第75話

 アデレードは皆がある程度教室を出てから、退室し、ローランとの約束通り校門に向かう。


 校門には誰かを囲んだ数人の入学試験終わりの女子の人だかりが彼女の視界に入る。


 入学試験を受けに来た者は服装自由なので、学園の女子生徒ではないという区別はつく。



 アデレードは人だかりの方とは離れた位置に立ってローランを待つつもりだったが、きゃあきゃあと騒ぐ女子に囲まれているのがローランだと気づいたので、急遽人だかりの方に向かう。


「アデレード嬢、やっと来て下さって嬉しいです。さあ、行きましょう」


 ローランの方もアデレードに気づき、声をかけ、アデレードと共に素早く人だかりから離れる。


 その際、アデレードはローランを囲んでいた女子達から鋭く睨まれたような気がしたが、気づかなかったことにした。



 アデレードとローランは学園から離れるように通りを進み、小高い丘に来ていた。


 辺り一面に広がる青々とした草花が風に吹かれて揺れている。


「ここは私のお気に入りの場所です。王都の中にあるのにここは殆ど人が来ない隠れ穴場スポットなのです。主に一人になりたい時にここに来ています」


「ここから王都が一望出来るのですわね。あそこに学園も見えますわ」


 二人はぽつんと一つだけ設置してある古びたベンチに腰掛ける。


「ローラン様、何だかお疲れですわね。先程女子に囲まれていたのは一体何だったのですか?」


「アデレード嬢をお待たせしないよう、試験終了時間より少し早めに校門で待とうと思っていたのです。そしたらいきなり取り囲まれて、”誰か待っているのですか? これから私と一緒に遊びましょう”と声をかけられました。正直に待っている人がいるから離れて欲しいと言っても聞いてもらえず、”本当は待っている人なんていないんでしょう”とか言われていた時に、貴女が来て下さったのです。学園内で久々にあんな目に遭いました」


 ローランは本当に疲れたように説明する。


「……ローラン様。昨日、ローラン様に申し上げたいことがあるとお伝えしましたわよね。以前、ルグラン侯爵邸を訪問した時にローラン様から言われた言葉をずっと考えておりましたの」


「……それで?」


 ローランは静かにアデレードに相槌を打つ。


「昨日、やっと答えが出たような気が致しますの。ローラン様が昨日のカフェに行くまでの間に道行く女性の視線を集めていたり、先程の学園で囲まれていた時、嫌な気持ちになりました。現状、私はローラン様とは恋人や婚約者など名前がある関係ではない。良くて知人や友人。だからそれらに対して、何も言う権利はない。でも、それじゃ嫌だなぁ。ローラン様は私のものだと主張したいなぁ……と思いましたの」


 アデレードはここで一旦区切り、ローランの顔をしっかりと見つめる。


「ローラン様、私、あなたとの婚約をお受けしようと思います。勿論、ローラン様が私で良いと仰るならですが……」


 ローランはアデレードの腰に手を回し、ぎゅっと抱きしめる。


 そして満面の笑みを浮かべる。


「ちょっとローラン様! 一体何を……!」


「余りにも嬉しくて。もっと時間がかかると思っていたのです。では、これからは婚約者同士ということでお願いしますね」


「こ、婚約者同士……」


 アデレードは言葉に出すと急に恥ずかしくなり、顔がほんのりピンク色に上気する。


「そうそう、婚約者同士なのですからこれからはローランと呼んで下さい。私もアデレードと呼びますので」


「ローラン様の方が年上ですのによろしいのですか?」


「いいですよ。貴女になら呼び捨てで呼ばれたいです」


「ロ、ローラン……」


 アデレードはローランを初めて呼び捨てで呼ぶ緊張から小声で呼んだ。


「アデレードに呼び捨てで呼ばれると気分が良いですね。呼び捨てで名前を呼び合うと特別な関係になったのだと実感出来ます」



 二人はしばらく抱き合っていたが、時間的に空腹を感じた為、丘から降りて、ランチをやっているビストロに向かった。


 そして少し遅めの時間の美味しいランチを摂り、ビストロを後にする。


 ビストロから宿に向かう途中、二人は極自然とぎゅっと手を繋いで歩く。



「私は明日王都からバーンズ伯爵邸に向かって出発します。今日の入学試験の合否がわかったらお伝えしますわね。ローランのお陰で楽しく王都に滞在出来ました。ありがとうございました」


「私の方こそありがとうございます。婚約の件は私から私の両親とバーンズ伯爵に伝えておきますね。今度は冬季休暇でバーンズ伯爵邸にお邪魔します」


「ローラン、少し屈んで下さい」


 ローランは疑問に思ったが、言われた通りに少し屈む。


 すると右の頬に何だか柔らかい感触がし、それがアデレードからの頬へのキスだと気づいた時に、口元に手を当ててうずくまる。


「いつも私ばかりドキドキさせられているような気がしたので、お返しですわ。では、また会える日を楽しみにしております」



 こうして、アデレードは翌日、王都からバーンズ伯爵邸に向けて旅立った。

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