SS

きさ

第1話

舞台を見に行こうと電車に乗った。

開演時間まではまだずいぶんあるが、家にいるのは落ち着かなかった。

会場付近のカフェまで行けば少なくとも開演までにたどり着けるは悩まずにすむ。

休日の早朝の電車はいつもよりずっと空いていた。

座ろうとした座席に水滴のような跡ができており、天井に目をやると空調設備があった。

最近突然暑くなっていたもしや結露のように水が落ちているのではと思い座面をそっと撫でた。

濡れた感じはしない。

いくらか前にできた跡のようだ。

安心して、でももう一度天井を見やり座った。

一連の動きが目についたのか、隣に座った少女がこちらを見ていた。

すまない、不信な動きだったかな。

そう思ったがあえて口に出すほどでもないだろうと正面を向いた。

とてもよく似た二人の女性がいた。

髪型がほぼ同一だ。

流行っているのだろうかと眺めたが、なぜか受ける印象は異なる。

色は違えどスニーカーを履き、素材は違えどパンツスタイルで、トップスはそれぞれ白と紺。

一つ一つ見ていくと違う個所が目につき始めた。

印象の違いはそのためだろうかと思考を止めようと思った時、着崩れかたが違うのだと気が付いた。

紺の女性は鞄を膝に置き、白の女性は鞄の紐が肩にかかったまま座面に着いている。

肩にかかった紐がトップスの生地を引っ張り着崩れているように見せていた。

なるほど、人の印象はこんなことで変わるのだな、気を付けよう。

視線を手元に戻すと視界の端に白くふくふくとした手が入ってきた。

赤子のような印象を受ける手は幼児にしてはずいぶんと大きい。

さてこちらの隣人はと思うと学生さんがうとうととまどろんでいた。

これから部活へ行くのだろうか。

なんとなく学生時代は今より時間があったような気がするが、思い起こせばなにかと忙しくしていたような気もする。

この学生さんも慌ただしい毎日を送り、今つかの間の休息を得ているのだろうか。

駅に着くまではお姉さんが君の安眠を守るよ、などと図々しいことを考えながら、流れていく窓の外を眺めた。


数駅通過して終点に着く。

さて、乗り換えだ。

両隣の少女と学生さんに声には出さずに別れを告げる。

今日もいい日になりますように。

車両を降りてなんとなしに車中に目をやれば、学生さんが慌てていた。


…もしや君の安眠を守りすぎただろうか…。

すまない、達者でな。

そのまま次の電車へと向かった。

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SS きさ @kikkayaku

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