第2話 ハイハイマスター・マリア



 転生してどれくらい経っただろうか。


 最初は抱っこをされても、首がグラグラして気持ち悪かった。

 ずっと仰向けじゃ腰を痛めやしないかと、頑張って寝返りも練習した。


 寝ているとどうしても天井かベビーベッドの柵くらいしか見えなかったから、腕立て伏せ……とまではいかないものの、上半身を持ち上げて、それを支える腕を鍛えた。

 もっと良い眺めを我が物とするために、まるでお人形さんみたいに、ちょこなんと座る特技を得た。


 そして、遂に……!



「ぶぎゃっ!?」



 だめか。

 ハイハイ成らず。


 くっそー。両手と両脚を効率良く動かせない! 俺って前世で、どうやって手足を動かしてたっけなぁ……?

 まず脚がなよっちいんだよなぁ。膝で支えていられない。



「おあ……だぁ~……っ!」



 ズベッと滑る。



「あだぁ~……ふぎゅっ!」



 ベシャッと倒れる。



「ぶあぅ~……ほあっ!?」



 フワッと持ち上げられる。



「あびゃあぁ~!? ふぎゃああ!?(なんだ!? 何事だ!?)」


「驚いたな。まだ生後三ヶ月だというのに、もう起きようとしているじゃないか」



 くっ! 犯人はアンタか親父ィ!? 急に抱っこすんなよ! ビックリするじゃんか!!

 赤ちゃんの心臓は小さいんだぞ! 心臓麻痺でも起こしたらどうしてくれる!?


 脳裏にふと、前世での少年時代に飼っていたハムスターのチョコさんを思い描く。

 エアコンのフィルターカバーが外れ、床に落ちた際の大きな音で心臓麻痺を起こして亡くなってしまったチョコさん。


 彼女ももしかして、この世界に来ているのだろうか……?



「ははは! 凄いなマリア! ヨナ、この子はもしかしたら、とんでもない大物になるかもしれないぞ!」


「えああっ! ちょああああっ!? あだあああびゃああああっ!!(ええい! 降ろさんかっ!? 俺は絶叫系は苦手なんだよっ!!)」



 脇を抱えてタテヨコナナメ。高い高いやらクルクルやら、俺の身体を振り回す父親。



「アナタ! スティーブ!! マリアが嫌がってるでしょう!?」



 父親――スティーブの手から俺を救出してくれる、母親のジョアーナ。



「びえええああああっ!!(お母さまああああっ!!)」



 マジで助かった。うあー、視界がまだグルグルしてるよぉ。

 ジョアーナの豊かな双丘に包まれて、途轍もない安心感を得る。


「あううあう。あだああ、ううあああうぉ……!(ありがとう。アンタ、命の恩人だよぉ……!)」


「ふふっ。なあに? そんなに怖かったのかちら~?」


「うぐぐっ……! どうしてヨナにばかり懐くんだ!? 僕だってこんなに愛しているのに!」


「アナタは乱暴なのよ! もっと優しく、そっと扱ってあげなきゃ!!」



 いいぞ、もっと言ってやれ!


 うんもう、ホンマそれなんよ。驚ろかしたり振り回したりしなけりゃ、俺だってちょっとは大人の対応見せてやるってのに。



「あぅあう!(まったく!)」


「ほら、マリアも呆れてるわよ?」


「ぬぬぅ……ご、ごめんよぉマリア! もう乱暴にしないから、許しておくれぇ~!」



 やれやれ。そう言ってこの前みたいに、舌の根も乾かない内にまた高い高いすんじゃねえぞ……?



「あーう」


「ふふっ。まるで私達の言葉が解ってるみたいね。ほらアナタ、お許しが出たみたいよ?」


「ホントか!? おお~ん! マリア、愛してるぞぉ~!」


「うあ! あだだあああうああっ!?(てめ! 言ったそばからまたっ!?)」


「スティーブ!!!!」





 ◇





 まったく、父親スティーブのせいで漏らしちまったじゃねえか。


 今俺は、フローリングに敷かれた絨毯の上に降ろされている。母親のジョアーナは、俺を見守りながら編み物をしている。


 ちょうどいい。ベビーベッドのサークルの範囲じゃ、狭くてロクに運動できやしないからな。


 ころん、ころん。

 寝返りをスムーズに行う練習。


 ぽてんっ。

 お座りも大分上手になったな。


 ぐぐぐぐ……っ。

 うつ伏せから上半身を起こし、腕で支える訓練。


 そして膝を曲げ、足を引き付けて……



「あばっ!?」



 クシャッと突っ伏す。



「あぶあー。あだぶあああう?(くっそー。何が悪いんだろ?)」



 あれかな? 赤ちゃんって総じて身体が柔かいけど、関節が緩いのかな。無理に脇抱きすると肩脱臼するって聞いたことあるし。


 んー、でも膝だもんなぁ。単純に筋力かなぁ。


 繰り返し繰り返し、俺はハイハイに挑戦する。

 その度に手が滑り、膝が滑り、顎を打ち、鼻を打ち……



「あぶぶああだあああっ!!(やってられっかああっ!!)」



 もうっ、なんなんだよこの身体は!? 全然思い通りにならない!



「あらあら? お腹空いたのかしら~? 頑張って起きようとしてたもんね~♪」



 ジョアーナが編み物の手を止めて、こっちに近付いて来る。


 違うんだよママンっ! ハイハイができないのぉっ!!



「うううああうあうだあっ!(どうすればいいんだあっ!)」



 いや、確かにお腹も空いてるけど!



「う~ん……そうだ!」



 何やら呟いて、ゴソゴソしだしたジョアーナ。


 彼女は俺に素敵な笑顔を向けると、おもむろに服をはだけ、その豊かな双丘を惜しげもなく俺の前に曝け出した。


 プルルンっと。



「ほああっ!?」



 いつ見ても大変お見事な果実で……って違う! いきなり何してんの!?



「ほ~ら、マリア♪ ママのおっぱいはここですよぉ~♪」



 両手を広げて、その見事な張りと柔かさを兼ね備えた胸部装甲を晒し、俺を呼ぶジョアーナ。



「ちょあっ!? あばだああだぶあっ!?(ちょまっ!? エサで釣る気かいっ!?)」



 くっ! だけど行きたい! そこへ!!

 勘違いするなよ!? 空腹を満たすためにだ、他意はない!!


 そのために!


 行きたい!


 そのたわわなおっぱいの下へ!!



「おおあああああいいいっ!!(おっぱああああいいいっ!!)」


「ええっ!?ホントにできちゃったわね!?」



 …………ホンマや!?

 遂にハイハイができたぞぉーっ!!




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