第82話

 ローランとアデレードを乗せた馬車がバーンズ伯爵邸に到着する。


 アデレードは眠ったままなので、ローランがお姫様抱っこで彼女を抱え、屋敷の中の彼女の部屋まで運ぶ。


 そしてローランはアデレードをベッドにそっと下ろす。


 その後、メイドを呼び、彼女が今、着ている服から寝間着に着せ替えるよう頼む。



 メイドが着せ替えをしている間、ローランは退室し、そのままバーンズ伯爵夫妻と話をする為に夫妻の元に向かう。


 ローランと伯爵夫妻は応接室で話をすることになった。



「結局、アデレードは無事だったのか!?」


「アデレードは大丈夫なの!?」


 伯爵夫妻はやや興奮気味でローランに詰め寄った。



 伯爵夫妻もアデレードに起きた事態の大まかな部分は知っている。


 知っているが、それはあくまでアデレードの居場所がわかり、捜索と救出の為に私兵を数名派遣したところまでで、結局本当に彼女がそこにいたのか、そこで彼女に何が起きたかまでは知らない。



「落ち着いて下さい。アデレードは無事です。今は精神的に疲れて眠っているので、とりあえず部屋まで運びました。今、メイドに着替えを任せています」


 アデレードは無事だというローランの言葉に伯爵夫妻はひとまずほっとする。


「それで? 私達はアデレードを捜索・救出する為に私兵をここから数名派遣したところまでしか知らない。それから先の出来事について教えてくれないか?」


「街で私は護衛の方を一旦バーンズ伯爵邸に戻しました。そこまではご存知だと思います。その間、私は手掛かりになるような情報がないか聞き込みをしていました。すると、一旦伯爵邸に戻した護衛の方がまた戻って来て、アデレードの居場所がわかったからついて来てくれと言って、彼と彼女が捕らえられていた小屋まで馬に乗って向かいました。そして、小屋の手前で数名の伯爵家の私兵達と合流しました」


 バーンズ伯爵邸から出発した私兵達は例の人質を取られ悪事に加担した護衛と一緒に直接小屋に向かい、ローランについていた護衛は場所だけ教えてもらい、一旦ローランと合流する為に街に向かい、合流後、小屋に向かった。


 そして小屋の前で全員揃った。


「全員が集まったところで、私兵達が手持ちの武器を使い、小屋の扉を思いっきり破壊し、小屋の中に入りました。そこにはチンピラ風情の男が三人と痩せこけて目だけが爛々と輝いている女が一人、アデレードを取り囲んでいました。女は小瓶に入った液体をアデレードに無理矢理飲ませようとしていましたが、飲ませられる前に救出出来たので間に合いました。その後、私はすぐにアデレードを連れて現場を離脱し、一足先に伯爵邸に戻りました。アデレードと彼らの間でどんなやり取りがあったのかは分かりません。現場の後始末は私兵の方々にお任せしています」


「そうか。では、その男達とリリーをどう処理するかは私兵達が戻って、話を聞いてからになるな。とりあえず地下牢にぶち込んで、じっくりと尋問するか」


「バーンズ伯爵閣下。お願いがあります」


「何だ?」


「私もその者達の処分について口を挟んでもよろしいですか? 楽しいデートを邪魔された上、アデレードにあんな怖い思いをさせてしまった。もし私達が到着するのがあと少し遅かったら、男達に襲われていたでしょう。婚約者として黙っているなんて出来ません」


「わかった。その時は君も呼ぼう」


「ありがとうございます。では、私はアデレードについています。目が覚めた時、誰もいなかったら心細いでしょうから」


「アデレードのことは頼みますわね」


 そして、ローランは応接室を出て、再びアデレードの部屋に戻った。



***


 アデレードは自室に運ばれてから数時間後に目を覚ました。


 目が覚めたら、服は寝間着に着せ替えられ、温かく柔らかいベッドの中だったので、誰かがここまで自分を運び、着替えさせたのだろうと思った。



 そして手を動かそうとしたら、右手が誰かの手に握られている状態であることに気づく。


 アデレードは右手の方に視線を動かすと、手を握っていたのはローランだとわかった。


 ローランはベッドの横に置いてある椅子に腰掛け、右手をアデレードと握ったまま静かに眠っていた。 


(もしかしてずっと私についていてくれたのかしら……?)



 アデレードが起きてベッドの中でもぞもぞと動いたことで、それが手を繋いでいるローランにも伝わり、ローランはぱちりと目を開ける。


「起きたのですね、アデレード。寝るつもりはありませんでしたが、いつの間にか眠ってしまっていたようです。気分はどうですか?」


「大丈夫ですわ。ローランはずっとここに……?」


「馬車から貴女をここまで運び、伯爵夫妻と話をする為に一旦退室しました。退室している間にメイドに着替えをお願いしたので、寝間着に着せ替えたのは私ではありません。ご安心下さい。伯爵夫妻との話が終わってからずっとここにいました」


「そうだったのですわね。ところで今何時ですの?」


「今は夜の七時半くらいです。ディナーの時間はもう終わっています。アデレードの分は後で料理人が作って部屋まで運んで下さるそうです。食欲がなければ無理して食事を摂る必要はないです」


「そう言えばランチは食べていないので、何となくお腹が空いています。ランチはせっかくローランに選んで買って頂いたのに、何を買ったのか知ることも出来ませんでしたわ」


 アデレードは眉を下げて、しょんぼりする。


「そんなことよりアデレードが無事だったことの方が大切です。あれはやり直しが効きますが、貴女の無事はやり直しという言葉はありません。得体のしれないものを無理矢理飲まされそうになっているあの光景を見て、ゾッとしました。間に合ったのはただ運が良かっただけです。街中に行った時、もう二度と別行動はしないと約束して下さい。貴女をあんな目に遭わせたくないのです」


 ローランは悲痛な顔で訴える。


 今回は偶々捜索と救出が間に合ったが、次も間に合うとは限らない。


 それにローランとアデレードが二手に別れたことで、今回の事件は起きた。


 もう二度とあんな目に遭わないように危険はなるべく排除しようとローランは決意していた。


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