地底トド

木島別弥(旧:へげぞぞ)

第1話 地底へ行く覚悟

 下へ。下へ。どこまでも下を目指せ。人類の中で最も下に行くものたちよ。

 地底探査隊の出発基地にチリトはいた。

 チリトは昼飯を食べていた。

「がっかりだ。地底探査隊なのに、地底大空洞の話しかしねえやつばかりだ」

 とチリトはいう。

「その話の何がいけないんだ」

 同僚が答える。

「こんなくだらない地底探査隊が地底生物と交渉できるわけがないだろう」

「地底大空洞の発見は地底探査隊の夢だろ」

 同僚はいう。

「土壌の敷き詰められた地底に大空洞があるわけないだろ」

 チリトは言い放つ。

 同僚は、ふうっ、と肩を落とす。

「きみは夢のない地底探査隊だね。地底大空洞を見つけて、いつか地底に人類が移住する。その面白さがわからないようではいけないよ。これは基本だよ、基本」

「地底大空洞が存在することに賭けて地底に行くなんて、どんな楽観的探検だよ。あるわけないだろ、地底大空洞なんて」

「地底大空洞はあるよ」

「人類は地球地表に住むのが最も適切なように作られている。地底探査は、人類が住むには不適切な土地を調べに行くんだ」

「それはわかってる」

「地底探査は無駄な基礎研究ってことですよ。地底探査はこの基本を踏まえるべきだ。わかりますかね」

「いいや、ぜんぜんわからない」

 チリトの話に同僚は不機嫌だ。

「ちょっとわかりにくい言い方をしてしまったけど、地底探査の本質は、人類の何の役にも立たないことを真剣に行うことにある」

「チリト、きみも地底探査に志願してきたんだろ。そんな認識で、いったい地底に何をしに行くんだ」

 同僚は厳しくたずねる。

「地底の本質を理解しているかの確認ですよ」

「率直に聞こう。きみは地底の本質を何だと考えているのだ」

「地底は死の土地だということです」

 チリトのことばに、ふうっ、と同僚は肩を再び落とした。

「きみは地底に死にに行くために志願したのか」

「ちがいますよ。だけど、地底大空洞に興味がないっていうやつがいたら、おれに教えてください。むしろ、そういうやつらと組みたい」

 地底は死の土地だ。地底へ行けば死ぬのだということが、この地底探査隊はわかっていない。地底探査隊は、死の土地で奇跡的に生存しなければ生きることもできない。奇跡は待っていても起きない。死の土地で生きることができるだけの工夫を積み上げられるものでなければ、地底に行っても意味がない。奇跡が起きるくらいの創意工夫の積み重ねがなければ、地底へ行って生きて帰ってはこれないのだ。

「きみが何を目的に地底探査に志願したのかわからないが、それは地底大空洞を探すためではないんだね」

「ないです」

 地底大空洞なんて見つけても、新しい観光地にしかならない。観光地開発のために命を賭けて地底へ行くのか。チリトには、そんなやつらの考えはまったく理解できない。

「地底探査隊の九割は、地底大空洞を目指している。地底大空洞が嫌なら、きみひとりで岩盤を突き進んで、マントル対流層を突破してくれ」

 チリトに同僚が言い放つ。

 二百人の地底探査隊を集めて、その中でマントル対流層を突破する気があるのは、二十人以下かよ。

 チリトは悲しくて、すでに、すれてしまっていた。

 後日、集会があり、本隊は地底大空洞を目指すことが宣言された。チリトはさらにすれていく。地底探査が、チリトの思い描くものと異なる。

 チリトは絶望を口にするようになり、成功経験の少なさから悲観的なものに共感するようになり、いっそ世界を滅ぼしてしまおうという衝動が生まれるようになった。

「大丈夫かね、チリトくんは」

 地底探査司令部でチリトのことが話題にあがった。

「チリトくんは非常に悲観的だ。しかし、彼が最もやる気のある地底探査志願者なんだよ。」

「信じられんね、こんなことは」

 地底探査司令部は考える。

「チリト、医務室へ来てくれ」

 チリトが呼び出されて、医務室に行くと、相談員が居て、こういった。

「チリト、きみは一人乗り地底船の乗組員に選ばれた。きみの希望通り、きみには地底探査に行ってもらう。地底大空洞とは異なり、マントルへたどりつくくらいの深さを目指してもらう。だが、少し懸念があるので、きみの地底探査には監視ロボが同乗することになる。いいかね」

「監視ロボですか。いったい誰が管理している監視ロボですか」

「外務省だ」

「なぜ、外務省が」

「最近のきみの心理状態には、注意すべき点が現れている。我々、地底探査の管理職はそれに気付いている」

「おれの心理状態の注意すべき点とは何です。いってください」

「きみは最近、死の欲動が強くなり、破滅願望を持つようになっている。きみは最も深くまで潜る予定の地底船の乗組員だ。もし、地底に人類が制御できない生物が見つかったら、その場合、きみは地底生物と接触しなければならない。地底生物と最初に接触するきみに破滅願望が強いことは、とても注意すべき点なんだよ」

 チリトはこの話を聞いて、目を見開いた。司令部は、チリトの方が本隊より優れた地底探査隊だと気づいているみたいだ。よかった。地底探査司令部はそこまで愚かではなかった。人類はそこまで愚かではなかった。

「おれの監視を外務省に要求してきた国ってどこですか」

 相談員は、ふうっとため息をついた。

「世界の覇権を狙う国すべてだよ」

「いえないってわけですか」

「地底探査隊が外交の案件になるのは意外かもしれないけど、世の中、そんなものなんだよ。目立つもの、影響力が大きいもの、重要なもの、すべてが外交の案件になる。外交交渉で許されなければ、二十一世紀の世界では重要な仕事はできないんだよ」

「外交に配慮した地底探査なんて、やってられないですよ。そこまでは考えていなかった」

「あなたはちゃんと注目されているんだよ、地底探査隊にも、人類の首脳部にも」

「それは光栄ですけどね」

 やっぱり、地底探査隊も、人類の首脳部も、おれのしていることの重要さに気づいていてくれた。チリトはそう考えると、感動の涙がまぶたの裏にたまった。チリトは、みんなに見捨てられていると思っていたのだ。

 地底へ向かう理由は何か。探検家精神か、地底資源の発掘か。

 どのくらい地底探査をガチる人物か。

 地底大空洞狙いのやつらには、地底探査をガチる気があるとは思えない。地底を想像すれば、高温高圧の世界で生活することになるのは誰にでもすぐにわかることだ。地底大空洞狙いの連中は、地底で生きる苦労を解決する気がない連中に思えてしかたがないのだ。

 チリトは、地底船を閉鎖型地球環境(地球環境ってのは地上環境って意味だ)にするように、子供の頃から意見を投書しており、地底探査計画に影響を与えていた。地底は地上とはまったく異なる世界だ。そこで生きることの難しさをチリトはよく理解している。

「チリトくん、地底探査なんて動機は遊び半分でいいよ。地底で遊んで来てくれ。それ以外に特に望んでいない」

 地底探査司令部は出発前のチリトにそういった。

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