迎春!! ロリヰタ・クイーンの襲来
お題:大吉・大凶
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腹部を貫く反りのない長刀。滲み出る薄黒い血。こちらを呆然と見つめる少女の顔。
凶刃の主はくちびるを三日月型にひねり上げて、妙に甘ったるい声で囁いた。
「やだ。あなた、
・・・*
元日の朝、
とりあえずルール通りに手を洗ってお参りをして、おみくじを引く。たったそれだけ。
毎年やってきたことなのに、同伴者が着物姿の女の子ってだけで正直異常にテンションが高まった。別にそれで何か騒いだりはしてないが、死体じゃなかったら絶対に顔に出てたと思う。死んでてよかった。
……事情を知らない読者諸君に簡単に説明すると、俺こと
見た目は生きてたときと変わらない状態を保っているが、この身体にはもう魂ってやつがないらしい。今は隣の彼女……いや恋人って意味じゃない、女子への一般三人称としての彼女。
なんでかって、俺を殺したのがこの子だったから、その責任ってことで。
平たく言えば被害者と加害者である俺らは、しかし案外仲良くやっている。表面上は。
あー……いや別に内面でギスギスしてるわけじゃなくて、なんだろう。まだお互いに距離を探り合ってるみたいな感じ。だってさ、殺す殺されるなんて重すぎる関係、どう接するのが正解なんだよ。
事故だったのはわかってるし、最初は死んだって実感なかったし。俺は彼女を責めてもいいのかどうかすらわかりかねて、流されるまま彼女たちの世界に放り込まれて、なんとか生きてるフリを続けながら手探りで毎日を過ごしてる。
お分かりいただけるだろうか。つまり俺たちは死ぬほどセンシティブな関係なんですよ、死体だけに。なんつって。
「
「末吉とかよりいいだろ。俺はえーと……ぉ」
そこで刹那がなんとなしに俺の手許を覗き込んできたもんだから、顔が近くてビビる。
あと今日は着物だからか軽く化粧もしてるらしくて、俺の弱った嗅覚でも少し甘いような独特の匂いを感じ、なんか変にそわそわしてしまった。……いつもと違う恰好っていいよな。
「うわー、大凶て。初めて見た」
「本当だ……こういうのって客ウケ悪いから入れないと思ってた」
そりゃゾンビに吉凶も何もないかもしんないけどさ、せめてこれ去年引くべきだったんじゃないの? 死ぬ以上に悪い運勢ってありうる?
一年前に引いた内容とか覚えてないけど、とりあえず大凶じゃなかったのは確かだよ……。
天に見放された感のあるおみくじを結んで、俺たちはマンションに帰った。
けれどそのまま向かうのは彼女と義姉の部屋でも、俺が使ってるその隣でもなく、最上階。そこに人は住んでおらず、旅館の大宴会場みたいな和室の大広間がある。
ここはただのマンションではない。表向きはある企業の社宅で、その実態は現代に生きる忍者・
そう、つまり刹那の正体はくのいちで、俺は忍術によって生かされている。
本来、忍者は俺のような生ける屍――
だから仕方なく忍者志望という名目でこのマンションに特別にお引越しさせていただいたのであって――要するに俺の正体を知っているのは刹那とその姉だけ。他の人にバレたらその場で害虫のごとく殺処分だそうだ。
……もうね、他人事みたいに言わないとやってらんないんだよ。わかってくれ。
とにかく俺が言いたいのは、刹那以外の忍者と会うの、いっつも超怖いってこと。
中でも一番恐ろしいのが、
「あけおめ、シュン兄。お年玉よこせ」
「刹那おまえ、新年早々兄ちゃん相手にカツアゲとは可愛い奴めハハハ。例年どおりこの大広間に隠しておいたからあとで宝探ししような」
「シュン兄こそ私を未だに小学生だと思ってるじゃん。そういうのいいから現金はよ」
「この反抗期さんめー。昔はあんなに喜んで……、何見てんだ新人坊主」
亥刀
ご覧のように刹那を溺愛しているため、このごろずっと彼女と一緒にいる俺のことが気にくわないようで、塩……いやハバネロぐらいの対応を賜っている。
「まさか刹那と一緒に初詣行ってきたんじゃねえだろうな」
「う……そのまさかです……あとあけましておめでとうございます……」
「めでたくねぇよ、おまえは刹那の何なんだ? 不純異性交遊なんざ絶対許さねえからな!?」
「違います! 俺と刹那さんは決してやましい関係ではないっす!」
すげー怖いんだけど新年早々この人に正体バレて処分されるとかじゃないよね大凶!?
だって絶対一ミリも迷わなさそう! むしろトコシエじゃなくても殺されそう!
鬼絡みされて涙目になった俺を助けようと、刹那がそこで口を挟む。
「シュン兄、キモい」
「――ぐふっ」
絶大な威力で放たれた一言にシュンマさんが撃沈したので事なきを得た。しかし元旦から最愛の義妹にディスられるなんて、この人のおみくじも碌なこと書かれてなさそう。
ていうか安心してほしい。俺と刹那はスタート地点で盛大に転びすぎてて、シュンマさんに心配されるような関係になんか、辿り着けそうもないから。
ともかく他の刻忍も全員集まっての新年会が行われた。
デパ地下風の豪勢なおせちを眺めながら思う。できたらこの三が日の間に、一度は実家に顔を出したい。うちの母は、毎年おせちを買っても伊達巻だけは手作りする主義で、きっと今年も俺の分まで用意しちゃってるはずだから。
また刹那を連れ出すことになるからシュンマさんには怒られそうだけど。……でもいい加減、妹離れしたほうがいいとも思うよ。
「あのさ、
栗きんとんを貪っている刹那にそう言いかけたところで、突然背後の
なんだなんだと呆気にとられる俺そっちのけで、他の人たちは急に真剣なようすで何やら話し始める。聞き耳を立てたところ下のエントランスに敵襲らしい。新年早々なんでまた。
しばらくここに住んでるけど、そんなの初めてだ。それにみんなの顔がずいぶん険しい。
「一人でか? 何考えてやがるんだか……わかった、とりあえず俺が出る。それと……おい新人、てめえも来い」
「俺!?」
「シュン兄、私も行く。ズミはまだ実戦経験ほとんどないし……」
「だからだよ。新人だからって甘やかすな。それと刹那、おまえは残れ。だいいち着物じゃ動けねぇだろ」
「でも」
――でも、刹那が近くにいないと、俺の身体は動かなくなる。どれくらいの距離まで大丈夫かはわからない。この最上階とエントランスって、何メートルくらい離れてるんだろう。
俺と刹那は顔を見合わせた。たぶん俺の顔は真っ青だったと思う。
彼女の言う通り、俺はまだ訓練ばっかりでまともにトコシエとやりあったことがない。というか俺だって彼らと同族だし、見た目は普通の人間と変わらないものを、死体とはいえ殺す覚悟なんてまだできちゃいない……。
けれどもシュンマさんは待ってくれなかった。俺は首根っこを掴まれて、為すすべなくエレベーターに引きずり込まれる。
閉じていく扉の向こうで、刹那が呆然と立ち尽くしていた。
下っていくエレベーターの籠の中で、シュンマさんがぼやくように言う。
「先に言っとくぞ、新人。……今この下にいる奴がどんな外見で何を言おうが、すべて無視しろ。人ならざる者の言葉を聞くな」
「は、はい……あの、……敵って、トコシエですよね。ありえるんですかね」
「何がだよ」
「いやだって、トコシエは正気を失くして本能だけで人を襲うって……よりによって正月に、偶然このマンションに来るなんて、なんかすごいタイミングというか」
「……普通のトコシエだったらな。今日のは特殊だ。だから耳を貸すなっつんてんだよクソガキ」
よく意味がわからなかった。
ただ、特殊、という点については一つだけ身に覚えがある。俺はトコシエだけど自我も理性も保っているから、ある意味そうだ。
もしかしたら俺みたいな個体が他にもいて、それが新年のご挨拶に来た、とか? なんかさっき一人だとか言ってたし。だとしたら戦闘にはならない可能性もあるのかも。
途中で一度降りて装備を揃える。武器庫になっているフロアがあるのだ。
漫画みたいに手裏剣メインではなく、
かくして一階のエントランスで俺たちを待ち受けていたのは、女の人だった。
それも全身をいわゆるロリータ系ファッションに身を包み、いつの時代の
ロリータさんは俺たちを見て、あからさまにガッカリという顔をした。
「もー、なんで刹那ちゃんじゃないのぉ。ママがお迎えに来たってちゃんと伝えてくれた?」
……?
刹那ちゃん? ママ? お迎え?
どういうことだ? ……刹那の母親……が、トコシエ?? しかもロリータ趣味???
俺がポカンとする横で、シュンマさんは冷たい声で答える。
「帰れ。今日くらいは俺たちも刀は握りたくねえ」
「あらなぁに、見逃してやってもいい、みたいな口ぶりだけど。もし自分たちが譲歩してるつもりなら……それって大した思い違いよ?」
そう言ってロリータは手にしていたフリル付きの日傘から、刀を抜いた。いわゆる仕込み刀ってやつだ。それも日本刀と違って刃の部分に反りがない――忍者刀。
なんでトコシエがそんなもの持ってるんだ、という俺の疑問は即座にどっかへ行った。それどころではなかった。次の瞬間にはロリータ女は俺たちの目前に迫っていて、もしそこでシュンマさんに蹴っ飛ばされていなければ、俺は斬られていたに違いない。
気付けば俺は床に這いつくばっていて、シュンマさんとロリータが剣戟を演じていた。それも眼で追うのがやっとという速さで。
シュンマさんは忍剣術の達人らしいけど、ロリータはその彼と互角に見える。は?
待って、なんで俺こんな強いの相手が初実戦なの? いくらシュンマさんと一緒ったって無理でしかない。だってその彼がもはや圧されてるし。
正直めちゃくちゃビビっていたが、同時に落ち着いてもいた。何しろここは刻忍の本拠地だから上にいくらでも応援がいるし、今この状況もみんなモニターとかで見て理解しているから、やばいと分かればすぐに誰か来るはずだ。
俺にできるのはそれまでシュンマさんが倒されないように補佐すること……いや速すぎてまったく手出しの隙がないので周りでウロウロするのが精一杯ですが……。
「新人ッ、突っ立ってねえで動け! てめぇ訓練で何習ってんだ!」
「すいません!」
ぎゃひん怒られた。しかし戦いながら俺を叱るとか、案外余裕あるな。
と――そんな呑気なことを思ったから、バチが当たったのかもしれない。あるいは今朝がた神社でおっ立てたフラグが超速回収されたのか。
俺の目の前にピンクベージュの影が躍る。少し前まではただの一般人だった俺にはついていけない速度で、無数のフリルとレースを靡かせながら、ロリータ女が艶やかに笑んだ。
「え――」
「新人さんを私の前に連れてくるなんて、ひどい先輩ね」
鈍い衝撃が胃のあたりに落ちた。一秒後に見下ろした自分の腹には、鈍色の細い鉄塊が深々と突き刺さっていて、刀身自体に塞がれた傷口から妙に暗い色の血が滲む。
どこかから叫び声が聞こえる。
ちょうど目の前に非常階段へ続く扉があって、そこにいつの間にか洋服に着替えた刹那が立っていた。大急ぎで駆け下りてきたのだろう、肩で息をして、見開いた両目に死にかけの俺を映して――。
いや、違う。だって俺は。
「やだ。あなた、もう死んでるじゃない」
ロリータ女が嘲笑するのを、シュンマさんが愕然とした表情で聞いていた。
*
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