#08 課長の仕事って
気付けば、ナツキと別れてから1カ月以上経っていた。
別れた直後は仕事がバタバタしてて、最近では新しい部署での仕事が刺激的な日々(主に課長のせい)のお陰か、意外と後を引き摺って居ない様だ。 仕事終わってアパートに帰って一人で居ても、ナツキのことより仕事や課長のこと考える時間のが多い様に思う。
まぁ、ナツキのこと思い出す度に、課長のこと考えて気を紛らわせるようにしてるからなんだけど。
仕事の方は、事務所の工事も終わり、営業企画室は名実共に個室を持つことになった。
営業部のフロアの片隅を壁で囲って無理矢理作った個室だけども。
個室が出来ると課長は、自前の書道の道具を持ってきて入口に掲げる部署名の表札を書いていた。
『営業企画室』と縦書きで何枚も描いて、それらを並べては腕組んで眺めて「う~ん」と唸っていた。
「荒川君も見て頂戴」
早速お呼びがかかった。
「課長、書道お上手なんですね」
「子供の頃からやってますからね」
「なるほど、流石お嬢様」
「そんなことより、どれが良いと思う? こう、勢いがある感じが欲しいんだけど」
「縦書きじゃないとダメなんですか?」
「どうして?」
「縦書きだと、刑事ドラマとかで出て来る捜査本部の入り口とかに貼ってある「○○殺人事件捜査本部」ってヤツみたいじゃないですか?」
俺が指摘すると、山名課長は眉間に皺を寄せた顔で、俺をキィ!っと睨んだ。
でも怒ってる訳ではないらしく「確かにそう言われるとそう見えちゃうわね。 横書きで書いてみるわ」と言って、横書きで何枚も書き直した。
真剣な表情で書道をしている課長の横顔は、やはり綺麗で、ついつい見惚れてしまう。
元々クールビューティだというイメージあったし、こういう書道とか茶道とか似合うんだよな。
まぁ、実際には中身はクールでもビューティでも無いけど。
そんなことを考えながら、課長の横顔に見惚れていると「横書き難しいわ!どうしてもバランスが悪くなっちゃうのよ!」と騒ぎ出した。
「もうそれでいいんじゃないっすか? ちょっとくらい崩れてても味があって」
「ダメよ!珍しく私にも出来る仕事なんだから、妥協はしないわよ!」
(いや、それ仕事じゃねーし、そんなのさっさと終わらせてもっと他の仕事しろよ)と思ったけど、折角本人が張り切ってるのに水を差すのも悪いので、「じゃぁ頑張って下さい」と一言残して自分のデスクに戻った。
俺の方はアンケートによる調査を実行する前に、大手企業などの実例を洗い出していた。
どんな内容、どれくらいの数の項目、回答者への特典、etc
今まで何か購入した際に同封されているアンケート用紙など目にしても、気にも留めずに廃棄していたが、こうやって実際に調べて見ると、色々なことが見えて来た。
あくまで顧客へお願いする物なので、知りたいことを何でも詰め込んで質問事項が何十項目も山盛りあったりすると、それを見た人はうんざりして回答する気にはならないだろう。だからといって、内容が薄すぎてもお金や手間を掛ける意味が無くなる。
そして、質問事項(知りたいこと)=企業が何を目指しているかの指針を匂わせる効果なども感じられた。
こういった目的や効果などの利点を明確にして、あとは自社で実行する際の経費のざっくりとした見通し、外注した際の見積もり額等を調べていた。
そしてそれらの内容を纏めて、会社上層部(経営陣)への提案する為の資料を作成していた。
山名課長の方は、部門目標や方針などを上層部へ報告する為の報告書を作ることになっていたが、見ての通り部署名の表札を作ることにご執心で、報告書の方はまだ手を付けていない様だった。
そんなこんなでお昼時間になり、いつもの様に課長からお昼を誘われ、うどん屋に二人で歩いて食べに行った。
俺は釜揚げうどんを食べながら、課長に苦言を呈した。
「課長、部署名の表札作りは程々にしないと、部門目標の報告書が間に合わなくなりますよ」
「む」
「課長が出来ないなら俺が報告書作りましょうか? その代わり、俺が作ったら課長を美人広報担当にする案をゴリ押しした内容にしますけど?」
「むー!」
「嫌だったら頑張って下さいね」
課長は午後の業務が始まると、表札作りを中断して大人しくPCに向かって報告書の作成を始め、1時間程で報告書を作り終えた。
「荒川君。部門目標の報告書出来たから、目を通してくれる」
「お疲れ様です。 コーヒー煎れてくるんで、少し休憩にしましょうか」
そう言って、俺と課長のペアのマグカップを持って給湯室に行って、コーヒーを煎れて戻った。
ピンクのマグカップの方を課長のデスクに置いて、代わりに課長が作った報告書を受け取り、自分の席に座って目を通す。
俺がチェックしている間、課長はコーヒー片手にイスごと俺のデスクまで来て、何かを期待する目で俺の返事を待っていた。
「内容は良いと思いますけど、ココとココの漢字、間違ってます」
「え!?ドコドコ? あ!ホントだ!」
「誤字だけ直したら、これで良いと思います。ご苦労さまでした」
なんか上司と部下が逆転している気がしないでもないが、お飾り課長だったお嬢様だしな、ココでの経験で成長すれば立派な経営者一族の一員として認められる、こともありうる。
そんな風に最近では、課長をフォローして成長を促すことが俺の役目だと思う様にしていた。
「課長の報告書も終わったことだし、俺は少し外で資料集めに行ってきますね」
「え?お出かけするの?」
「はい。スーパーとかドラッグストア回って、他社さんが配布しているアンケート用紙をサンプルとして集めて、ついでに取引先さんを何軒か回ろうかと」
「だったら私も行くわ」
「いや、一人で充分ですよ。課長は表札作りの続きでもどうぞ」
「む」
最近の課長は俺に何か言われると、たまにムスっとした表情を見せる。
眉間に皺寄せた不機嫌な表情と違って、スネてる感じ。
お昼中に俺が揶揄ったりして、わざとらしくスネることがあるのだが、あくまで仕事中は多少はクールを装っていた。
それが個室が完成した頃からだろうか、業務中でも徐々に我儘お嬢様っぽい態度を見せるようになってきた。
もしかしたら、個室になったから他の部署の人たちから見えなくなったことで気を張らなくて済んでて、そういう態度が出てしまう様になっているのかもしれない。
で、その山名課長だが、結局ついて来た。
市内のスーパーを何軒か回って、ご自由にどうぞと置いてあるパンや乳製品なんかのメーカーのプレゼント応募用紙やアンケート用紙をいつくも回収して、ついでに2課時代に担当していた個人商店や喫茶店にも立ち寄った。
取引先で、最近の客入りの変化を聞いてみると、去年よりは随分と良くはなってきているが、伝染病の流行前と比べると、やはりまだまだな状況だと言う。
そんな話を、山名課長は興味深そうに聞いていた。
帰りの車で、「こういう外回りの仕事って、あまり経験ないんですか?」と聞くと、「初めてなの! お客さんから直接聞ける話って、とても勉強になるわね」と、嬉しそうに話してくれた。
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