ポートレイト・ラプソディー
お題:赤く染まった頬
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「懐かしいな」
「う~わ、みんな若ッ」
「今見ると恥ずかしいなぁ……」
現代忍者・
ほとんどが孤児で構成されている彼らにとっては互いが家族で、ここが家だ。
唯一その原則から外れるのは後から加入した
よって思い出話には混ざれないが、まったく何も知らないぶん、みんなの若いころの写真はどれも新鮮だ。
今は強面な二十代の兄貴分が、初々しい顔でランドセルを背負っているのとか。後ろに入学式の看板が見える。
隣で微笑む保護者役は誰の若い頃だろうか。
耳はピアスだらけ服はスタッズまみれのパンクロックな姐御も、少女時代は地味な黒髪ロングに白ワンピの清楚なお嬢さま風だ。
朗らか腹黒マッドサイエンティストは昔から秀才だったらしく『子ども科学賞』と書かれた賞状を手に満面の笑みを浮かべ、……その背後ではピンボケした何かが暗黒のオーラを放っている。これはイメージ通りすぎてそっと閉じた。
あとは中年ベテラン勢の二十代ごろと思われる写真なんかもある。今は寂しく光る頭頂部も、若かりし頃はフサフサだ。
「シユ姉って眼鏡ないとけっこう別人だよね、やんちゃっ子〜」
そう言われて苦笑いしている
「そうかしら……。やんちゃといえば、
「うるへー。しかしまあよくこんだけ撮ったな……つか撮影者は誰だ?」
「ほとんど
「あ~、っぽいー。トミおばちゃんの写真だけ妙に力入ってるし。これとかさ、もはや実物より美人に撮ってない?」
「きっとおじさまの眼にはそう映ってるのよ」
義姉妹コンビが名前を上げたのは、互いに初老ながら未だ現役バリバリの忍者夫婦である。
組織の都合上、刻衆には戸籍上だけの夫婦が何組か存在するが、彼らは恋愛結婚で結ばれた唯一のカップルとして知られている。どちらも強面かつ職人気質の怖そうな人たちなので、出海にはぜんぜんそんなふうには見えないのだが。
というか基本的にここの人間は強面が多い気がする。今そこでJKとJDに挟まれて両手に花状態の、彼女らの義兄であるシュンマも、一見ちょっと堅気に見えないくらい表情がいかつい。
忍者の仕事も決して楽ではないので、険しい表情が固まってしまいがちなのかもしれない。
俺もずっとここにいたら、いつか顔が強張ってしまうのだろうか――と、出海は一瞬だけ暗い未来に想いを馳せた。
彼の正体は既に刻衆にも知れ渡っている。本来なら殺されてしまう立場で、科学部隊の被験た……協力者となることで生き永らえたものの、安泰とは言えない現状だ。先を憂いたくもなるというもの。
出海のアンニュイな表情に気づいたのか、刹那がこちらを見て瞬きをした。
彼女こそが事故とはいえ出海を死に至らしめ、そして禁じられた蘇生術を行った張本人。同時に生命力を分け与えて彼を生かす人間充電器として、つねに傍に居続けなければならない、なんとも究極にこじれた間柄だ。
「……
「あ、いや、べつに」
けれど出海は、不思議と彼女を恨んではいない。
どうしてか、なんて自分でも説明できないのだけれど、一度盛大に泣いて謝られたとき確信した。
彼女の泣き顔を見たくない。謝罪の言葉も聞きたくない。
それより傍にいてへらへら笑っていてくれるほうが、ずっとずっと救われる。
だから心配されるのも不本意なので、出海は話題を変えようと、なんとなしに手許のアルバムをめくる。
「そういえば
「……え。いや私のは見なくていいじゃん何も面白くないし」
「ダメよ、わたしたちだけなんて。えっと、セツのアルバムは……」
「俺も久々に見たいな~。……でも新人ゾンビ坊主には見せたくねえんだが?」
「ええ……」
「珍しくシュン兄に賛成するわ、ズミには見せんでいい。つかズミも別に興味ないっしょ」
くちびるをとんがらせて妙にツンケンしたようすで言い放つ刹那に、出海はきょとんとしながら返した。
「いや普通に見たいけど」
「なッ……、…………ズミのすけべ」
「なんで!? 今の科白にそんなふうに罵られる要素あった!?」
「間違ってねえ男は生来本能的にスケベで変態だからな。よし刹那に近づくなクソガキ」
「シュンマさんは都合よく解釈しないでくださいっていうかあんたも男だろ!」
たぶん刹那のはちょっと変わった照れ隠しなんだろうが、元々義妹を溺愛気味で彼女に出海を近づけさせたくないシュンマが機を得たとばかりに威嚇してきて、余計にカオスな状況と化していた。
刹那も普段は義兄を鬱陶しがっているくせに、こういうときだけ利用するのはいかがなものだろう。
出海としては本当に純粋な興味だけの発言であって、決してやましい感情は一ミリも含ませてなどいなかった。幼女にアレするような趣味はない。
などと三人が騒いでいる横で、須臾は我関せず他のアルバムをぱらぱらやっていた。
「あ、あったあった。出海くん、はいこれ」
「ども」
「ちょっ……シユ姉なんでわざわざズミに渡すん……っ」
刹那が呻き声に近いものを上げる中、出海は受け取ったアルバムを眺める。
そこには刹那の面影を残した少女の写真が並んでいた。同じ歳とはいえ、中学までは通う学校が違ったので、高校入学以前の彼女はどれも知らない顔だ。
ページをめくるごとに刹那が少しずつ幼くなっていく。うっかり逆側から開いてしまったようで年代は逆順だった。
トレードマークのポニーテールはずっと変わらない。
昔から運動神経は良かったらしく、運動会の写真はどれも華々しい。小学生時代は歳の近い
「昔からちっちゃかったんだな。これ背の順で並んでんの、めっちゃ先頭じゃん」
「うー、うるひゃい……くっそなんでここにズミの写真はないんだッ」
「残念でしたー俺のは
「ちくしょー私もちっちゃいズミを眺めて弄り倒したいぃぃ」
よほど恥ずかしいのか、刹那は顔を覆いながら山座りした両足をバタバタさせている。
「いやー本当このころの刹那はかわいかったよな~。もちろん今でもかわいいけどよぉ、なんつーか素直でな……よく俺のうしろについて来てよ……」
さらに気づけば隣でシュンマも一緒にアルバムを覗き込んでデレデレしていた。正直少し怖かったが、とりあえずは平和なので出海は我慢した。
それに写真の中の幼い刹那はどれもニコニコと満面の笑みで、素直でかわいかったというのも頷ける。なんというか想像がつく。今も素直といえば素直だが、なんかこう無邪気というか、屈託がないというか。
ほっこりした気持ちでさらにページをめくる。
そこで急にぴたりと朗らかな会話が止む。
突然、これまでとまったく毛色の違うものが入っていた。
「……え、これ、セツ?」
出海は思わず疑問符を浮かべてしまったけれど、その理由は少し多すぎた。
服だ。刹那の私服はTシャツやジーンズ、それも大抵は濃色や寒色系で、ボーイッシュなスタイルを好んでいる。セーラー服以外でスカート姿など見たこともない。
けれど園児くらいの幼い刹那が着ているのは、どこかのお嬢様かと思うようなドレス。髪はツインテールでレース仕立てのリボンを結び、衣装と揃えたデザインのヘッドドレスまで装着している。
くすんだピンクやベージュなどで色こそ地味だが、全体的にファンシーでメルヘンで乙女チック、いわゆるロリータ系ファッションってやつだろう。
「う……うわぁぁぁぁぁ見るなー!!」
ぽかんとしていたら横からすごい勢いで刹那が突っ込んできて、出海の手からアルバムを奪いながらそのままゴロゴロ転がっていった。
思わず義姉を振り返るも肩を竦められる。その横では義兄が殺意マシマシの顔で拳を握っていた。
しかしシュンマの鉄拳が出海の顔面を粉砕するより先に、超速で戻ってきた刹那が涙目でにじり寄ってくる。
「忘れろズミ今すぐ前後五分くらいの記憶を失くせ」
「そんなこと言われても……」
「じゃなきゃ科学班に頼んで記憶が消し飛ぶ薬を開発してもらうぅぅ!」
「ええ……そこまで?」
忍者なら本当に作れそうだから困る。というかマッドサイエンティストの実験台はごめんこうむる。
しかしだ。半泣きでキレている刹那は正直ただ面白いだけなのだが、背後の義兄が放っている気配が恐ろしすぎる。
これは何かフォローしないと命に関わるかもしれないな……と出海は思った。
とはいえ何を言えばいい。考えている暇もなく、とにかく口を開いて思いついた音を吐く。
「つーかそんなに恥ずかしがることないじゃん、かわいいし」
「……は?」
言ってから、ああしまった何言ってんだ俺、と口を塞いでも遅すぎる。一度発してしまった科白は変えられない。
咄嗟の、苦し紛れの……しかし正直な本音ではある。
もともと刹那の顔立ちはかわいらしい部類だ。それも片手で数えられる歳の幼女ともなれば、着せ替え人形めいたフリルたっぷりのドレスが似合わないはずがない。
しかしそんな直球発言が来るとは思っていなかったのか、真向いの刹那の顔が一気に強張る。
「……何、い、って……」
「な……なんかごめんでもそのあのほら! セツって普段スカート穿かないからなんか新鮮っていうかさ!」
「は?? ……何やっぱズミすけべじゃん」
「……いやなんでそうなんの変態的な意図はないよ普通でしょ!? ちっちゃい子見てかわいいなって思うのは本能みたいなもんだよ!!」
「なんかその言い方がやらしいんじゃんバカ! ――シュン兄~!!」
「言いがかり! だからこういうときだけ都合よくシュンマさん頼るのやめて!?」
この流れだとマジで義兄に殺されかねない、と出海は焦ったが、二人が振り向いたところシュンマは神妙な顔で腕組みしていた。殺意の波動は出ていない。
むしろしみじみした声で「かわいいよな」と頷いている兄バカだった。
「わ~シュン兄の裏切り者~!」
「そりゃその恰好がトラウマなのはわかるけどよ。たまにはスカートも穿けばいいとは思ってんだ、俺も。おまえだって女の子だし」
「女はスカートとか時代錯誤だ差別だ偏見だあ!」
「そ、そうね……あなた最初はセーラー服も嫌がったものね……」
須臾も苦笑いしている有り様である。
とりあえず出海はしばし刹那からのドラミングを受けた。理不尽では?
くのいちの剛腕はそれなりの打撃力を誇ったが、シュンマにぶっ飛ばされるよりはマシなので我慢した。
それに涙目でポカポカ殴りかかってくる姿はわりとオツだ。泣かれるのは嫌だが、これくらいなら可愛げもある。
そんなこんなでアルバム鑑賞会はお開きとなった。次回は当分ないだろう。
会議場を出て自室に戻るまでの間も刹那は不機嫌で、それぞれ所用のある義兄姉と別れてエレベーターで二人きりになった途端、出海にシャーと威嚇してきた。なぜに。
「……ロリの私はかわいかったか?」
「答えにくい言い方やめて」
「むー」
ちょっと面倒になってきて、出海は頭を掻きながらぼそりと呟く。
「……俺は今のセツが一番しっくりくるよ」
見慣れてるし。と付け加えようとして、そこで刹那が固まっていることに気づいた。
身体ごと全力でそっぽを向いてはいるが、ポニーテールのおかげで露わになっている耳と頬が真っ赤になっていることは、その体勢でもよくわかる。
降っていくエレベーターとは裏腹に、刹那から自動的に届けられる熱は高まっている。
正直なぜそこで照れられるのかはさっぱり解らなかったけれど。
つられて自分までくすぐったい気持ちになったものだから、出海もそれ以上は何も言わなかった。
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