タカヤの葛藤

「あーーー!! また辛すぎる土曜がきた!!

 あと10分でルリが女の子になるよお。肌が真っ白で、髪が栗色ウェーブのロングヘアで。なぜかうちで使ってる猫用シャンプーと全然違う甘い匂いすんだよな。ノースリーブで丈の短い真っ白フリフリワンピがもうたまらないし、胸とかめっちゃ柔らかいし、なのに腰はびっくりするほど細いし……あの瑠璃色のぱっちりアーモンド型の瞳で見つめられると理性がぶっ飛びそうになる……

 いや、いくらムラムラしたからっていきなりキスとか手を出すのだけはだめだ。男として最低だぞ……彼女は恋人でもなんでもないんだし、そもそも猫か人間かだってよくわからないのに……」

「にゃあ」

「ルリ……」

「にゃあん、にゃあん」

「ん……ドア開けて欲しいのか?」

「んにゃあ」

「君は、変身する時はいつも隣の部屋行っちゃうよな。まあ当たり前か、女の子だもんな。

 ほら、ドア開けたぞ」

「にゃああん」

「ふふ、今の、『ありがと』って言ってるのか?

 ほんの少しでもいいから、ルリがどうして女の子に変身するのか、聞き出せたらいいんだけど……」





「お待たせ」

「……いらっしゃい、ルリ」

「一週間、待ち遠しかったでしょ?」

「んん……なんとも言えないというかなんというか……」

「よいしょ」

「えっ、今日はいきなり膝の上かよ?」

「あら、嫌?」

「い、い嫌ってわけじゃないんだけど……」

「そうよねー、むしろ好きだよね? この体勢でタカヤにぎゅーってしてすりすりするの私もだーいすき!」

「お、おいっ、首に腕キツく回しすぎ! 苦しい! あと胸!! 胸が思いっ切り当たってるって!! あーー待って待って脚ももうちょっと閉じて!! ただでさえミニスカなんだから、ってかもう太腿がこぼれ出てるってば!!!」

「何よー。文句ばっかり」

「なんだよ、ルリこそ毎回スキンシップが激しくなるじゃんか!」

「だって、人間の男は例外なくこれ好きなんじゃないの?」

「いや、そうとは限らないぞ! ルリは人間の男のことよく知らないらしいな。当然だよな、ルリはちっちゃい頃からほとんど家の中で育った甘えん坊だもんなー」

「何よ、バカにして! 私だって本当は……」

「……本当は——

 その続きは? ルリ」

「……なんでもない。私はただの元捨て猫だよ」

「嘘はつかないでくれ。

 こんな風に女子になってる君が、ただの捨て猫なわけがないだろう?

 なあルリ。頼むから、もう少しだけ、君のことを話してくれないか?」

「——どうして、私のことそんなに知りたいの?」

「そんなの当然だろ。君のことをもっとよく知らなければ、俺は女の子の姿の君とどう接したらいいのか、いつも混乱してばかりだ。

 猫のルリなら、飼い猫を愛する主人でいればいいけれど……変身した君はどうやら、ちゃんと人間の心や知能も持っている。君といられる10分間は、はっきり言って嬉しいし、すごく楽しいよ。でも、そんな不思議な現象を君が俺の前でだけ起こす理由がわからない。理由もわからないまま君に毎週じゃれつかれて、戸惑わないわけがないだろう?」

「……今の、本当?」

「え?」

「私といる時間が、嬉しいしすごく楽しい、って言うのは……本当にそう思ってくれてるの?」

「……そ、そんなの、当たり前だ……恥ずかしいとこ聞き直すなよ……」

「——ありがとう、タカヤ。

 気味の悪い妖怪、と思われても仕方ないこんな私のこと、そんなふうに思ってくれて。

 なら、今日は一つだけ、私について大事なことを教えてあげるね。

 私がこうして女の子に変身できるのは、一年間だけなの。もう2ヶ月経ったから、あと10ヶ月だね。

 その間に、もしタカヤが私の秘密を解くことができたら、そこからは私はこの姿のままになれる」

「……え……?

 つまり、君は人間の女の子になれる、ってこと……?」

「そう。

 でも、タイムリミットまでに気づけなければ、私は飼い猫のルリに戻るわ。もう二度と、この姿にはならない」

「——……」

「あ、もう9分58秒経っちゃった」

「え!!??」

「じゃあね。また来週」

「ちょ、まっ、ルリ……!!!」



「にゃあ」

「今のタイミングで話切るかよ普通……!?

 でも、本当なのか?

 あと10ヶ月の間に、俺が君の謎を解けば、本当に君は女の子になるんだな!?

 よし、わかった! 絶対に、何が何でも解いてやるからなルリ!!」

「うにゃんっ」

「てっ、頬引っ掻かれた……きつく抱きしめ過ぎたよな、ごめん!」


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