第3話 門出
サイモンは村を離れることにした。
「今日がお前の門出だ」
老司祭はそういって見送ってくれた。遠ざかっていく老司祭に、サイモンは何度も手を振った。小さくなって消えてしまうまで、ずっとずっと手を振った。
王都につくまでの間、サイモンには聞きたいことが沢山あった。わからないことばかりだったのだ。いろいろな人に尋ねたが、掌に文字を書いて尋ねるサイモンに、根気よく付き合ってくれたのは、ロバートだけだった。
王太子宮についてすぐ、ロバートが石板と白墨を用意してくれた。石板を持ち運びしやすいように、小さな鞄も用意してくれた。
「これが、あなたの声の代わりになると良いと思います」
サイモンは嬉しかった。言葉に表すこともできないほど、本当に、心の底から嬉しかった。
ーありがとうございます。とても嬉しいー
「感謝の言葉はぜひ、アレキサンダー様におっしゃってください。鞄は侍女頭のサラが針子に頼んでくれました。彼女たちは西の館にいます。あなたからのお礼は伝えておきましょう」
ロバートに言われたとおり、サイモンはアレキサンダーに礼を伝えた。
「お前の感謝は受け取っておこう。だが、用意したのはロバートだ。あれは自分の手柄を、他人に簡単に譲り渡してしまうからな。困ったやつだ。いずれにせよ、お前が喜んでくれて、私は嬉しい。お前のような正直な者が、仕えてくれることを私は望んでいる」
アレキサンダーの言葉を、サイモンはそのあと数日、静かに考えた。後に何度も思い出すことになるとは、思っていなかった。
年老いた司祭にサイモンの行く末を託されたロバートは、サイモンができる仕事を見つけ出してくれた。図書館の司書だ。
仕事を教えてくれた王宮の司書は、厳しかったが彼のおかげで仕事ができるようになった。
王宮の司書にサイモンの指導を頼んでくれたのも、サイモンの使う石板や白墨を王太子宮から支給されるようにしてくれたのも、故郷の老司祭とサイモンの手紙を、王太子宮と王太子領の間の書簡と一緒に届けてくれるようにしたのも、全部ロバートだとサイモンは知っている。ロバート自身は何も言わない。資料が全部教えてくれる。
特に、石板と白墨は、沢山の人に文句を言われた。面と向かって、特別に支給するのは不公平だ、給金から差し引けばいい、施しをもらってとか、貧乏人や異国人などと、悪口を言われた。サイモンが聞こえないふりをしていたら、本当に聞こえないと思ったらしく、言いたい放題だった。ある時から突然、何も言われなくなった。
不思議に思っていたら、ロバートと同じようにアレキサンダーの傍に仕えている少年、フレデリックが教えてくれた。
「ロバートさん、そうとう怒っていたみたいで、すごかったよ」
フレデリックが、目じりを指で吊り上げて、口元だけ笑った顔を作った。怒ったロバートの真似だろう。サイモンも笑ってしまった。
「石板と白墨はサイモンにとっては声と同じです。仕方ありません。あなた方のご意見に基づき、対処させていただきましょう。お茶は、声を出すため、喉を潤すようにと用意いたしております。その分の御代金をあなた方の給金から差し引きます。茶と湯を沸かすための薪、ティーカップを使っている使用料もいただかねばなりません。面倒ですが、あなた方のご提案どおりにさせていただきますが、よろしいですね」
フレデリックは口調も真似たのだろう。サイモンは、丁寧すぎる口調で、ロバートにそんなことを言われた人たちが可哀そうになってしまった。
唖然とした連中にすっきりしたと、フレデリックは笑った。
「ロバートさん、人使い荒いからね。出来ないこと以外は全部やれって言うだろ。でも、頑張りなよ。あの人、仕事できる人が好きなだけだから」
フレデリックは左手が少し不自由だった。人使いの荒いロバートのおかげで、何でもやらされた。仕事ができるとわかったら、誰にも悪口を言われなくなったから頑張れと、サイモンを励ましてくれた。
しばらく後に、フレデリックが貴族出身だと聞いて、サイモンは驚いた。
王太子宮では、他にもいろいろ驚くことがあった。
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