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 ミューリエは僕の横を駆け抜け、鎧の騎士に向かっていった。彼女の香水か何かのいい匂いだけが、ほのかにその場に残って霧散していく。


 やがてミューリエは、鎧の騎士に接近したところで左右にステップ! 相手のパンチによる攻撃を華麗にかわし、大きく真上に向かってジャンプした。


 そのまま剣を握り直し、落下する力を利用して上から下へ斬りかかるッ!


「てやぁあああああぁーっ! 一閃いっせん滅殺めっさつッ!!」


 光速のようにも感じられる瞬時の斬撃。剣に反射した光が軌道を描き、その場には残像の余韻が漂う。当然、技の破壊力は凄まじく、ミューリエの攻撃を食らった鎧の騎士は体が縦に真っ二つに破断して真後ろに崩れ落ちたのだった。


 フロアにはその際の衝撃音と振動が響き、ガランガランという金属音とともに程なく沈黙する。あとに残されたのは瓦礫の山と立ち上る砂埃。もはや原形を留めていない。


 なんとミューリエは一撃で鎧の騎士を倒してしまったのだ。


「す……すごい……。これがミューリエの剣技……」


「ひぇ~、おっそろしいっ♪」


 タックさんはわざとらしい身震いをしながら、ケタケタと笑っている。


「大丈夫か、アレスっ!」


 鎧の騎士を仕留めたミューリエは僕のそばまで駆け寄ってきた。そして心配そうに僕を見つめる。


 それに対して僕は戸惑うというか、思わず薄笑いが浮かんでしまう。


「そ、そりゃまぁ、僕は大丈夫だよ……。だって鎧の騎士を倒したのはミューリエだし。むしろそのセリフは僕が言うべきというか……」


「だが、さっき鎧の騎士の攻撃を食らっていただろう?」


「もちろん体は痛いけど、回復アイテムを使えば大丈夫な範囲だと思う。あ、悪いけど回復薬を飲ませてもらえる? もう動けなくてさ……」


「おぉ、それはそうだな。気付かなくて悪かった。待っていろ」


 ミューリエは僕の道具袋の中から液体の回復薬が入った小瓶を取り出すと、それをフロアに置いた。そして僕の体を優しく起こすと、そのまま膝枕をしてくれる。


 なんだか後頭部に柔らかな感触があって、良い匂いもする。それに心が落ち着いて、安心するのはなぜだろう。また、ミューリエの顔を近くで見上げる形になって、すごく照れくさい。


 その後、彼女は回復薬を僕に飲ませてくれた。すると徐々に体に心地よさが広がって、力も少しずつ戻ってくる。そして起き上がると、今度は僕が予備の回復薬をタックさんに飲ませてあげる。


「ふぅ~、助かったぜ~。ミューリエには借りを作っちまったな~☆」


「ふんっ! 貴様なんか鎧の騎士に殺されてしまえば良かったのだ。助けたのではなく、結果的に助ける形になったというだけのこと。私は最初からアレスしか助ける気はない。貴様と馴れ合う気など毛頭もないッ!」


 不機嫌そうにフンッと鼻息をつき、そっぽを向いてしまうミューリエ。ピリピリとしていて、下手なことを言えば僕までとばっちりを食いそうだ。よほどタックさんを毛嫌いしているらしい。理由は分からないけど……。


「……もしかしてミューリエはツンデレってヤツか? 本音ではオイラのこと、心配してくれてるとか?」


「ありえん! 天地がひっくり返ってもありえん!」


「あははははっ! だろーなっ♪」


 タックさんはミューリエを指差し、瞳に涙を浮かべながら大笑いしている。そのせいでますます彼女の機嫌は悪化して、今にも斬りかかりそうな雰囲気。全身から殺気が漂ってるよ……。


 まったく、タックさんにも困ったなぁ。わざとミューリエを挑発するようなことを言って。それで怒った姿を見て面白がってるんだからタチが悪いよ……。


 はぁ……思わずため息が漏れる……。


「それにしてもミューリエ。どうしてそんなにタックさんのことを嫌ってるの? タックさんが何かした?」


「っ!? ……コイツとは本能的に合わんのだ。こればっかりはどうしようもない。それしか説明のしようがない。すまないな……」


「それはオイラのセリフだぜ。オイラだって本当はミューリエが近くにいるだけでムカムカするんだ。でも勇者のお仲間みたいだから、愛想よく振る舞ってるってだけ。だからアレスは気にする必要はないんだ。――それにこの理由はいつかきっとアレスにも分かる時が来るさ」


「そう……なんですか……?」


 なんだろう……? タックさんの言葉には何か思わせぶりな雰囲気が感じられるんだけど。


 ミューリエのタックさんに対する反応にも関係がありそうだし、ふたりの間には何か因縁のようなものがあるような気がする。僕が最初に試練の洞窟へ挑戦した時に初めて出会ったというんじゃなくて、もっと昔からお互いを知っているかのような感じ。本当に単なる勘だけど……。


 ま、考えたところで分からないし、僕の思い過ごしってこともあるから今は気にしないでおこう。


「さて、と。試練を乗り越えたアレスには『勇者の証』を授けてやるか~☆」


「えっ? タックさん、いいんですか? だって鎧の騎士を倒したのはミューリエで……」


「それより前にオイラの魔法力を打ち負かしていたじゃないか。技なのか魔法なのか、それとも別の何かの力なのかは分からねぇけど、鎧の騎士の制御が不能になった時点でオイラの負けだ。だからアレスのことを勇者だと認める!」


 タックさんは僕の肩を力強く叩いた。その雰囲気から冗談で言っているわけではなさそうだ。


 それを認識した瞬間、僕の胸の奥から嬉しさと感動がこみ上げてきて、思わず瞳に涙が浮かぶ。がんばってきて良かったとしみじみと感じる。


「……あはっ、やったぁ♪ 僕、とうとう……勇者として認めら――」


「じゃ、次の試練の洞窟へ行こっか! オイラが案内するからさ~!」


 タックさんはそう言って出口の方を指差し、歩いていこうとした。依然として態度も表情もマジメそのもので、ふざけている様子はない。


 …………。


 ……え? どういうこと? わけが分からず僕はキョトンとしてしまう。


「ちょっ、タックさん!? あのっ、勇者の証ってここにはないんですかっ?」


「違う違う。勇者の証っていうのは、オイラ自身のことだよぉ~☆」


「えぇっ?」


「だから第一の試練における勇者の証はオイラ自身。勇者を導き、サポートをするのがオイラの役目だ。ちなみにオイラの特技は召喚魔法。それと素速い身のこなしかな。もちろん、エルフ族特有の能力も持ってるけどさ」


「…………」


 まさか勇者の証がタックさん自身だったとは、あまりにも予想外の展開すぎて僕は唖然としてしまった。勇者の証っていうからアミュレットや宝玉、あるいは勲章みたいなものをイメージしてたんだけど……。


 でもこれはこれで旅は賑やかになりそうで、僕としては歓迎だ。タックさんの召喚魔法は強大で、冒険の時には頼りになりそうだし。


 それにしても、そうなると残り4つの勇者の証はどうなんだろう? 同じように審判者自身なのかな? 不安と期待が今までの何倍にも大きく膨れあがって、心臓のドキドキが止まらない。


「これからは一緒に旅する仲間になるわけだしぃ、オイラのことは『タック』でいいよ。さん付けはいらねぇ♪ よろしくな、アレス!」


「こちらこそよろしく、タック!」


「……ついでに、ミューリエも程々によろしくな。オイラの足手まといにはなるなよ?」


「ついでとはなんだ、ついでとは! それに私が足手まといだと? 失礼な! 私は認めんぞ! こやつと一緒に旅をするなど!」


 ミューリエは剣を抜いて構え、切っ先をタックの顔に向けた。瞳には敵意と憎悪に満ちた光が宿り、ちょっとしたきっかけでその剣を突き刺しそうな雰囲気すらある。


 どうしてこのふたりは仲良くしてくれないんだろう。ほんのちょっぴりでいいから、歩み寄ってくれたらいいのに。どちらも僕の大切な仲間なんだから……。


「ミューリエ、そんなこと言わないでよ……。仲間は多い方が良いんだし……。僕はふたりが争う姿を見たくないよ……」


「アレス……。そ、そんな悲しげな瞳で私を見るな……」


「ミューリエ、タックが僕たちと一緒に旅をすることを認めてあげてよ。お願いだよ……」


 僕はミューリエの瞳を見つめながら懇願した。


 すると彼女は小さく息を呑み、狼狽えながら視線を僕から逸らしてしまった。それでも僕はじっと見つめ続ける。


 やがてミューリエは根負けしたように大きく息をつき、頭痛にでも耐えるかのように片手で額の辺りを押さえる。そして少し投げやりな感じで言い放つ。


「あぁ、もうっ! 分かった! 認めてやる! ただし、私はタックと馴れ合うつもりはないからな!」


「ミューリエ、ありがとうっ!」


 こうして僕の旅にタックが加わった。ミューリエと同様、頼もしい仲間となってくれるに違いない。これからこのふたりには色々と苦労させられそうだけど、旅はきっと充実したものになるだろう。



 ――僕はそう確信している!



 EXTRA END 7-1

 


 ※アイテム『勇気の欠片・T7』『優しさの欠片・1』を手に入れました。メモをしておくと今後、役に立つかもしれません。



 →22へ

https://kakuyomu.jp/works/16817139556074419647/episodes/16817139556075600887

 

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