ウェンディファンジィナイト

エリー.ファー

ウェンディファンジィナイト

 標的を殺して帰らなければならない。

 ジャズが鳴り響く、この会場の中から標的を探す。

 さて。

 どこにいるのか。

 一応、標的の特徴や名前は調べて来た。しかし、明かりが少ないせいで、顔を判別するのが難しい。大人の社交場というものらしいので、雰囲気をよくするためにこのような演出が加えられているのは分かる。

 正直に言って、殺し屋としては迷惑極まりない話である。

「あっ、かっこいいお兄さん、何してるの、こんなところで」

 こんな下品な女も入って来れるのだから大した宴ではないのかもしれない。

 私は微笑み、片手で下品な女の首の下あたりを押しこみ、そのまま人ごみの中へと返した。

 驚くような表情をしていたが、滑稽には感じなかった。

「二度と出てくるなよ」

 小さく呟いた。

 強い女に憧れているタイプ。できる女に憧れているタイプの顔をしていた。

 ああいうのが一番厄介だ。触れ合わないに限る。

「ねぇ、お兄さん」

 目の前にさきほどの女がいた。

 私は歩みを止めて、深呼吸をしながら微笑んだ。

 さっき、人ごみの中に押し込んだはずだ。そう、間違いはない。そうでなければ、私は幻覚を見ていたということになる。

「ねぇ、ねぇ。遊ぼうよお兄さん」

「すみません。他に用事があるものですから」

「いいじゃん。ちょっとだよ」

「あなたに似合う男はあちらにいると思いますよ」

「えぇ、あっちってどっちなの。めっちゃ遠いんだけど。あたし、ここから動きたくないの」

「あなたは、少しばかり酔っているようだ。あそこに椅子がありますから休憩しましょう」

 私は女性の腰に手を回し、エスコートしていく。

 その途中で女性の首に薬品を注射した。数秒で動けなくなり、数分で眠りにつく、一時間経過する頃には二度と起きることはない。

「今、ちょっとちくっとしたんだけど」

「蚊でしょうか、蠅でしょうか」

「蠅は刺さないよ。お兄さん、結構おバカさんだねぇ」

「あなたほど聡明な人はいませんよ」

 女性の体から力が抜け始める。

 急いで引っ張り椅子へと座らせて、水を持って来るふりをしてそのまま立ち去る。

 私には仕事がある。

 殺し屋としての矜持がある。

 殺さねばならない命がある。

 成し遂げることでしか証明できない人生がある。

 標的の特徴はロシア系で身長は二メートル越え、常にステッキを持っているそうだ。

「あれぇ、お兄さん。どうしたの。なんでここにいるの」

 女性が私の前に立っていた。

 何故、ここにいるのか。

 何が起きている。

「申し訳ないのですが、先ほどお会いいたしませんでしたか」

「会ってないよぉ」

「そうでしょうか」

「うん、他人の空似だよぉ」

「三人目です」

「あたしがぁ」

「そう」

「じゃあ、あたし分身の術が使えるのかも。ねぇ、ニンジャって知ってる」

「えぇ、カッコいいですよね」

「そう、まるで殺し屋みたいなの」

「みたいではなくて、殺し屋としての仕事も請け負っていたとか」

「そうそう、その通り。お兄さん、詳しいねぇ」

 その瞬間、何か大きな音が聞こえた。

 叫び声、そして、人々が急に動き始める。

「何の音でしょうか」

「シャンデリアが落ちたんだよぉ。危ないよねぇ」

「危険ですね」

「うん、あたしも巻き込まれちゃったから」

 私は女性の目を見つめた。

 女性が両手を天井に向けるようなジェスチャーをとってみせる。

「冗談、冗談」

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