超能力探偵、神通力尾
沢田和早
神通力尾の事件ファイル1「美術品紛失事件」
月曜午前9時。営業開始時間になった途端、5階建てビルの5階にある
「こんにちは。こちらは探偵事務所で間違いないですか」
客である。窓際のデスクで推理小説を読んでいた神通力尾は驚いた。ひと月ぶりの一般客だったこともあるがアポなしでの訪問だったからだ。
「あ、えっと、その」
「いらっしゃいませ」
驚いて満足に口を利けない神通力尾に代わって応対したのはミス・シッディ。事務所開設当初から働いている年齢国籍ともに不詳の秘書である。
「こちらへどうぞ」
「失礼します」
ミス・シッディに招かれて応接セットの2人掛けソファに腰掛けた客は事務所の中を見回した。30㎡ほどのワンルーム。デスクと応接セットはありふれているが、部屋の北側に置かれている簡易ベッドは少々不自然だ。
「初めまして。私が探偵の神通力尾です」
「初めまして。私は
互いに名刺を交換した後で、ミス・シッディの淹れてくれた新茶の香りを楽しみながら神通力尾は疑問を投げ掛けた。
「用件を伺う前にひとつ質問があります。どうしてこの探偵事務所を選んだのですか。都内には有名な事務所がいくつもあるでしょう」
当然の疑問であった。この事務所は一切宣伝をしていない。電話帳に掲載されていないしチラシ配りもしていない。HPはないしSNSなど論外だ。
これまでの客は例外なく口コミによるもので、飛び込みの客は今回が初めてだったのだ。
「無名だからです。大きな事務所は嫌いなのです」
館員花子は悪びれることなく答えた。嫌みではなく本当にそう思っているようだ。
「そんな無名な事務所の存在がよくわかりましたね」
「数カ月前にこのビルの3階に用がありまして訪問したのですが、その時に偶然この事務所の存在を知ったのです。玄関に各フロアの案内図があるでしょう」
神通力尾は心の中で舌打ちをした。案内図への表示はオーナーの強い意向でどうしても断れなかったのだ。
「納得しました。それで、本日はどのような用件で?」
「紛失物を探していただきたいのです」
館員花子の話は予想外に大ごとだった。博物館では先週から古代エジプト王朝展が始まっていた。その目玉展示物であるファラオの黄金鼻輪が消え失せてしまったというのだ。
「発覚したのは今日の深夜過ぎです。現在、関係者を全て召集し捜索していますがまだ見つかっていません。幸い今日は休館日なので大きな混乱はありませんが、このまま見つからなければ本日正午に記者会見を行う予定です」
「なるほど。それはお困りですね。しかしあなたは運がいい。私ならすぐ見つけられます」
「たいした自信ですね。それではさっそく現場にご案内します」
立ち上がろうとした館員花子を神通力尾が制した。
「その必要はありません。紛失した品の画像などはありませんか」
「これでよいでしょうか」
テーブルに一枚の写真が置かれた。何の変哲もない金色の輪っかが写っている。
「結構です。これで必ず見つかります。その前に料金ですが今回は30万円になります。よろしいですか」
「30万円で見つかるなら安いものです。なんとか今日中に見つけてください」
「1分もかかりませんよ。はああ~、カッ!」
神通力尾は大声を上げて立ち上がると右拳を突き上げて虚空を睨み付けた。まるで石化されてしまったかのように微動だにしない。が、10秒も経たないうちに石化は解け、ソファに腰を下ろした。
「見つかりました。黄金鼻輪は南太平洋の孤島、イースター島に立ち並ぶアフ・トンガリキの15体のモアイ像の祭壇中央から海とは反対側に52歩行った場所に置かれています」
「えっ?」
館員花子の目が点になった。予想外すぎる場所だ。
「あの、どうしてそんなことが一瞬でわかるのですか」
「私が超能力者だからです。今回は千里眼を使いました。地球上だけでなく高度1万㎞の宇宙空間まで見通すことができます」
「はあ、そうなんですか」
「そうなんです。これで一件落着ですね。ではお休みなさい、ふわあ~」
神通力尾は大きな欠伸をすると簡易ベッドに寝転んでしまった。
「先生は一度力を使うと24時間睡眠状態に入るのです。気になさらないでください」
「あ、はい」
ミス・シッディは空になった湯呑を片付けると請求書をテーブルに置いた。
「それでは30万円、お願いします」
「すみません、支払いは黄金鼻輪がイースター島にあると確認できてからでよろしいでしょうか」
「では口座振り込みでお願いします」
「わかりました。では失礼します」
「またどうぞ」
館員花子は事務所を出て行った。首尾よく事件を解決した神通力尾は気持ちよく眠っていた。
その日の正午、博物館から黄金鼻輪が消え去ったというニュースが全国を駆け巡ったが、夕方には無事に発見されたというニュースに変わった。
翌日になっても約束の30万円が振り込まれないので博物館に問い合わせたところ、館員花子という職員はいないという返答だった。名刺は偽造されたものだったようである。ミス・シッディはがっかりした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます