#06 頼りないけど可愛い課長
その後も山名課長は、饒舌にお喋りしながら食事をしていた。
1時間にも満たないランチタイムだったが、少しだけ課長のことが分かって来た。
3課では、管理職なのに自分の意見が出し辛かったり、出してもスルーされたりしていた様で、本人がハッキリ言った訳ではないけどあからさまにお飾り扱いだったようだ。 それに製造部などの現場サイドからも、女性で若いのに課長ってことで相当舐められていたらしい。何か相談や依頼なんかをしようとしても、「忙しい」の一言だけで話すら聞いて貰えないことが多々あったそうだ。
だからなのか、俺と二人で意見を出し合ったり、俺が落ち込んでた課長を慰めたりしたことが嬉しかった様だ。
ランチを奢ってくれたのも、そういったことがあって機嫌が良かったんだろうな。
食事を終えて、そんな課長に「ご馳走さまでした!」とお礼を言ってからの帰り道。
車が赤信号で止まったタイミングで、課長が改まって俺に質問してきた。
「あの・・・荒川君の資料の中に、私を広報担当にっていうのがあったけど」
「ああ、すみません。 別に揶揄うつもりとかじゃなかったんですけど資料作成してた時に課長のこと考えてたら、課長って美人だしお嬢様なのになんか面白いよなって思って思いついたんです」
「別に怒ってないわ。 美人なんて書いてるから恥ずかしかったのよ」
「課長くらいお綺麗なら若い頃から美人とか可愛いとか言われ慣れてそうですけど」
「そ、そんなことないわよ! 私、小学校からずっと女子高だったし、ドジとかトロイとかそんなのばっかりだし」
「ははは、そうっすか。言われてみればそんな感じしますね」
「そこは否定しなさいよ!もう!」と言ってそっぽを向いて、「そっか、私のこと、考えてたんだ」と独り言の様に呟いた。
やっぱり今日の課長はちょっと可愛いぞ。
社に戻ると、課長は部署名を社長と副社長に報告しに行くと言うので、俺は2課の引継ぎの仕事に戻った。
3カ月分の受注予測の立て方なんかをまとめたマニュアルっぽい資料を作成していると、課長が戻って来て「荒川君、ちょっと」と呼ばれた。
「部署名は営業企画室で許可出たわ」
「そうですか。じゃあ名刺の手配を直ぐにしますね」
「ええ、お願いするわ。 それで社長に「企画室」って言うなら個室に移れって言われたのよ」
「へ?また引っ越しするんすか?」
営業部の事務所は、本社の2階フロアに各課が島毎に分かれてデスクを並べている。
そして配置換えの時に、俺のデスクは2課から離れてフロアの隅っこで山名課長のデスクと並べていた。
デスクを移動させたばかりだと言うのに、引っ越しするのは超面倒臭い。
とは言え、社長命令じゃ逆らえない。
「それで、個室ってそんなのドコにあるんですか?」
「そのことで今総務課で相談してきたら、今のデスクの周りをパテーションで囲んだらどうかって」
「なるほど、そうですか・・・」
それ個室ちゃうで、とツッコミたかったが、課長に言っても仕方ないだろう。
しょうがないので、簡単な工事で固定式の壁やドアの追加が出来る工事のことをネットで調べて、課長に確認して貰った。
「この方法でもう一度総務課に掛け合ってみてはどうですか?」
「そうね。パテーションだとなんかみすぼらしいものね」
WEBからプリントアウトした物を課長に渡すと、早速それを持って総務課へ交渉しに行った。
30分ほどで戻って来た課長は、嬉しそうなガッツポーズで「OK出たわよ! 明日業者呼んで貰ったから!」と報告してくれた。
まるで自分の手柄の様に嬉しそうにしてるから突っ込まないけど、提案したのも説得する為の資料用意したのも俺で、課長は俺に言われたまま交渉しに行っただけなんだけどな。
でも、山名課長は上司としては頼りないが、扱いやすい人なのかも知れない。
ただ、女性特有の感情的になる部分もある様なので、その辺りで面倒ごとを起こしそうでもあるけど。
「個室出来たら、コピー機とホワイトボードも要るわね。あとは・・・」
「冷蔵庫と湯沸かしポットが欲しいです」
「そうね!今度の休み、買ってこようかな」
「え?自分で買いに行くんですか? 総務に注文させたら良いのに」
「ダメよ。冷蔵庫とかポットは自分の好みにしたいじゃない。 大丈夫。私のポケットマネーから出すから」
まぁ経営者一族だしな。これくらいは好きにさせたら良いよな。
「分かりました。 でも調子に乗って高いのとかはダメですよ。安いのでいいんですから」
「あとは、マグカップとかも必要よね!これも私に任せて頂戴!」
「はぁ、じゃぁお任せします」
山名課長の愛想無くて表情固くて周りから一歩引いるような昨日まで抱いていたイメージは、今日一日でガラっと変わってしまった。
相変わらず頼りないのは同じなんだけど、柔らかい表情や笑顔を俺に向けることが意外と多いし、大人しい人かと思ってたけど興奮するとよく喋るし口調もフレンドリーだ。
やはり、普段は無理してたり舐められない様に固い表情で取り繕って居たりしたんだろうな。
いい歳した上司なんだから、部下の前で一々一喜一憂せずに落ち着いてて欲しいけど、こういう上司も見てる分には楽しいかもしれないな。
あくまで、見てる時だけにして欲しいが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます