御曹司である俺が一人暮らしを始めたら護衛がつけられた。でも、やってきたのは女の子で、しかもちょっと病んでるっぽいんだけど……
天江龍(旧ペンネーム明石龍之介)
第1話 一人暮らしを始めたはずなのに
「父さん、一人暮らしをさせてくれ」
新庄東弥はこの日、父に自分の気持ちをぶつけた。
新庄財閥の跡継ぎとして大切に育てられてきた東弥は、しかしその過保護っぷりに少々嫌気がさしていたのだ。
「父さん、俺ももう十六だよ? 送り迎えとかいらないし友達とファミレスで外食とかもしたいんだよ」
生まれてこの方、東弥は何をする時も必ず執事や護衛に付き添われて過ごしてきた。
登下校も、友人の家に行く時も送迎は欠かさず、行った後だって学校やその友人の家の周りには無数の黒服が監視の目を光らせていて。
だからか、最初こそ人が寄ってくるものの、段々と疎遠になっていくのが東弥は嫌だった。
中学の時なんて、初めて気になる子をデートに誘った時に食事は子会社が経営する高級レストランに限って許可するといわれ、嫌々そこに女の子を招いた結果、その翌日、「私、もう少し普通のデートがしたかったな」と苦笑いでそう告げられて、初恋に発展することもなく東弥の淡い期待は泡と消えた。
こんな生活もう嫌だ。
募りに募ったそんな気持ちが爆発したのは中学を卒業して春休みに入った頃。
金持ちでハイスペックというのも、程度が過ぎれば青春の足枷にしかならないことを東弥は学んだ。
だから普通の生活をして、普通に誰かと恋して人並みの青春なるものを過ごしたい。
贅沢な悩みだと言われるかもしれないが、実際今日に至るまで友人と買い食いすらしたことのない東弥にとっては、トリュフやフォアグラよりコンビニのホットスナックにこそ憧れる気持ちを素直に父に暴露してみたのだ。
しかし日本を裏で操っているとまでいわれる新庄財閥の一人息子の東弥を無防備にすることはあまりに危険だと。
東弥の父である玄弥は難しい顔をする。
「ふむ、窮屈だというお前の気持ちはわかるが、しかし新庄家の跡取りであるお前はあらゆる刺客に狙われるだろう。わしも組織のトップという以前に一人の親として、心配する気持ちはわかってくれるか?」
「それはわかるよ父さん。でも、俺もいつかは自立しないといけないわけだし、護身術なんかは幼少の頃から叩き込まれてきたから大抵のやつには対抗できる。たまには自分の息子のことを信じてくれよ」
「うーむ。まあ、東弥の言うことも一理ある。よし、条件付きで高校からの一人暮らしを許可しよう」
「ほ、ほんと?」
「しかし、あくまで条件付きだ。送迎やお世話係は外すが、護衛は一名つけさせてもらう」
「まあ、それは仕方ないか。でも、くれぐれもその人が表に出てこないようにしてくれよ。じゃないと意味ないし」
「はは、言うようになったな。まあ、わしも東弥の年頃には色々思うことがあった。一度思うようにやってみなさい」
「うん、父さんありがとう」
思わぬ父の快諾に東弥は深々と頭をさげて、父の部屋から出る。
絶対ダメだと思ったけど言ってみるもんだ。
胸を躍らせながら部屋に戻ると、東弥は早速引越しの手続きを始める。
まあ、この一帯のアパートやマンションは全て新庄家の所有物。
なので引っ越すも何もないのだが、まず実家を出るという行為にワクワクする。
家に帰ったら食事から着替え、掃除や洗濯にマッサージまで全て誰かがやってくれるこの生活とのお別れ。
誰もが憧れるような生活を自ら手放すことを、もったいないとは思うけど。
でも、東弥にだって憧れの生活ってものがある。
コンビニや学校の購買で友人たちとパンを買って食べてみたり。
ファミレスでドリンクバーとやらを頼んでダラダラしてみたり。
ないものねだりというのもあるかもだけど。
実際、みんな楽しそうに毎日を過ごしているのを目の当たりにしているとやっぱり羨ましくもなる。
一方の東弥は、これまで恵まれているという自覚こそあれど、満たされた経験はあまりなかった。
なんでも手に入る反面、肝心なものが抜けているような感覚。
その正体がなんなのか、それを確かめてみたくて無理を承知で一人暮らしを願ったというのもある。
そして念願叶ったわけだ。
もう、楽しむしかない。
「よし、高校デビューってやつを果たすか」
前途洋々な未来を見据えながら、部屋の荷物をまとめて早々に眠りにつく。
ここから、本当の青春が始まると信じて。
◇
「うーん、いい部屋だ」
翌日の夕方やってきたのはこれから通う予定の高校の側にあるマンション。
ワンルームだが、セキュリティは厳重。
オートロック完備で監視カメラもある、この辺りでは一人暮らし用なら一番家賃の高いところだ。
これは父の意向。
あくまで目的は自由にさせてもらうということだけだから、それに関しては反論する必要もなかった。
「ま、今更身分を隠すのは無理だしな」
この辺りで新庄という名字は聞いたことがなく、自己紹介をするだけでいつも誰かに頭を下げられることは、東弥にとっては慣れたもの。
高校でもおそらくすぐにバレるだろう。
しかし、自らが庶民的な態度で過ごしてさえいれば、中学時代までのように友人がみんな気を遣ってくるようなこともないはずだと。
きっと自分のことを金持ちの息子という括りでなく、ひとりの人間として評価してくれる友人もできるはずと。
新たな出会いに期待をしながら部屋を片付けていて少し経った時。
越してきたばかりの部屋の中で視線を感じた。
「……ん? 誰か、いるのか?」
探るような視線。
それも、随分と気配を消しているのがわかる。
ただ、東弥は幼少期よりあまりに好奇の目に晒されてきたせいか、人の気配や視線には恐ろしいほど敏感なのである。
そして何より。
東弥の中に流れる血が、この異常なまでの索敵能力を生み出している。
忍者の家系。
新庄財閥のルーツは江戸時代にまで遡る。
時の将軍が政をおさめるために使っていた隠密こそが新庄家の先祖であり、彼らは決して表舞台に出ず、時には命をかけてその任務を真っ当し、面倒ごとや汚れ仕事を一身に受け持った。
その代わりに、幕府からは巨万の富を授けられたそうで、その後江戸時代が終わったあとも莫大な資金力を使い、百年以上もの間陰で日本を操り続け、近年になって表舞台に登場し財閥として日本を牛耳るようになったという話。
そんなルーツを持つ東弥の体には、というわけで忍者の血が流れている。
そして特に色濃くその遺伝子を受け継いだ東弥は、人並み外れた身体能力と危機察知能力を持ち合わせる。
まさに現代に生きる忍者。
だからこそ、どこから向けられた視線なのかもすぐにわかってしまう。
「おい、そこでなにしてるんだ」
クローゼットに向かって一言。
しかしもちろん反応はない。
「……おい、そこにいるのはわかってる。監視のものか? なら出てこい、挨拶くらいさせてくれ」
敵意はない。
だから安心だろうと、相手にそう呼びかけるとゆっくりクローゼットが開く。
そして、
「……なぜここにいるとわかったのですか?」
「え、女の子?」
出てきたのは同い年くらいの少し小柄な女の子。
少し長めのおさげ髪、くりっとした目元、鼻は小さく、細くて背が低いのにスタイルがいいことがよくわかる体つきの随分と美人な女の子が上下ともに黒のジャージを着て出てきた。
「驚かれるのも無理はありません。私は東弥様と同い年ですから」
「お、同い年の女の子がこんなとこで何を?」
「決まってるではありませんか。私は東弥様の護衛と監視の役目を受けてここにいます」
「……君が護衛と監視だって?」
「ええ」
驚く東弥に対して、随分と冷静に淡々と話をする女の子は、しかしもう一度東弥を見ながら首を傾げる。
「しかし、どうして私がここにいるとおわかりに? 気配は完全に消していたはずなのに」
「まあ、随分うまくやってるとは思ったけど。でも、俺はそういうのを見つけるのが得意なんだ。だからあんまり気にしないで」
「します。私はこれでも忍者の末裔としての自負があります。こうもやすやすと居場所を特定されたのでは私の立場がありません」
忍者。
その響きに東弥は驚いた。
「え、君も忍者の末裔なの? うちと一緒じゃん」
「東弥様のご先祖様も忍者、なのですか?」
「まあ、そうらしいよ。あと、俺は結構その血が濃く出てるそうで。ま、よくわからないけどさ」
答えると、女の子はふむと言いながら悩む。
ぶつぶつと独り言を言いながら。
「なるほど、忍者の末裔であれば……いえ、それであったとしても見つかるなど恥でしか……うーん」
「あ、あのー。あんま気にしなくていいよ?」
「そ、そういうわけには……東弥様、私は護衛と監視役という重大な役目がありまして」
「いや、実際今まで守ってもらったこととかないから大丈夫」
「え……?」
東弥は幼い頃から類稀なる才能を発揮し、いかなる敵が現れても大抵は自分の力でどうにかしてしまう。
護衛なんて飾りでしかなく。
そういう自信があったからこそ父に一人暮らしを提案したし、父もまた東弥の実力をわかっているからこそ許可したというわけだ。
「そ、それでは私はいらない子……」
「そんなに落ち込まないでよ。護衛はいいとして、一応監視の役目もあるんだろ?」
「そ、そうでした。私は東弥様が金目当ての変な女やライバル企業からのハニートラップに引っかからぬよう監視するよう命じられております」
「ああ、親父がよく言うんだよな。経験は大事だけど節度は守れってね」
「それはどういう意味ですか?」
「やるのはいいけどつけろってことでしょ」
「やる? つける?」
「あ、いや、もう忘れて」
なるほど、この子は結構世間知らずなんだな、と。
言いたいことの意味が伝わらない彼女を見て話題を変えようとする。
しかし一度気にしはじめると最後まで聞かないと納得できない性分なのか、女の子は食い下がる。
「意味深なことを言い残さないでください。つまりどういうことですか?」
「……セクハラとか言わないでよ?」
「私は仮にも忍の末裔です。ちょっとやそっとのことで動揺などいたしません」
「ならいいけど。ま、女の子とエッチするのは好きにしていいけど、ちゃんと避妊はしなさいってことだよ」
なんでこんなくだらない会話をご丁寧に説明せにゃならんのかと、東弥は呆れながら告げる。
すると、
「ひ、ひに、ひに、ん……」
「え、なんか変なこと言った?」
「え、えっち、ちち、えっちちち……」
女の子の顔が燃え上がるように赤くなる。
そして顔を両手で覆うと、「や、やだ」と急にかわいい声で悶える。
「……あの、もしかしてこういうの免疫ない人?」
「ちち、違います! 決して動揺など」
「えっち」
「にゃっ!?」
どうやら下ネタやエッチな会話に免疫がないそうだ。
またかわいい声を出して、今度は手を前に組んでもじもじし始める。
「と、東弥様のいじわる」
「いや、いじわるはしてないけど」
「と、とにかくそういう下世話な会話は禁止です。私はこう見えて清純なのですからね」
「別に不純には見えてないけど」
「そ、そうですか? ええと、まあともかく、今日からあなた様を陰でお守りし、お支えいたしますのでどうぞよろしくお願いします」
ぺこりと。
頭を下げておさげ髪をぶらんとさせてから少女は部屋を出ていこうとする。
「あの、ちなみに監視ってどこからするつもりなんだ? ここ、外からも部屋の様子とか見えないし両隣の部屋も埋まってるけど」
「ご心配なく。しっかりと裏手に生えた木の上から二十四時間東弥様を見守ります」
「え、外で? いやいやそれは」
「本来でしたらこの部屋の中に忍んで、見つからぬように監視するつもりだったのですが見つかってしまってはそうもいきませぬ。プロとして、野宿くらいは辞さない覚悟です」
「いやいや野宿はダメだって。同い年の女の子が外で寝るなんてそんな」
「しかし借りる家もございませんし、離れると東弥様の監視ができませぬので」
「……じゃあ、とりあえずここ泊まる?」
当然、その流れしか思いつかなかった。
仕事に厳格な父に雇われている以上、中途半端な仕事をしたのではこの子もクビにされるだろうし、かといって女の子を野宿させて平気な顔をしていられるほど冷たくもなれない。
ならここにいるかと聞くのが自然。
もちろんいつまでもという話ではないにしても、今日くらいならいいかという気持ちでそう聞いてみたわけだけど。
「……きゅん」
「ん、どうしたの?」
「きゅんきゅんしました……」
「きゅんきゅん?」
「はい。まさかお会いした当日に東弥様からプロポーズされるなんて思いもよらなくて、つい」
「え、プロポーズ? いやいや、してないけど」
「え、さっき俺と一緒にずっとここで暮らそうって」
「言ってない。寝るとこないならここで寝ればって言っただけだ」
「そ、それじゃ私と一緒に寝て一緒に子供を」
「しないし作らない。俺は普通の高校生活がしたくてここに来たの。十六でパパなんて、そんな田舎のヤンキーみたいなことはしない」
「……左様ですか」
少女は露骨に落胆していた。
いや、なんで? と首をかしげながら東弥は少し悔いる。
変な子に目をつけられたかも。
そう思いながらも、まあ可愛いしタイプだからいいかと割り切ることに。
済んだことは、うじうじ後悔しないこと。これは新庄家のモットーの一つでもある。
「じゃあ、今日は俺が床に寝るからベッド使って」
「い、いけませぬ。そんな不便をさせたと玄弥様に知られたら私はクビちょんぱにされます」
「いや、絶対しないと思うけど……ま、でも父さんならクビとか言いかねないな。わかった、俺がベッドに寝るから床に布団敷いて寝てくれる?」
「は、はい。ありがたき幸せに感謝いたします」
またぺこりと。
その健気さに少しほっこりさせられた後で、東弥は話を戻す。
「ええと、とりあえず今日はここに寝泊まりしていいけど今後どうするかは考えておいてね。さすがにずっとっていうのは同棲みたいになっちゃうから」
「どど、どう、どせい……」
「……あと、君も忍だというのなら、基本的には姿を見せないように俺を護衛してくれ。あくまで俺の一人暮らしを邪魔しないってことは、忘れないでね」
「かしこまりました。では、失礼します」
ぬっと、壁に溶け込むように少女は姿を消す。
さすがだなと驚いたが、まあこれも一種の手品みたいなもんで。
壁に溶け込んだように見えて実は高速で天井に移動し張り付いているだけだ。
思わず、見上げると手足を目いっぱい広げて天井に張り付く少女と目が合った。
「あ……ど、どうしてみるんですかあ!」
「ご、ごめんごめんつい」
「そういう目ざといところ、女子の好感度的にはマイナスです」
「そ、それはどうも。あの、風呂入ってくるからしばらく楽にしてていいよ?」
「そうですか、わかりました」
シャッと降りてくると、少女はまた少し顔を赤くしながら質問する。
「あの、寝るのは別ですがお風呂は」
「別だね。むしろそっちの方が別だよ」
「さ、左様ですか」
ちょっとしょんぼりする少女を置いてさっさと部屋を出る。
やっぱり下手に温情を見せたのがいけなかったのかなと。
うじうじしないと言い聞かせながらも後悔は消えることなく。
東弥は風呂の湯をためながらため息を深く吐いた。
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