第9話-③

「先生、あのね」

「うん」

「ちょっと、こっち来て。耳貸してほしいの」

「ここには誰もいないよ?」

「先生だけに伝えたいの。頭に吹き込んであげるから。立つのも大変なのはわかるけど」

 彼女の最後の願いかもしれない。ゆっくりと立ち上がり、彼女の口元に耳を近付ける。

 彼女が口を開いた気配はしたが、言葉がなかなか出て来ない。

 窓のカーテンが風に揺れた。どこからか、花の香りがした。

「先生」

 不意に、彼女はするりと白い腕を僕の顔に伸ばした。そして、優しく、頬にキスをした。

 僕は驚いて少し顔を離す。

 彼女の奥のグラフはここ最近にしてはほんの少し速い。まるで僕が初めて彼女に出会った日のように。

「……百年は、まだ来ていない」

「うん、でも……私、待ってるからね」

 彼女の黒曜石のような瞳が揺れ動く。露に似た涙が一線ひとすじ、陽を煌めかせながら流れ落ちた。

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