AM9:59
「何てことしたの‼」
容赦のない一喝が辺りに響きわたった。
顔が映りそうなほどピカピカの廊下には埃ひとつない。廃寺のわりに手入れが行き届いている。
しいていえば畳は古びてひどく色褪せてはいるが。
背後には崩壊した枯山水の残骸が、真正面には慈悲深いアルカイックスマイルを浮かべた菩薩だか如来だかの座像があり、周囲にはふんわりと蝋燭の匂いが漂っていた。
こぢんまりした法堂に、薄っぺらな座布団を並べて座っている少年少女を見下ろしている人物が、仏のほかにもうひとり。
恐らく大学生くらいと思われる年ごろの、眼鏡をかけた知的な雰囲気の女性だ。
けれど彼女は今、憤怒している。その苛烈さたるや背後の菩薩がかすんで見えるほどだった。
「あ、あのう……、俺はこのとおり無事なので、その、そんなに怒らなくても……」
「そういう問題じゃあないんですッ!
セツ、いったい何を考えてるの!? わたしたちの今までの苦労が――」
「あーうん、わかってるから、ごめんて、シユ姉」
「それが反省している人間の態度ですか!」
火山噴火か、あるいはガス爆発にでも喩えるべきか。まさに烈火のごとく激憤する女性に対し、彼女をシユ姉と呼んだ少女――
そんなふたりの間に半ば挟まれたような恰好の少年は、首筋を押さえたままどうしたものかとおろおろしていた。
ことの始まりは一時間ほど前。少年こと
ラブコメへの期待も虚しく、なぜか少女が口に咥えていたのは抜き身の
その後、刹那は彼の遺体をこの廃寺に運び込み、謎の技術で蘇生。直後に少女自身は昏倒した。
そこに彼女の義姉を名乗る女性・亥刀
で、今。また妙な技術で刹那を目覚めさせてから、須臾女史は御覧のとおりなのである。
「一般人を死なせて、しかも反魂しただなんて! あれは禁術だと知ってるでしょう!?」
「だって放置できないじゃん」
「それはそうだけど! ……~ッああもう」
さんざん怒鳴って疲れたのか、須臾はそこで糸が切れたようにへたり込んだ。
「どうするのよ、その子はもう“
「私が面倒見るしかなくない?」
「……なんで貴女ってそう呑気なの……こんな状況で……」
「だってもうどーしようもないし騒ぐだけ無駄っしょ。責任はとるよ、ちゃんと」
さっぱり状況が呑み込めない出海は、どうすればいいかわからず刹那を見る。
やや幼げな顔立ちの横顔は静かなものだ。そこには焦りも怒りも悲しみも、何の色も滲んでいない。
ふと少年の視線に気づいた彼女は、何を思ったかこちらを一瞥し、にへらと笑ってみせた。
→本来はここで終わり。
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