞めるわよ」(アイナ)


「あ、アイナまで!」(副社長)


「まぁ諦めろ。っていうか、お前も母さん(おばあ様)から「早く二人を結婚させろ」って言われてたじゃないか」(社長)


「だから俺は確認したかっただけで、反対なんてしとらん!」(副社長)


「ということは、結婚は認めて頂けるということで・・・?」(俺)


「ああ、そうだね。これからもアイナのことを頼むよ・・・はぁ」(副社長)


「おぉ!ありがとうございます!」(俺)



 遂に、オールクリアー!

 アイナさんと結婚出来るぞぉぉぉ!!!

 コレも仕事での実績を認められたからだよな。

 今まで仕事頑張ってて、よかったぁ。




 あ、ウチの実家にまだ何も言ってないや。

 忘れてた。




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