ファントム・ミステリー

今福シノ

10月11日(火) 16:32

「――というわけで、鉄哉てつや君には生徒会長の取材に行ってほしいんだよ!」


 ハキハキとした声がってきて、俺は机から顔を上げた。


「えっと……なにが『というわけ』なのかさっぱりなんですけど」

「もー。そうやって冷たい目で見るのはやめてほしいなー」


 われらが新聞部の部長、奈津美なつみ先輩はくちびるをとがらせる。が、すぐさま笑顔になると、バサリと少し大きめの紙――校内新聞の原稿げんこうを広げてきた。


「来月号、生徒会長について特集を組もうと思っててね」

「はあ」

「ってなると、やっぱインタビューでしょ!」


 今度はグッとこぶしにぎる。


「えっと……いくつか質問、いいですか」

「いいともー」

「なんで今になって生徒会長の記事なんですか?」


 生徒会長を決める選挙は1学期だ。もうずっと前に終わっている。今さらスポットを当てたって、みんな読んでくれないんじゃないだろうか。

 すると、先輩はきょとんとした表情を向けてきて、


「なんでって、鉄哉君知らないの?」

「なにをですか?」

「『5分探偵』のハナシ」

「ああ……そういえばクラスのやつがそんな話してましたね」


 俺は教室のいたるところから聞こえてきた会話を思い出す。ええっと、たしか……


「生徒会長がここ最近、学校で起こった事件を次々に解決したんでしたっけ?」

「そうそう。まあ事件っていうと大げさな気もするけどね。屋上のドアのかぎが壊されたとか、ビニールがさぬすまれた、とかだし」


 たしかに事件というよりかは、日常の小さなトラブルに近い。


「でも、生徒会長はそれを解決して――犯人をつきとめたんですよね。たった5分で」


 そして気がつけば、生徒会長は『5分探偵』なんて異名いみょうがついていたというわけだ。まあネーミングセンスはともかくとして、彼女がそう呼ばれるようになってから、学校内で大きなトラブルが起きたという話は聞かなくなった。


「すごいよねー。私なら5分あっても気にせずダラダラ過ごしちゃうだけだよー」

「先輩はもう少し時間を気にしてください。先月だって新聞の印刷いんさつが直前になって先生におこられたんですから」

「あはは……ごめんごめん」


 ともあれ、なるほどだ。『5分探偵』なら今まさに話題の特集といえる。


「記事にするのはわかりましたけど、なんで取材に行くのが俺なんですか?」

「だって鉄哉君、ミステリー小説とかよく読むって言ってたでしょ? こういうの興味あるかなあと思ったんだけど」

「いや、たしかに言いましたけど……」

「でっしょー? 私は部員思いだからね」


 先輩はえっへんと腰に手を当てる。


「でもインタビューなんて俺には荷が重いですって」


 ああいうのはコミュりょくのある人間がやるべきだ。俺は言ってしまえばミステリー好きのインドア派。先輩が望むようなインタビューをしてこれる自信はない。

 と、部長はパンと手を合わせて俺をおがたおしてくる。


「お願い! いつもインタビューしてくれてる羽賀はがちゃんがインフルエンザになっちゃってさー」

「ああ、だからあの人最近、部活に来てなかったんですね」


 新聞部のムードメーカーの姿すがたを思い出す。


「じゃあ、部長が行けばいいんじゃないですか?」

「えっ?」


 提案すると、部長のほおがぴくりと引きつる。


「あーいやーそれはちょっと……」

「ちょっと?」

「あ、あははー」


 ぎこちない笑み。そこで俺は気づく。部長が持っている原稿が、ほぼ真っ白であることを。


「……」


 部長がインタビューをするとどうなるか。簡単かんたんに想像できる。部長が書く分の原稿がおくれる↑新聞の印刷が遅れる。……↑先生にまた怒られる。


「……はあ」


 しかたない。俺は盛大にため息をひとつこぼして、


「わかりましたよ」

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